第一話
「貴様、何を盛った!」
目の前で力尽き、灰になっていく吸血鬼を、アリスは首を傾げてながめた。陽の光を浴びたか、純銀製の弾丸で撃たれたかのように、吸血鬼が崩れ落ちていく。じっとりと湿度をふくんだ夜半の風が、森の木々をざわざわと鳴らし、灰が飛んでいった。
すっかり灰になった吸血鬼を見届けて、アリスは首すじに残った吸血鬼の牙の跡に触れた。ぞんざいにぬぐう。
アリスの血は大変芳醇な香りがして、吸血鬼にとって美味であるらしい。
──そうして、アリスの血は猛毒である。
ひとときの甘露に舌鼓を打ち、あっという間に毒で死んでいく吸血鬼たちを、これまで何人も見てきた。
吸血鬼に魅了されたわけでもなく、主従の契約があったわけでもない。アリスはただ、襲われた不運な女性である。
しかしアリスの血を吸った吸血鬼たちは、ことごとく灰になり、苦しみ悶えて死んでいった。アリスはいつも、その光景を首を小さく傾げてながめている。
「貴様、何を盛った」「人間風情が」……吸血鬼たちの最期の言葉をコレクションしていたこともあったが、飽きてしまった。
人間を贄としか見ていないから、手痛いしっぺ返しを喰らうんだ──。
アリスは指についた血を、ピッと飛ばした。道の脇でそよいでいた草に、雫が飛ぶ。葉が溶けるだとか、枯れるだとかいうこともない。
アリスは自分の血が不思議でならない。
何か特別なことをしているだとか、特殊な食べ物を摂取しているということもない。ただ普通に暮らしているだけだ。
何世代前かのご先祖様が吸血鬼の真祖に近いのかもしれないと調べたこともあったが、結局わからずじまいだった。
いつものように髪で傷跡を隠して、アリスは帰路についた。吸血鬼の仲間になったと思われるのは、ごめんだった。