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第二十四話

 しとしとと、細かな雨が降っている。車輪がしぶきをあげて、水たまりを駆け抜けていく。馬のいななきと共に馬車が止まると、御者の声がかかった。馬車に揺られて二日間、ようやく馴染みのある街に帰り着いた。

 起きていた人々が乗合馬車から降りていく。道中で車輪がぬかるみにはまって、到着が早朝になったためか、眠そうに目をこすっている人が多い。

 ユリウスは来たときと同じように、人々が馬車から降りる手伝いをしている。たまに顔をしかめているから、おそらく傷が痛むのだろう。ケガをしているときまで人助けしなくてもいいだろうにと、アリスは呆れた。

 人々がすっかり降りると、馬車は厩舎へと向かっていった。車輪の手入れをしたり、馬を休ませたりするのだろう。

 早朝の街が急に静かになって、足音がやけに大きく聞こえる。アリスはユリウスの荷物を少し預かった。


「ユリウス君、ケガしてるんだから、さすがに人助けはやめなよ」

「そういうわけにはいきません。僕はエクソシストとして、人々の役に立ちたいんです」


 痛みを堪えたせいだろう、汗をかいているユリウスを一瞥して、アリスはため息をついた。教会までは少しだけ歩く。アリスは響く靴音の隙間を埋めるように、ぽつぽつとユリウスに話をした。


「ねぇ、吸血鬼と戦ったあとも思ったんだけどさ。なんでそんなに人のためにって考えるの?」

「理由ですか? 人助けができるから……それだけです」

「……いいように利用されるだけじゃん。使命感があるのはいいけど、早死にするよ」


 ユリウスの足が止まった。髪に小雨が絡んでいる。じきに雫になって、毛先から滴り落ちていく。


「自分に優しくする分も、ちゃんと残しときなよ。ご自愛ってやつ。……ユリウス君が死んじゃうの、嫌だからさ」


 アリスは話しながら、少しだけ笑った。それを言うなら、自分はご自愛してばかりだ。けれどもアリスはそのことに、罪悪感はまったくない。人々にしろ吸血鬼にしろ、アリスをさんざんに傷つけてきたのだから、その分、自分自身を労わって何が悪いとさえ思っている。


「たとえば崖があって、落ちそうになってる人がいたら、ユリウス君はきっと助けるでしょ。でもそのとき、ちゃんと自分に命綱をつけてなきゃダメなんだよ。……だから吸血鬼と戦うなんて、やめときな」


 すっかり足を止めてしまったユリウスを振り返る。ユリウスの表情はこわばっている。瞳の奥に、ほんのわずかにかげりが見えたような気がした。額から伝う雨の雫をぬぐうと、ユリウスはようやく口を開いた。


「……僕は吸血鬼による惨劇を目の当たりにしてきました。仲間が何人も傷ついたのを見てきました。だからエクソシストとして、人々の役に立ちたいという思いは変わりません」


 ユリウスの目に迷いはない。

 予想していた通りのユリウスの返事に、アリスは肩をすくめた。


「だろうね。ユリウス君なら、そう言うと思ってた。私とは考え方が違うけど──でも、嫌いじゃない。ユリウス君はそういう人だよね」


 ユリウスに背を向けて、アリスはゆっくりと教会に歩き出す。

 道の向こうに、荷車を引っ張っていく人が見える。市場に品物を届けるのだろう、荷車の上にはたくさんの野菜や果物が乗っている。雨で客足は鈍るかもしれないが、もう少ししたら市場が開いて、買い物をする人たちが訪れるのに違いない。

 うしろから足音が聞こえる。ユリウスも再び歩きはじめたらしかった。

 雨は弱まることも強まることもなく、ただ静かに降りつづけている。

 一足先に教会前にたどりついたアリスは、ユリウスの荷物をどっかと下ろした。リュックの上に乗った雨粒を払い除けていると、ユリウスが追いついた。


「アリスさん、さっきの話……」

「うん」

「あなたは、今回僕が流した血なんて比にならないくらいの血を流してきたんでしょう。自分で望んだわけでもないのに、人間たちに差し出されて。吸血鬼に狙われて。……これ以上血を流せとは、僕には言えない」


 ユリウスの寂しそうな顔から目を逸らして、アリスはあっけらかんと応えた。


「そうだね。だから、私はエクソシストにはならないよ」

「ええ。そうおっしゃるだろうと思ってました。僕の道とは違いますが……あなたの道行きに、多くの光がありますように」


 ユリウスが胸の前で十字を切るのを待ってから、アリスは手を振った。


「それじゃ、またね」

「……またパンケーキ、焼きに行きますよ」

「楽しみにしてる」


 考え方や進む道が違ったとしても、争う必要はない。アリスにはアリスの考えがある。ユリウスの考えでアリスを動かすことはできないし、その逆も同じだ。


 ──うちはうち、よそはよそって、小さい頃、お母さんによく言われたな。


 問題は、アリスの意思を無視して吸血鬼に差し出しつづけてきた人々にある。

 小雨の降るなか、自宅に戻るアリスの胸元で、母の形見のロザリオが小さく揺れた。

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