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第八話

 しばらくはゆっくりとした時間が流れていった。アリスはささやかな家庭菜園で野菜を育て、いつものように干しぶどうを食べた。

 買い置きしていた小麦粉を使い切りそうだと気付いたのは、今朝のことだ。アリスは食事をとった後、大きな買い物袋を持って、久しぶりに街に出た。

 だんだん川のせせらぎが遠くなって、木々のざわめく音に変わっていく。木漏れ日に目を細めながら、アリスは街で買う品について考えた。卵と牛乳も買って、パンケーキでも作ろうか。よくお母さんが作ってくれたっけな……と、アリスは鼻歌まじりに街に向かった。パンケーキなら、バターと蜂蜜も欲しいところだ。


 街の大通りに差しかかったとき、にこやかにご婦人方と談笑するユリウスを見かけた。ホウキを持っているから、おおかた掃除の途中だったのだろう。どうやらしばらくは街にいるつもりらしい。教会で過ごすうちに、すっかり街になじんでいるようだ。アリスはユリウスより、よほど長くこの街に住んでいるが、彼のように人々と親しくはない。

 小さく手を振って通り過ぎようとしたアリスを見つけると、ユリウスは「失礼」とご婦人方に断りを入れた。


「アリスさん!」

「わざわざ来なくても。話の途中だったんでしょ?」

「先日の一件で、さらに確信しました。アリスさんは吸血鬼との戦いに、絶対必要な方です。エクソシストになりませんか」


 ユリウスの度重なるスカウトに、アリスは呆れ返っている。エクソシストになるほど、殊勝な性格ではない。アリスにとっては、パンケーキの方がよほど魅力的だった。


「その話、何度目? しつこいよ」

「この街の吸血鬼は退治できました。でも、吸血鬼には縄張りがあります」


 そんなものあるんだ、とアリスは唇をとがらせた。アリスは吸血鬼を蚊のようなものだと思っているから、吸血鬼同士の縄張り意識など、まるで考えたこともなかった。


「おそらく別の吸血鬼が勢力を広げてくるかと」

「ふーん、そう」

「アリスさんも一緒に退治しに行きませんか!」

「いや、私はいいや。ユリウス君、無茶しないでね」


 何回断られればあきらめるのだろう。アリスはめげないユリウスに呆れるが、当のユリウスは「そんなぁ」と眉尻を下げるばかりだ。


「私、家でパンケーキ食べるんだ」


 上機嫌なアリスに、ユリウスは少し考え込むような仕草をする。ユリウスはあごに手を当てて一息つくと、アリスの目を見すえ、真剣に問いかけた。


「……ふわふわのパンケーキ、食べたくありません? 僕、作れますよ」

 

 ……交渉が、成立してしまった。アリスは自分の軽率さに、頭を抱えた。ふわふわのパンケーキを作ってもらうのと引き換えに、吸血鬼退治に協力するなどと聞いたら、アリスの両親は卒倒するだろう。けれども、どうしても食べてみたかったのだ。


 ──お母さんが焼くパンケーキはふわっふわだったけど、私が作るとぺったんこになるんだよね。


 アリスにとって、ささやかな日常の喜びは重要だ。人間から少し離れて暮らすアリスだから、なおさらだ。


 先に自宅に戻ったアリスは、小麦粉を戸棚にしまった。扉をノックする音が聞こえてアリスが出迎えると、輝くような笑顔のユリウスが立っていた。相変わらず荷物が多い。


「あ、外で焼きます。女性の一人暮らしの部屋に入るのは、よくないので。庭、少しお借りしますね」


 どうやって? とアリスは首をかしげた。

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