第十一話
がたごとと箱馬車を揺らしながら、二頭立ての馬車が進んでいく。道は整備されているものの、たまにくぼみや石の上を通ると大きく揺れる。最初はお尻が跳ねたり、舌を噛みそうになるのに「おお」と、いちいち声をあげていたアリスだったが、そのうちに慣れた。
ユリウスはそんな中でも水筒のふたに飲み物を注いで飲んでいるのだから、やはり旅慣れているのだろう。
「こぼさない?」
「飲み物をあまり多く入れないのが、こぼさない秘訣ですよ」
「ふうん」
「それでも、こぼすときはこぼします」
わずかに肩をすくめたユリウスに、アリスは小さく笑った。乗合馬車には他の乗客もいる。眠っている者もいれば、景色をながめている者もいて、アリスは引っ越したときのことを思い出した。腕組みをしてまぶたを閉じ、じっと目的地に到着するのを待っているばかりだったから、会話しながらの旅は珍しい。
もっとも、人と関わるのが苦手なアリスだから、ユリウスがいなければ会話もほとんどしなかっただろう。ユリウスは他の乗客たちとも、にこやかに話をしている。教会前でご婦人方と談笑していた姿を思い出して、「ユリウス君はたくさんの人間の中で生きてきたんだな」とアリスは今さらながらに実感した。
「はい。アリスさんも」
ぼんやりしていたアリスは、ユリウスに手渡されたクッキーにきょとんとした。
「ありがとう……?」
「この奥様がくださったんですよ」
にこやかな女性が、箱に入ったクッキーを乗合馬車の乗客たちにすすめている。どうやら手作りのようだ。アリスがクッキーをまじまじと見つめる横で、ユリウスが「いただきます」と一口食べた。
食べ物に弱いアリスだが、知らない人間から受け取った食べ物を無警戒で食べるには、悲しい記憶が多すぎた。
「バターがきいていて、おいしいです。ごちそうさまでした」
サクサクと小気味いい音をたててユリウスがクッキーをほおばる姿を見て、アリスはようやくクッキーの端をかじった。
馬がいなないて、馬車が大きく揺れた。アリスの指から、クッキーが飛んでいく。
せっかくもらったのに、落としたら割れちゃう──。
宙に飛んだクッキーをぱくっとくわえたアリスに、乗合馬車の乗客たちが歓声と拍手を送る。アリスは恥ずかしくなって、馬車の隅っこで身を縮めた。まるで犬が空中でボールをくわえるときのようだ。
笑うユリウスは、いつもの困った犬のような顔をしていなかった。