第十三話
二人が門の前に到着すると、がらがらと派手な音をたてて扉が開いた。警戒するユリウスをよそに、アリスはあっけらかんと「お邪魔しまーす」と屋敷の中に足を踏み入れる。
分厚い石造りのアーチをくぐると、木々にさえぎられていた光が目に飛び込んできた。まぶしい。
緑の芝生と、整然と手入れされた植え込み、その奥に屋敷が見える。太陽の光に弱いはずの吸血鬼に庭が必要なのだろうかと、アリスは首をかしげた。夜には花もしぼんで眠ってしまうから、あまり見られないのではないか。
アリスはふと気づいた。ならば、まだ日差しのある今、いったい誰が扉を開けたというのだろう。
「アリス様と、エクソシストの方ですね。お待ちしておりました。主はまだ眠っております。こちらへどうぞ」
突然声をかけられて、アリスは飛び上がるほど驚いた。ユリウスはじっと声の主に見入っている。きりりとした印象の女性だった。昼の日差しを受けて立っているから、吸血鬼ではないのだろう。首元のきっちりしまった、裾の長いワンピースを着ている。ボタンがとても多いから着るのは大変だろうな……とアリスは思わず自分の服装と見比べた。アリスが着ているのは、少し丈の長い簡単なチュニックと、膝丈のズボンだ。
案内に従って屋敷の中に通される。玄関ホール前の階段をのぼったところに、大きな肖像画が飾ってあった。これが屋敷の主かなと、アリスはまじまじと観察した。顔が青白いことと、牙があることくらいしか、印象に残らない。よくいる吸血鬼だ。
客室に通されて、席につく。すぐに先ほどの女性がティーセットを運んできた。湯気の立つ紅茶を一口飲んで、アリスはほっと息を吐く。普段飲み慣れない、高級な茶葉の香りが鼻から抜けていった。山道を歩いて疲れていたのか、とてもさわやかな、ほっとした気分になった。
「エクソシストの方は、お召し上がりにならないのですか?」
「ええ。お気持ちだけ、ありがたく頂戴します」
ふと視線を向けると、ユリウスは警戒して、カップを持つことさえしていない。女性から視線を逸らさずに注意深く観察しているユリウスの姿に、アリスは「吸血鬼の仲間でしょ? そんなに警戒すること?」と眉をひそめそうになってやめた。ユリウスのような普通の人間にとっては、吸血鬼の方が警戒の対象だ。
──私が変わってるのか。
ユリウスが身構える理由に思い至るのに、少し時間がかかってしまった。アリスは紅茶をさらに一口飲んで、ため息をついた。血が吸血鬼にとっての猛毒というだけで、こんなにも人間離れしてしまうのかと、目を伏せた。
「あなたは人間ですよね? なぜ、吸血鬼の屋敷にいるのですか?」
「……この屋敷には何人か人間がおります。我が主は素晴らしい方です」
きりりとしていた女性の声がわずかに震えた気がして、アリスは顔を上げた。そうして、その女性の表情がこわばっていることに気付いた。
ユリウス君、その人──と声をかけようとしたとき、アリスの視界がぐにゃりと歪んだ。
──あ。これ、一服盛られたな……。
アリスはこれまで人間に薬を盛られたことはあったが、吸血鬼とその一味がそんなことをするとは、思ってもみなかった。アリスにとって、吸血鬼は蚊のようなものだった。
「吸血鬼ですよ?」
「はい。我が主は吸血鬼です。しかし──」
ユリウスと女性のやりとりが、だんだん遠くなっていく。ガシャンとティーカップのぶつかる音を聞いたのを最後に、アリスは意識を手放した。