第七話
「それじゃ、お元気で」
朝日が昇って吸血鬼が完全に死んだのを確認してから、アリスとユリウスは外に出た。昨夜雷が鳴っていたのが嘘のように、空が晴れ渡っている。
「本当に、本当にありがとうございます!」
麗しの乙女が泣きながら感謝の言葉をくり返すのに、アリスはひらひらと片手を振ってみせた。感謝されても、あまりいい気分はしない。今回は力押ししてくる吸血鬼ではなかったから、被害が小さく済んだだけだ。
──あんなに少量でも、きっちり死ぬんだな。
アリスは自分の指先に残る傷をながめた。吸血鬼にとって、アリスの血はどれだけ猛毒なのだろう。
街外れの自宅へと向かうさなか、小鳥のさえずりが聞こえてきた。ずっと唇を噛み締めていたユリウスが、ため息をつく。
「結局、僕はたいしたことができませんでした」
「網、効いてたじゃん」
「しかし」
「カバン、もっと整理したら? 仕切りでもつけて、何がどこに入ってるかわかるようにしてさ」
日差しをまぶしそうにしていたユリウスが言葉に詰まった。おそらく仕切りをつけても、カバンの中がごちゃごちゃしてしまうんだろうな……と、アリスは呆れた。
対吸血鬼グッズを詰め込みすぎだ。それはきっと、ユリウスの吸血鬼への恐れが形になったものだろう。
「ユリウス君さ、本当に吸血鬼と戦ったことあったの? 昨日みたいな感じで、よく今まで死ななかったね」
「……ありますよ。先輩と一緒に。とても勇敢な方でした」
ユリウスはそっと目を伏せると、苦々しく言葉をしぼりだした。
「勇敢な方です」ではないんだな──と、アリスは事情をなんとなく察した。おそらく吸血鬼との戦いで、ユリウスの先輩は命を落としてしまったのだろう。
「先輩に恥ずかしくないように、エクソシストとしての任務を遂行したかったのですが……僕はまだまだ未熟です」
力なくうつむくユリウスに、アリスは何も言葉を返さなかった。励ましたところでユリウスの先輩が生き返るわけではないし、ユリウスの能力が上がるわけでもない。むしろ、エクソシストとしての能力があると判断される方が、危険な目に遭うことになる。
アリスは自分の身を振り返って、ユリウス君はその方が長生きできるよ、と心の中でこっそりとつぶやいた。
きっとユリウス本人は、吸血鬼を倒す立派なエクソシストになることを望んでいるのだろう。
吸血鬼の脅威から人々を守る──アリスを訪ねてきたユリウスが、くり返し言っていたことだ。その言葉を口にするとき、ユリウスの目は使命感に燃えていた。アリスとは相容れないが、その思いに偽りはないのだろう。
だから吸血鬼を倒すことのできるアリスが、積極的に吸血鬼と戦わないのが理解できないのに違いない。
アリスはユリウスに気づかれないように、鼻からそっと息を吐き出した。
それは、人々に都合よく利用されるのと、何が違うというのだろう。
──命を懸けてまで、他人に仕えろって?
アリスには、ユリウスのそんなところが理解できない。
ユリウスは初めて会ったときと同じ、情けない犬のような顔で、アリスの顔色を何度かうかがった。何か言いたいらしい。アリスはそれに、気づかないふりをした。
川のせせらぎが聞こえてきて、アリスの足取りが少し早くなる。水たまりを飛び越える。木漏れ日がやさしくアリスとユリウスに降り注いでいる。
あまりにのどかな光景は、アリスのあくびを誘った。
吸血鬼との戦いで夜じゅう起きていたから眠い。睡眠不足も貧血の原因になる。早く家に帰って、ぐっすりと眠りたかった。