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第4話 微細な需要への供給

生存戦略タクティカル・オーダーを維持するためには、資金が必要です。

そして資金を得るためには、市場の歪みを見つけることが最短ルートです。

五十センチ四方の第一実験区画。焚き火の光を反射する薬草の芽を見つめ、俺は手元の数値を記録帳に記録した。


「発芽は確認しました。土壌の改質は成功ですが、次のステップには水源の確保が不可欠です」


「同感ね。この森を流れる小川の水質はpH3.2。農業用水としては強酸性に過ぎるわ」


傍らに立つ銀髪の少女、シルフィが淡々と指摘する。彼女の論理的な態度は、感情的な不確定要素を嫌う俺にとって、ビジネスパートナーとして付き合いやすい。


俺は小川の岸辺へ移動し、冷たい水に指先を浸した。スキル『解析』が、水に含まれる溶存鉱物と水素イオン濃度を脳内に展開する。


解析アナライズ……土壌酸性度pH5.2。粘土質が強く、定着には不向きですね」


「土壌改良で生じた石灰成分の残渣を触媒にします。これを川底の砂利と『等価交換(マス・バランス

』で統合し、多孔質の濾過構造体を構築します。魔力消費を抑えつつ、流路そのものを中和装置に変えるのです」


俺は手鍬を介して魔力を流し込み、構造置換を開始した。川底の砂利が規則的な孔を持つフィルターへと変質し、上流からの酸を中和していく。魔力消費は計算通り最小限だ。数分後、解析スキルがpH6.8という安定した数値を弾き出した。


「見事な処理ね。廃棄物の転用によるコストゼロのインフラ構築。再現性の面でも文句ないわ」


「インフラは整いました。次は情報の精査です。村の状況を教えてください」


俺が促すと、シルフィは淀みなく現状を報告した。隣接する村では家畜の風邪が流行し、四割以上が感染している。魔法ギルドが提示する治癒の相場は一頭につき大銀貨三枚。小作農の年収の数割に相当する暴利だ。


「需要と供給が完全に歪んでいるわ。魔法という過剰なコストを、安価な代替案で置き換える。市場介入の余地は十分ね」


情報の精度を確かめるため、俺たちは森の境界にある『双子石』へと向かった。そこには、古びた外套を羽織った中年の農夫が、焦燥を顔に張り付かせて待っていた。


「助けてくれ……! このままじゃ村の家畜が全滅しちまうんだ!」


「感情的な訴えは不要です。具体的な被害数と、ギルドの条件を正確に話してください」


俺は農夫の数歩手前で足を止め、冷静にデータを収集した。一頭につき大銀貨三枚。それは救済ではなく、独占的地位を利用した搾取だ。だが、この歪みこそが俺たちの事業にとっての好機となる。


魔法ギルドが提供するのは『奇跡』という名の非効率な手段だ。対して俺が提示するのは、環境数値を最適化して育てた薬草による、生物学的なアプローチである。


「魔法ギルドの提示額に対し、俺は『銀貨三枚』で同等の効果を持つ薬草を納品します。一時的な治癒ではなく、抵抗力を引き上げる特殊な品種です」


農夫が息を呑む。十分の一以下の価格提示。それは彼らにとっての救いだろうが、俺にとってはスキルの再現性と資源の最適化が生んだ、合理的な価格設定に過ぎない。


「条件を整理します」


シルフィが書類を提示し、事務的な口調で契約を詰める。納期は三日後の日没。搬送と配分は村側の責任。品質保証の範囲。彼女の冷徹な交渉により、曖昧な約束は強固な『契約』へと変換された。


拠点に戻った俺は、直ちに第二実験区画の設営に着手した。一・二平方メートルの拡張予定地に対し、中和済みの水を導線から引き込む。


ふと、地中深くに違和感を覚えた。ただの石ではない、密度の異なる何かが埋まっている場所がある。

「解析……深度三〇センチに障害物。通常の石材を上回る密度ですね」

今は掘り起こす時間がない。座標だけを記録し、意識を作業へと戻す。


「構造置換の際、地中の雲母結晶を魔力伝達路として利用します。個別に干渉するより、伝導効率を三割向上させられるはずです」


手鍬を支点に魔力を流し込むと、地中の雲母が共鳴し、土壌の改質が急速に進む。ただの魔力による力押しではない。環境特性を前提とした最適化こそが、俺のスキルの真価だ。


魔力によるスキャンが一瞬、異音を拾った気がした。だが、作業に支障はない。

「解析……エラー。既存のデータベースに該当なし。生命反応があります」

奇妙だが、今は無視だ。納品のための栽培を優先する。


「播種完了。成長周期の同期を開始します」


土壌のpH管理と微細な魔力震動により、薬草は通常の数倍の速度で成長を開始した。それは奇跡ではなく、精密な変数管理がもたらす必然の結果だ。


翌朝、区画には幾何学的な整列を保った薬草が、鋭い葉を茂らせていた。


「主成分のアルカリ性アルカロイド、目標値の百二十パーセントを記録。品質にブレはありません」


さらに、副次的な効果も確認する。この薬草が放つ成分は、特定の害虫への忌避効果も併せ持っているはずだ。

「解析……白微虫の個体密度、三二パーセント低下。離散を確認しました」


「再現性の確保は完了ですね。次は収穫とパッキングの工程に入ります」


俺は記録帳にチェックを入れ、腰の手鍬を握り直した。目の前の緑は、魔法ギルドの独占を崩すための冷徹な資本の塊だ。感情的な達成感はない。ただ、設計した生産ラインが稼働し始めた事実に、俺は淡々と次の業務を見据えた。


まずは小さな一歩。

しかし、これはただの小遣い稼ぎではなく、明確な意図を持った「市場介入」です。

次回、さらに事業を拡大(最適化)させていきます。

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