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第10話 持続可能な成功の形

小さな成功を積み重ね、システムを構築する。

それが「持続可能な幸福」への唯一の解です。

派手な奇跡はいりません。俺たちが欲しいのは、確実な明日ですから。


解析完了コンプリート。……なるほど、そういう構造でしたか」


深夜の工房。

遮蔽容器の前で、俺は静かに息を吐いた。

額に滲んだ汗を手の甲で拭う。脳の奥が焼き切れるような疲労感があるが、それすらも今は心地よい達成感の一部だった。


数日間にわたる並列演算マルチ・タスク


睡眠時間を削り、意識の半分を常に「未同定種 A-01」の内部構造へのハッキングに費やしてきた。

この「未知の魔力種子」は、極めて複雑な術式プロテクトで守られていた。幾重にも絡まり合った論理の鎖。それを一本一本、「解析アナライズ」スキルで解きほぐし、「等価交換マス・バランス」で無害な魔力配列へと書き換える作業は、さながら顕微鏡を使って砂山を色分けするような緻密さを要求された。


だが、解は見つかった。


「基本構造は『吸収』と『変換』……。周囲の空間からマナを強制徴収し、内部で高純度の結晶体へと精製する。暴走すれば周囲の土地を数年で不毛の大地へと変える、極めて悪質な『枯渇爆弾』だ」


開発者の悪意すら感じる設計思想だ。

だが、その出力と効率はずば抜けている。

俺は以前、かつての仲間たちにこう言ったことがある。

『毒も使いようだ』と。


制御式コードの逆転。入力インプットの閾値を制限し、出力アウトプットを指向性のある放射へと変更すれば……」


俺は指先に魔力を集中させる。

それは通常の魔力ではない。種子の内部構造に干渉するための、特殊な波長を持ったキーだ。


「……起動」


俺が指先で種子の表面に触れた瞬間、システムが書き換わる。

ドクン、と種子が脈打った。

今まで周囲の魔力を貪欲に飲み込んでいた「黒い穴」のような気配が消え、代わりに、淡く澄んだ青色の光が漏れ出し始める。


「成功だ。天然の『魔力増幅器アンプ』への転用コンバート、完了です」


俺は即座に工房を出て、農園を見下ろす丘へと移動した。

そして、農園全体の地下に張り巡らせた魔力回路グリッド――雲母と水路を組み合わせた循環システム――の基幹設定を更新する。


接続コネクト。熱源、A-01。循環モード、アクティブ」


ボン、と低い音が響いた。


それは農園そのものが呼吸を始めたような音だった。

工房に安置されたA-01から溢れ出した増幅魔力が、地下水路を通って農園全体へと行き渡る。

闇に沈んでいた畑が、ふわりと青白く浮かび上がった。銀閃草の葉脈が、供給されたマナに反応して蛍光を発しているのだ。


「……きれい」


いつの間にか、背後にリシアが立っていた。

眠い目をこすりながら起きてきたのだろうが、眼下の光景に目を奪われ、呆然と立ち尽くしている。

その隣には、シルフィの姿もあった。


「すごいわね、レン。ただの災いの種を、農園の心臓に変えちゃうなんて」


「毒を薬に変えるのが、錬金術の基本ですから」


「あんたは錬金術師じゃなくて鑑定士でしょ? ……ま、その規格外なところも含めて、あんたらしいけど」


シルフィが肩をすくめ、感嘆の声を漏らす。


これで、システムの完成だ。


リシアという「正確無比な労働力マニュアル・ワーカー」により維持管理が自動化され、魔力種子という「半永久機関ジェネレーター」によりエネルギー供給が最大化された。

もはや、俺がつきっきりで魔力調整をする必要はない。

俺たちは外部のリソースに依存せず、自律的に高品質な薬草を生み出し続けることができる基盤を手に入れたのだ。


          * * *


翌朝。

収穫された銀閃草ぎんせんそうは、俺の予測値をさらに上回る数値を叩き出した。


「品質ランク、S。魔力充填率、一二〇パーセント。形状の均一性も完璧です」


作業小屋で、俺は完成した銀閃草を検品しながら報告した。

以前のものも高品質だったが、今回は桁が違う。

葉の一枚一枚が宝石のように輝き、濃厚な薬効を湛えている。市場に出回っているAランク品と比較しても、その差は歴然だ。


「……レン、これなら王都の品評会に出しても金賞が取れるわ。いえ、王室御用達だって夢じゃないかも」


「品評会のような名誉には興味ありません。目立てば余計なリスクを増やすだけです。ですが、ガイル商会は喜ぶでしょうね」


俺たちの目的は名声ではない。生存と安定だ。

高く売れるならそれに越したことはないが、それで平穏が脅かされては本末転倒だ。


「これだけの品質なら、単価交渉で強気に出られます。設備投資の回収も、当初の予定より三ヶ月は早まるでしょう」


「ほんと、あんたってブレないわよねぇ。そこが頼もしいんだけど」


シルフィが笑いながら、焼きたてのパンをテーブルに置いた。

今日の朝食は、具沢山のスープと、白パン、そして燻製肉ベーコンだ。

以前のような、干し肉と堅焼きパンだけの侘しい食事ではない。


「いただきます……!」


リシアが待ちきれない様子でスプーンを手に取る。

彼女の顔色は、ここに来た時とは比べ物にならないほど良くなっていた。

頬には赤みが差し、痩せ細っていた手足にも健康的な肉がつき始めている。

何より、その表情に「怯え」がない。


「おいしい……! 私、こんなにおいしいスープ、初めて……」


「おかわりもあるからね。リシアはよく働いてくれるから、たくさん食べなきゃ」


「はいっ! 今日もがんばって、いっぱい草むしりします!」


リシアの笑顔を見て、俺は小さく頷いた。

俺たちの生活は、劇的に、しかし静かに変わった。

雨漏りのない強固な石造りの家。

寒さをしのげる暖かな寝具。

そして、明日食うに困らないだけの備蓄と生産能力。


大金持ちになったわけではない。

世界を救う英雄として崇められるわけでもない。

だが、ここには「不安」がない。


計算通りの明日が来るという、絶対的な安心感。

それこそが、俺がずっと求めていた「スローライフ」――いや、「持続可能サステナブル幸福ウェルビーイング」の正体だったのかもしれない。


「さて、次の計画ですが」


食後のコーヒーを飲みながら、俺は新しい記録帳を開いた。


表紙には『第Ⅱ期 事業拡大計画』と記してある。


「第二農園の未開拓エリアを開墾し、希少種『星月花せいげつか』の試験栽培を始めようと思います。これは銀閃草よりも育成難易度は高いですが、市場価格は五倍です。リシア、君には育苗ポットの温度管理を任せたい」


「はいっ! 任せてください!」


リシアが迷いのない瞳で答える。以前のような「私なんて」という卑下はもうない。彼女は自分がこの農園の不可欠な歯車パーツであることを理解し、それに誇りを持っている。


「シルフィ、君には商会との新規契約の交渉をお願いします。この品質を武器に、独占契約に近い条件を引き出したい」


「りょーかい。……ふふ、休む暇もないわね、私たちのマスターは」


シルフィが苦笑し、リシアが笑う。


窓の外には、朝日に照らされ、銀色に輝く波のような銀閃草がどこまでも広がっている。

その光景は、どんな金銀財宝よりも美しく、俺の心を満たしてくれた。


不確定な変数に満ちたこの過酷な世界で、俺たちは一つの確かな「解」を見つけ出したのだ。

論理と計算、そして信頼できる仲間たちによって構築された、小さな、しかし堅牢な王国。


俺たちの開拓は、まだ始まったばかりだ。

次なる変数が現れても、今の俺たちなら、きっと正しい式で解き明かせるだろう。

以上で、第1章(全10話)は完結となります。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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