第二十話
天井からぶら下がるシャンデリアが、かすかに揺れている。ろうそくの炎もそれに合わせてゆらゆらと踊り、淡い影が伸び縮みする。
予備動作もなく、ふっと吸血鬼が接近してきたのに呼応して、ユリウスが銃を撃ち、距離をとる。
アリスが血を出せば、吸血鬼はその匂いに逆らえない。そうしてアリスの血を吸って、灰になる。
──四の五の言わずに、血を出せばいい。
アリスがナイフを自分の指先に押し当てようとした瞬間、背後の扉が大きな音をたてて開いた。先ほど撒いたはずのコウモリたちが一気に雪崩れ込んできて、アリスに襲いかかる。
「うわっ、邪魔!」
「アリスさん!」
コウモリを追い払おうとナイフを振り回すアリスの手に衝撃が走った。空気の塊がぶつかったような感覚だ。ナイフが甲高い音をたてて跳ね飛ばされ、飛んでいく。
足元に転がったナイフを、吸血鬼が踏みつけた。
「こちらは預かっておきましょう。私の計画のために、今あなたの血の匂いを嗅ぐわけにはいかないのです」
吸血鬼は大きな声で笑うと、ナイフを後ろに蹴り飛ばした。
「くそ、照準が合わない!」
ユリウスの声に視線を向ける。少し離れた場所でコウモリに群がられて苦戦していた。純銀製の弾丸にも限りがあるから、無闇に乱射するわけにはいかないのだろう。
──いや、これ、めっちゃピンチじゃん。めんどくさ。
アリスは自分がパンケーキに釣られて、吸血鬼退治についてきたことを後悔した。この策士の吸血鬼は、アリスを傷つけずに確保しようとしている。
アリスの視界の端に銀色の剣のきらめきが映る。ユリウスが剣を抜いてコウモリを切っている。何匹か足元に転がっているようだが、数が多すぎてキリがない。
──あの剣があれば、いけるか!?
アリスはユリウスに駆け寄ろうとするが、吸血鬼に察知された。動線に割り込んで合流を阻まれる。気が付かないわけがないか……と、アリスは軽く舌打ちして、後ろに身を引いた。
「あなたには、まだこの屋敷にいていただかなくては。引き続き賓客として、おもてなしさせていただきますよ」
「黙れ!」
ユリウスの怒号とともに銃声が轟いた。純銀製の弾丸がコウモリの羽を突き破り、吸血鬼に迫る。吸血鬼はアリスの方を向き直ったままだ。
わずかに入射角の狂った弾丸を、吸血鬼は尖った爪の生えた指で、こともなげにつまんだ。視線さえユリウスには向けない。
「お連れの方に、話に割り込まないように言っていただけますか」
吸血鬼はアリスに向かって話しかける。ユリウスを歯牙にもかけていない。
吸血鬼はつまんでいた弾丸を床に落とすと、「ふむ」と思案した。死体のように青白い指先が、赤くただれていた。
「予想通りですな。純銀製の弾丸でしたか」
──どんな弾丸か、確かめたんだ。
アリスはごくりと唾を飲んだ。いやな汗が背中を伝い落ちていく。
「なんでそんなに縄張りにこだわるの?」
「縄張り? 領地のことですか? ……いいえ。私は領地には、さして興味がありません」
吸血鬼はふっと短く息を吐き出して笑うと、アリスに向けて腕を伸ばした。
「……私は他の吸血鬼を滅ぼし、新たな真祖となるのです」




