第二十二話
「ユリウス君、大丈夫?」
館の主がすっかり灰になったのを確認したあと、アリスは壁際でぐったりしていたユリウスに声をかけた。神父服に血の染みができている。
「やりましたね! 一時はどうなることかと気が気じゃなかったですが……アリスさんが僕の意図を汲んでくれて、助かりました。……本当によかった。僕でも、吸血鬼を倒す役に立てたんだ」
「傷に響くから、ちょっと黙ってなよ」
早口でまくしたてるユリウスをよそに、アリスはリュックから応急セットを取り出す。出血がひどくならないようにベルトで傷の近くを縛り上げて消毒すると、ユリウスがうめいた。
今は吸血鬼を倒した満足感で元気そうに話しているけれど、あとから痛みがやってきそうだな……と、アリスはユリウスの生々しい傷に薬を塗りたくりながら呆れた。出血は止まったようだが、貧血気味なのか、ユリウスはうとうととしはじめている。
──貧血で寒くなったりするよね。私が血を吸われたときも、そういうことあるし。
アリスは持ってきた毛布をユリウスにかぶせて、「まあ、今は寝ときな」と声をかけた。
朝になれば、館で働く人間たちが見つけて、もう少ししっかりした手当てを受けられるだろう。
広い部屋を、ランタンがぼんやりと照らしている。吸血鬼が不思議な力で灯したろうそくの火は、消えてしまった。
暗闇に目が慣れてくると、部屋にうっすらと光が差し込んでいるのに気がつく。いくつか窓がある。アリスは窓の外が明るくなるのをぼんやりと待ちながら、ユリウスの様子をうかがった。穏やかな寝息をたてているから、心配するほどでもないのかもしれない。寒がっている気配もない。
──ユリウス君があんなに出血してたのに、私の指から出た血に寄ってくるなんて、真祖ってのは、よっぽどなんだな。
吸血鬼の言葉を思い出して、アリスは立てた膝に腕を乗せる。
アリスの血を吸った吸血鬼が死ぬ理由、アリスが真祖の生まれ変わりという話──今までわからなかったこと、知らなかったことについて急に情報を得たものだから、混乱する。
果たして自分は人間なのだろうかと、アリスは長らく訝しんできた。吸血鬼に血を吸われても死なない。吸血鬼になることもない。日の光を浴びても平気だし、なんならロザリオだって持っている。他人の血に食欲をそそられることもないし、むしろ美味しい食事が好きだ。
──まさか、吸血鬼の真祖の生まれ変わりだなんてね。
あの吸血鬼は、アリスを人間だと言った。頭の隅に押しやってきた疑問が、今日、ついに解けたというのに、アリスの気分は晴れない。
先ほどまで館の主だった灰が、視界に入った。
──蚊じゃ、なかったな。
母の形見のロザリオをぎゅっと握りしめると、金属の冷たさがほんの少しアリスを冷静にさせる。ときおり風が窓を揺らす以外は、静かな夜だ。外から虫の声が聞こえる。
アリスは少しだけ顔を上げて、ユリウスの様子をうかがった。寝苦しそうだ。
──パンケーキ。
旅に出る前に、ユリウスが焼いてくれたふわふわのパンケーキを思い出した。ユリウスはパンケーキを食べるアリスを見て、それがアリスの本来の姿なのではないかと言った。
──血よりも、パンケーキの方が美味しそうだな。
顔を上げたアリスの目に、夜空がだんだんと明けていく様子が映った。ぼんやりと白む夜空をながめながら、アリスは安堵のため息をついた。ユリウスを起こさないように、ひそやかに。




