第四話
アリスが断ったにもかかわらず、ユリウスは何度もやって来た。
やれ対吸血鬼の究極兵器だとか、やれ人類の希望の星だとか、玄関前で好き勝手に熱く語っては、そのたびにアリスを辟易とさせた。
ユリウスがあまりにも延々と話をつづけるものだから、アリスはとうとう、玄関前にイスと小さな組み立て式のテーブルを置いたほどだ。
「何度も言ってますけど、血を吸われるのも、痛いのも私です。知らない誰かのために、自らそんな目に遭えと?」
「ですが、人間は吸血鬼に対峙する手段が限られています! アリスさん、勇気を出してください!」
勇気がどうこうという話ではなかろう。ダメだコイツ、まるで話が通じない──。
アリスは心底呆れて閉口し、テーブルの上に置いた干しぶどうを一粒とって、口に入れた。甘みと独特の食感が口の中に広がる。乾燥したぶどうは口の中でほんの少しやわらかさを取り戻した。
「あのねぇ。蚊がうるさくても鬱陶しいなと思う程度でしょ? 人間は私を鎖でぐるぐる巻きにしたり、気味悪がったり、採血して利用したりする。……人間の方がよっぽど恐ろしいじゃない」
ユリウスは一瞬言葉に詰まり、視線を泳がせた。傾いた日差しが窓から差し込んで、ユリウスの顔に陰影を作っていた。
「それは……おつらい経験をされてきましたね。しかし、それらはどれも、人類が身を守るためにしたことです。悪気があってやったわけでは……」
「そうかもね。でも、加害は加害でしょ。そんなことをくりかえしてきた人間のために、なぜ私が協力しなくてはいけないの? なぜ、あなたの言う『勇気を出さないといけない』ことをする必要が?」
「やっぱり勇気が足りないんですね!」
「違う。まるっきり話にならない」
アリスはぶどうの枝をくるりと回して、次々と干しぶどうを口に入れた。一度に口の中に入れすぎたせいで、ねっちゃりとする。
水分が足りなくなって思わず咳払いしたアリスに、ユリウスは「僕も一緒に行ってあげますから!」と拳を固めた。
「はあ?」
アリスは「あげます」の部分にカチンと来た。「僕たち人類のために、血を吸われてください」とか「僕も一緒についていきます」ならいざ知らず……、謎の上から目線と「勇気が出ない」という決めつけはなんなのだろう。
「僕がいれば安心ですよ! なんせ僕、エクソシストですから!」
「いや……それでも私は血を吸われますよね?」
吸血鬼の方が、アリスの血を吸えば死んでいくから、まだかわいげがある。
どうあっても平行線にしかならない……。そんな二人のやりとりに割って入った声は、アリスにとって、ちょっとした幸運だった。
「ユリウス様! ここにいらっしゃったのですね!」
「ああ、街の……どうかされましたか?」
「吸血鬼から、予告状が届きました!」
そんな吸血鬼もいるんだな、と、アリスはおかしくなった。蚊のような彼らが予告状を出すとは、考えてもみなかったのである。
予告状には、ごていねいにシーリングスタンプまで押してある。吸血鬼が蝋をあぶる姿を想像して、アリスはくすっと笑った。