第十八話
夜が来る前に、秘書が夕食を運んできた。相変わらず豪勢だ。アリスはユリウスのいるバルコニーにうっかり視線を送らないように気をつけながら、部屋で夕食をとる。秘書が何か言いたげにアリスの顔色をうかがっているのに気がついた。
「なに?」
「……こちらをお渡ししておきます」
前菜を食べ終えたアリスに秘書が差し出したのは、ユリウスの肩掛けカバンだった。あいかわらず大きくふくらんでいるから、中に色々な対吸血鬼グッズが詰め込まれたままなのだろう。
「ユリウス君のカバンだね。……どうしたの?」
「エクソシストの方が、脱獄しました。行方は知れませんが、おそらくアリス様と合流するかと思いましたので」
「……私にそれを渡す意図は? あなたの主を倒してってこと?」
アリスが淡々とそう言い終えたとき、バルコニーにつながる窓がガタンと大きく鳴った。ばか、とアリスはこめかみに手を当てた。
「またアリスさんを都合よく使う気ですか!」
「ユリウス君」
バルコニーから室内に入ってきたユリウスは、今にも噛みつかんばかりの険しい表情をしている。カーテンが風にふくらんで、ろうそくの炎が揺れた。
「吸血鬼の手下になってアリスさんや僕を襲っておいて、今度は吸血鬼を倒してくださいですって? 都合がいいにもほどがある! アリスさんをいったいなんだと思っているんですか!」
「対吸血鬼の秘密兵器じゃない?」
秘書に怒りをぶつけるユリウスに、アリスはかつてのユリウスの言葉をそのまま伝えた。ユリウスは少し頭が冷えたようで、怒りをこらえて言葉をしぼりだした。
「血を吸われるのも、痛いのも──命を削る行為にほかなりません。あなたたちは、ずっとアリスさんに負担を押し付けてきたんです。自分たちが吸血鬼におびえて暮らさずに済むように、アリスさんを利用してきたんです。アリスさんだって、同じ人間なのに!」
あんなに吸血鬼退治の旅に出ましょうとか、エクソシストになりましょうと誘ってきたユリウスの変化に、アリスは肩をすくめた。
秘書はユリウスの言葉に動じることはなかったが、身体の前で組んだ指をしきりに組み替えている。少しして、秘書がようやく重い口を開いた。
「山の下にある街を通られましたか? この屋敷で働く人間は皆、そこから連れてこられたのです。従わないなら街を襲うぞ、と脅されて、差し出された」
「ですが!」
「……我々も、アリス様と近い経験をした者たちです」
秘書はいつも通り淡々と、ユリウスの言葉を遮った。ユリウスは返す言葉を失い、黙って拳を握りしめる。
「つまり、人間同士の不和を利用したってことか。……やっぱりここの吸血鬼、策士だわ」
アリスのつぶやきを聞いて、ユリウスは普段の彼らしくない荒っぽい仕草で、秘書から肩掛けカバンを受け取った。
「お食事、少し多めにご用意しております。エクソシストの方もどうぞ」




