第十九話
夜が更けた。先日の戦いで学んだらしく、ユリウスは肩掛けカバンの上の方に網を入れたようだ。アリスの方は、特にすることがない。彼が回転式拳銃に純銀製の弾丸を詰め終えたのを見て、アリスは作戦決行を伝えた。
「じゃ、行きますか」
昼の間に散策をしていたから、屋敷内部の構造はある程度把握できている。アリスはユリウスを先導しながら、猫のように足音をたてずに階段を降りていく。ランタンの光が、アリスの動きにあわせてゆらゆらと辺りを照らし出した。
屋敷で働く人間に遭遇したら見咎められるかもしれないが、意外にも人はいない。吸血鬼に狙われないように、自室にこもっている者が多いのだろう。
玄関ホールに出ると、天窓から月の光が差し込んでいた。吸血鬼の屋敷にしては、採光を考えているんだな──と、アリスは不思議に思う。もしかしたら、元々は吸血鬼の屋敷ではなかったのかもしれない。
中央階段を上って少し廊下を進んだとき、大きな音を立てて窓が一斉に開いた。外から無数のコウモリが入ってくる。コウモリはめいめいの動きで、アリスたちに襲いかかった。これだけ数が多いと視界が遮られる。
──人間といい、コウモリといい、手下を欲しがるタイプの吸血鬼なんだな。寂しがり屋さんか。
「駆け抜けちゃった方が早い!」
剣を抜こうとするユリウスの手を引っ張って、アリスは奥の部屋へと飛び込んだ。すぐに扉を閉める。わずかに飛び込んできたコウモリを、ユリウスが聖書で殴って蹴散らした。
「……神よ」
「聖書ってそういう使い方していいの?」
「緊急事態ですので」
「今朝から緊急事態だらけだね」
部屋の中は暗い。音の反響具合からすると、広い部屋のようだ。賓客をもてなすための部屋なのかもしれない。
──貴族の宴って、こういうところでやるのかもね。いや、どちらかっていうと、秘密の儀式か。
アリスはランタンを掲げた。
ふっと明かりが揺らいで、薄暗い中に顔が浮かび上がった。
「わあ!?」
次の瞬間には、消えている。吸血鬼への恐怖というより、純粋な驚きでアリスは声をあげた。ランタンの明かりを受けて陰影が強く出ていたけれど、見たことのない顔だった。吸血鬼本人だろうか。素早い。
「お出迎えだね。でもすぐいなくなっちゃうなんて、恥ずかしがり屋さんみたい」
横でユリウスが剣を抜いて構える。やっぱり少し遅いんだよなと、アリスは苦笑した。
「こんばんは、吸血鬼さん。いるんでしょう? アリスです」
暗闇に声をかける。テーブルの上や壁のろうそくに、徐々に火が灯っていく。最後のろうそくが灯ったとき、ふっと生ぬるい風が吹いた。奥の椅子に、吸血鬼が座っているのが見える。
「お会いするのは初めてですね。丁重なおもてなし、どうもありがとう。血が目当てとはいえ、ご飯、美味しかったです」
「お気に召したなら、何より。あなたは丁重に扱うべき賓客ですから」
唐突に、吸血鬼に狙いを定めたユリウスが銃を一発撃った。その横顔は強張っている。吸血鬼への怒りが強いのだろう。弾丸はかわされている。アリスは肩をすくめた。
「……お連れの方は、せっかちなようで」
「あなたもさっき、お出迎えしてくれたじゃない」
「あなたの血の匂いに、思わず引き寄せられてしまいました。お恥ずかしい。まさかいらっしゃるとは思わなかったので」
ビロードの上等な服を着た吸血鬼は、椅子からゆっくりと立ち上がると、胸元に手を添え、芝居がかったお辞儀をしてみせた。




