台場シティー
ここは虫たちの楽園、台場シティー。最高の食事場であり、コミュニケーションの場でもある台場クヌギが群生する森です。その上、快適な住みかにもなる安住の地。
毎日、おいしい樹液を求めていろいろな虫たちがやってきます。
日暮れ間近、夕食時の台場はどこも虫たちで混み合っています。
辺り一面にただよう甘酸っぱい香りに誘われて、青緑色に輝くアオカナブンが飛んできました。
「お隣、よろしいでしょうか」
「どうぞ、どうぞ。こちらへ。お好きなだけめしあがれ」
やや緑がかった輝く銅色の体に、白い斑点のあるシロテンハナムグリが少しわきによって、おいしい蜜がたっぷり出ている場所をゆずってやりました。
「ここは、どの台場も大盛況ですね」
「おいしい蜜が豊富に出ますから、わたしたちにとっては最高の食事場ですよ」
よほどおなかがすいていたのでしょう、アオカナブンは夢中で樹液をなめはじめました。
「そんなに急いで食べると、のどにつまらせてしまいますよ」
シロテンハナムグリの言葉が聞こえているのかいないのか、アオカナブンは脇目も振らず樹液をなめ続けていました。
ひとしきり樹液をなめて、おなかいっぱいになったアオカナブン、ほっと一息。
「ふう、生き返った。なにしろ腹ぺこで死にそうでしたから。こんなに腹いっぱい食べたのはひさしぶりです」
「それはよかった」
「ここに来る前にいた森では、数本の限られた木からしか蜜が出なかったので、少ない食べ物をめぐってけんかが絶えませんでした。 カブトやクワガタ、スズメバチのような強い者が蜜の出る木を独占して、私たちのような弱い者は、食事にありつけませんでした。 それに比べてここはいいですね。食べ物が豊富にあるから、争いなど起こらないでしょう」
「いえいえ、そんなことはありませんよ。ここでもけんかは絶えません。乱暴なやからが、台場を独り占めしようとすることもありますからね。どこも似たようなものですよ」
「そうなんですか!」
アオカナブンは少し驚いた様子でつぶやきました。
そこへ、乱暴者のスズメバチがやってきました。黒と黄色のしま模様の体で、つり上がった真っ黒な目は、見るからに凶暴そうです。
「おいお前ら。邪魔だ。さっさとどきな」
「ぼくたちが先に食事をしていたんだ。順番を守れ…」
シロテンハナムグリが弱々しく言い返しました。
「なんだと!」
「ど、どうぞ」
スズメバチにじろりとにらみつけられて、シロテンハナムグリは、すごすごと逃げていきました。
「ほかに、文句のあるやつはいるか!」
スズメバチはアオカナブンに鋭い視線をむけました。スズメバチに逆らってもかなうわけがありません。アオカナブンは、しかたなく蜜の出る場所をスズメバチに明け渡しました。
さっきから、シロテンハナムグリの隣で黙々と樹液を吸っていたオオムラサキ。青紫色に輝く翅をもち、日本のタテハチョウの中で最も大きくて美しいチョウです。スズメバチににらまれても、動じることなく、素知らぬ顔で食事を続けていました。
さすが国を代表するチョウ=国チョウだけあって、どことなく気品も感じられます。その堂々とした態度と体の大きさに圧倒されてスズメバチは何も言えず、おとなしく樹液をなめはじめました。
しばらくするとカブトムシがやってきました。
「邪魔するよ」
スズメバチが声のした方を横目でちらりと見ました。
「これは、カブトムシさん。どうぞどうぞ」
乱暴者のスズメバチも、全身にかたいヨロイをまとったカブトムシには、自慢の毒針も歯が立ちません。スズメバチは端によって、樹液のたくさん出ている特等席をゆずりました。
また、別の台場では、黒光りするはねに、赤いギザギサの模様が四つあるヨツボシケシキスイ、筋のある黒色の体で脚の長いキマワリ、つやのある銅色のカナブン、黒地の翅に、輝く瑠璃色の帯があるルリタテハが、なかよく食事をしていました。そこへ、うろの中から赤茶色のノコギリクワガタが、ぬっと顔を出しました。
弓形に曲がった、立派な大あごが、ひときわ目をひきます。あごの内側は、のこぎりの刃のようにギザギザでするどく、はさまれたら体が真っ二つに切り裂かれそうです。
「お前たち、誰にことわってここで食事しているんだ」
「ことわるも何も、ここは、みんなの食事場だろう」
ヨツボシケシキスイが負けずに言い返しました。
「うるさい。ここは、おれ様のなわばりだ。つべこべ言わず、どけどけ!さもないと、おれ様の大あごではさんで、ちょんぎっちまうぞ」
ノコギリクワガタは、ものすごい剣幕で大きなあごをめいっぱい開いて、ほかの虫たちを追い立てました。
「なんて乱暴な!」
ルリタテハは、ぷりぷり怒って飛んでいきました。
カナブンも、あわてて逃げ出しました。
ヨツボシケシキスイやキマワリは、こそこそと逃げるように木の裏側へ回りこみました。
ほかの虫たちを追いはらったあと、ノコギリクワガタは、ゆったりと食事を楽しんでいました。
そこへカブトムシが飛んで来ました。
「うーん、いい香りだ。うまそうな蜜がたっぷりだ。ちょっといいかな。ぼくもいっしょに蜜をなめさせてくれないか」
「いやだね。ここはおれ様のなわばりだ。ゆずるわけにはいかないね」
ノコギリクワガタは、カブトムシにも強気な態度です。
「なんだと!」
カブトムシが、いきり立ちました。
「やるか!」
カブトムシとノコギリクワガタのけんかがはじまりました。
カブトムシがノコギリクワガタに角を突き出しました。それをノコギリクワガタが、大あごでがっちりと受け止めます。がっぷり四つに組んで力比べです。どちらも一歩も引きません。両者は組み合ったまま、しばらく動く気配がありません。
このままでは、決着がつかないと思ったのでしょうか、二匹は一旦はなれました。そして、お互い相手の出方を探るように、少しの間にらみ合っていました。
そこから、先に攻撃を仕掛けたのはカブトムシです。カブトムシが自慢の角をノコギリクワガタの腹の下に差しこんで突き上げました。
あまりに突然の事で、ノコギリクワガタは、なすすべなくあっさりとひっくり返されて、台場から落とされてしまいました。
カブトムシの勝利です。カブトムシは勝利の美酒を味わうかのように、心ゆくまで樹液を堪能しました。
いつの間にか、ヨツボシケシキスイとキマワリもカブトムシの側でちゃっかり樹液をなめていました。
こんなちょっとしたいざこざはありましたが、虫たちは台場シティーで、それなりに穏やかに暮らしていました。
そんなある日、奇妙な事が起こりはじめました。それが台場シティーをゆるがす大事件へと発展していくとは、このときの虫たちには思いもよりませんでした。
夜な夜な何匹かの虫たちが、突然姿を消すようになりました。ほとんどはカブトムシとクワガタムシでした。
はじめのうちは、どこか別の場所に引っ越して行ったんだろうと気軽に考えていた虫たちでしたが、消えたカブトムシといっしょに樹液をなめていたカナブンの証言で、何者かにさらわれたことが分かりました。
一体誰のしわざで、どこに連れ去られたのか、台場シティーは、たいへんな騒ぎとなりました。
クワガタムシたちは、誘拐を恐れてうろにこもるようになりました。ですが、うろの中に入ってきた煙にまかれ、あわててうろから飛び出した後、行方不明となったオオクワガタも数匹いました。
また、台場クヌギが何者かに傷つけられて、樹液が出なくなってしまうこともありました。
台場クヌギが根元から切り倒されてしまうこともありました。
こんなことは森の動物には、とうてい無理なことです。どうやら、熊やほかの動物のしわざではないようです。
こんな事件が立て続けに起こっていたある日のこと。
「たいへんだ!たいへんだ!」
夕食を楽しんでいる虫たちの所へカナブンが、大あわてで飛んできました。
「何をそんなにあわてているんだい」
アオカナブンが言いました。
「そうだよ。少し落ち着いて。何がたいへんなんだい?」
シロテンハナムグリが、たずねました。
「大きな腕の怪物が、森の木をかたっぱしから倒しているんだ」
「まさか?冗談だろう」
キマワリは、信じられないといった様子です。
「冗談なんかじゃないよ。ぼくは、この目で見たんだ」
カナブンは、きっぱりと言いました。
「本当か!」
「森の木がなくなったらどうしよう」
「住みかも食べ物もなくなってしまうぞ」
「おれたち、どうなるんだ」
突然の知らせにその場にいた虫たちは、口々に不安の声をあげました。
台場の騒ぎを聞いて、黒くてつやのある体に太くて立派な大あごをもったオオクワガタが、うろの中からのそのそと出てきました。
「騒々しいのう。わしの住みかのそばで何を騒いでおるんじゃ」
虫たちはオオクワガタに、森が恐ろしい怪物によって壊されていることを話しました。
「それは、おそらく…」
台場シティー一の年長者で物知りのオオクワガタ長老の言葉に、みんな息を凝らして耳を傾けました。
「人間が使う機械という怪物だ。わしがここに来る前に住んでおった森もやつに壊されてしもうたんじゃ。このままじゃと、ここら一体の台場クヌギが人間によって根こそぎにされてしまうぞ」
オオクワガタ長老の言葉で、虫たちの不安が一層つのりました。
「どうしよう。どうしよう」
虫たちは、さんざんあわてふためいたあげく、よい解決方法が思いうかばず途方にくれてしまいました。
しばらく黙って何事か考えこんでいたアオカナブンが声をあげました。
「このまま何もしないで、あれこれ思い悩んでいたってどうにもならないよ。みんなで力を合わせて戦おうよ」
「戦うったって、そんな化け物相手にどうやって戦うっていうんだ」
アオカナブンの意外な提案に、シロテンハナムグリは戸惑っているようです。
「おれたちの力じゃあんな怪物にかなうわけないよ」
カナブンが沈んだ顔で言いました。
「ぼくたち一匹一匹の力はとても小さいけど、みんなで力を合わせたらなんとかなるかもしれないだろう。ぼくたちの森が壊されるのを黙って見過ごすわけにいかないよ」
アオカナブンの言葉で、そこにいた虫たちにも少しだけ勇気がわいたようでした。
さっそく、スズメバチをのぞいた、森に住むすべての虫が呼び集められ、話し合いがもたれました。
人間につかまって、無事逃げ出したことがあるカブトムシの証言で、人間は蚊を嫌うことがわかりました。そこで、ヤブ蚊に頼んで人間をおそってもらうことになりました。
こうして、オオクワガタ長老をリーダーとして、虫たちと人間たちとの戦いがはじまったのです。
「プーン」
どこからともなく耳障りな高周波の音が聞こえてきました。人間たちは森の奥から雲のようなかたまりが飛んでくるのを見ました。
それが何か気づいたときには、工事現場全体がヤブ蚊の大群にすっぽりとおおわれていました。
手で追い払おうとしても空を切るばかり。
人間たちは顔や腕など体のあちこちを刺されて、かゆくてたまりません。まぶたをさされて目を開けることもできないくらいにはれあがった者もいました。
「かゆ、かゆ、かゆ」
全身をかきむしりながら逃げていく人間たち。
こんな状態では工事を続けることは出来ません。その日の作業は中止されました。虫たちの作戦がみごと成功したのです。
「やったー。人間を追い払ったぞ」
「ぼくたちの勝利だ!」
虫たちは大喜びです。
しかし、世の中そんなに甘くはありません。人間たちは、これくらいのことで簡単にあきらめませんでした。
次の日、朝から工事が再開されました。
「今日も人間がやってきたぞ」
「ヤブ蚊の出番だ」
ヤブ蚊たちは栄養たっぷりの人間の血が吸えると、はりきって出発しました。
「ブーン、ブーン」
羽音を響かせて、ヤブ蚊の大群が人間たちに向かっていきました。ですが昨日とは勝手が違っていました。
ヤブ蚊の群れが人間に近づいたときでした。
「あれっ?おかしいな?」
「確かに人間をおそったはずなのに。人間がどこにいるのか分からなくなったぞ」
「どこだ?どこにいるんだ」
ヤブ蚊たちは、人間たちを見失ってしまいました。
人間たちは、どこかに消えてしまったのでしょうか。いいえ、そうではありません。人間たちは虫除け剤を使って、自分たちの気配を消して、ヤブ蚊を寄せつけないようにしたのでした。おかげでヤブ蚊たちは、標的を見失ったのです。
それだけでなく、人間たちは殺虫スプレーで霧状の毒液を吹きつけました。ひとかたまりになって飛んでいたのがわざわいして、多くのヤブ蚊が犠牲になりました。残ったヤブ蚊たちは大あわてで、ちりぢりになって逃げていきました。
虫たちの作戦は失敗しました。しかし、自分たちの楽園台場シティーを守るためには、これで、あきらめるわけにはいきません。
虫たちは次の作戦を考えました。そうして、スズメバチの出番となりました。
いつも大きな顔をして台場を独り占めしているスズメバチに依頼するのは、気に入らないと反対する虫もいましたが、森を守るためにはやむをえません。
ですが、凶暴なスズメバのところへなど進んで行こうという虫はいません。そこで、スズメバチも一目おく台場シティー一の力持ち、カブトムシが交渉役に選ばれました。
森のはずれの木の茂みに大きな丸い巣がありました。カブトムシは巣の手前の木の葉に降りて、巣に近づいていきました。
「止まれ!われらの城に何の用だ」
門番のスズメバチが二匹、カブトムシの前に立ちはだかりました。
「森の虫を代表して女王に話があって来た。女王に取りついでほしい」
「女王様に話だと!」
「そうだ」
「ちょっと待ってろ!」
そう言って、一匹が巣の中に入っていきました。
しばらく待っていると、他のハチより一回り大きなハチが出てきました。女王バチです。他のハチと比べると、いくらか表情は穏やかに見えます。
「わたしに話とは、どんな用件じゃ」
「この森が壊されているのは、ご存じか?」
「そのことなら、働きバチから報告をうけておる。人間どもの仕業であろう」
「そこまで知っておるのであれば話がはやい。この件について頼みがあるんだ」
「ほう、嫌われ者のわれらに頼みとな?」
「そう、皮肉を言わんでくれ。森を守るためにお主らの力を貸してほしいのだ」
「われらに何をせよと?」
「人間を襲ってほしい。やつらを痛めつけてこの森から追い出したいのだ」
「うーむ、どうしたものか」
女王は、しばらく黙って何か考えているようでした。
甘い樹液が豊富に出る台場クヌギがなくなることは、スズメバチにとっても無関係ではありません。快くとはいきませんでしたが、結局、女王は虫たちの頼みを引き受けました。
「ブーーン、ブーーン」
空気をふるわせるような大きな羽音を響かせて、スズメバチが飛んできました。
「かかれー」
先頭のハチの合図で、いっせいに人間たちに襲いかかりました。スズメバチ個々の攻撃力は、かなりのものです。体の大きな人間といえども、刺されたら命にかかわることもあります。
しかし、機械という化け物の中にいる人間を狙ったハチは、見えない壁(=ガラス)に阻まれて近づけません。
屋外で作業をしている人間の頭は、固い殻(=ヘルメット)におおわれていて毒針が刺さりません。そこで、えり元やそで口などのすき間を狙って攻撃しました。
人間たちも一方的にやられているばかりではありません。ヤブ蚊退治のために用意していた殺虫スプレーを吹きつけてくる人間もいました。いくら強いスズメバチでも直接殺虫剤をあびると、ただではすみません。巧みにスプレーの霧をかわしながら、払いのけようと振り回した人間の手や腕を毒針で一刺し。
「いてててててっ」
人間たちは、たまらず建物の中に駆けこんでいきました。大勢の作業員がスズメバチに刺されたため、人間たちは工事を続けることができなくなりました。
この結果に満足したスズメバチは、意気揚々と巣に引き揚げていきました。今度こそ、虫たちの作戦が成功したかに思えました。
人間たちはこれで工事をあきらめたのでしょうか…。
その夜のことです。
「ガサッ、ガサッ」
漆黒の闇に包まれ、昼間の騒ぎが嘘のように静まりかえりた真夜中の森。足音とともにゆれる真っ赤な光。白い防護服に白の手袋、白の長靴、頭には防護ネットのついた白いヘルメットをかぶった全身白ずくめの怪しげな人影が二つ。無言でゆっくりとスズメバチの巣に近づいていきます。
二人は、おろむろに殺虫スプレーを取り出すと、スズメバチの巣めがけて勢いよく噴射しました。
スズメバチは、夜は苦手です。みんな巣に帰って休んでいたところ、いきなり殺虫剤を浴びせかけられてパニックになりました。
「なんだこの霧は」
「うっ。苦しい」
「毒ガスだ。逃げろ。逃げろ」
あわてて巣から飛び出したハチは、怪しげな人間が巣に向けて、殺虫剤を吹きかけているのを見ました。
仲間がこれ以上やられるのを黙って見ているわけにはいきません。住みかと仲間を守るため、猛然と敵に突撃していきました。
しかし、厚い防護服に阻まれ、いくら毒針で刺しても敵にダメージを与えることはできません。殺虫剤を浴びせられ、多くのハチが、あえなく撃墜されてしまいました。
さんざん痛めつけられたあげく、巣を丸ごと袋に詰めこまれ、スズメバチは全滅してしまいました。
翌日の朝、人間たちは工事を再開しました。
虫たちは、今日もスズメバチが人間をこらしめてくれると思っていましたが、昼過ぎになってもスズメバチはやってきません。
「スズメバチは、どうしたんだ」
「なんで来ないんだ」
虫たちは騒ぎ出しました。
のんびりしてはいられません。人間の手が台場シティーに迫っています。
オオクワガタ長老の指示で、コクワガタがスズメバチの巣まで様子を見に行きました。
コクワガタが、スズメバチの巣に行ってみると、どうしたわけか、そこにあるはずの巣がなくなっていました。
この知らせを受けて台場シティーは、大騒ぎになりました。
その日の夕方、再び森中の虫たちによる話し合いがもたれました
「どうしたらいいんだ」
「どうしよう。どうしよう」
虫たちは、ただうろたえるばかりで、いい考えなどうかびません。ほとほと困り果ててしまいました。
「もう、どうしようもないんだろうか…」
「ここをはなれるしかないのか…」
だれからともなく、こんな声が聞こえてきました。その場を暗く重い空気が包みこみました。
虫たちには、もう森を守る手段はないのでしょうか。
「まだ…手は…ある」
オオクワガタ長老が、ぽつりとつぶやきました。みんなの視線がオオクワガタ長老に集まります。
「えっ、本当?」
「どんな方法?」
虫たちの間に疑いと期待の混ざった声があがりました。
「うまくいけば、人間がこれ以上森を壊すのをやめさせることができるかもしれん。じゃが、成功するかどうか…」
「できることがあるんだったら教えてください。台場シティーを守るためならどんなことだって!」
アオカナブンの言葉に促されるようにオオクワガタ長老が話しはじめました。
「人間は美しい物や珍しい物を尊び、破壊や損失を防ぐため、保護すると聞いたことがある。そこでじゃ…」
オオクワガタ長老が言葉を切って、まわりを見回しました。
「そこで?」
みんな、声をそろえて言いました。
次の日、オオムラサキなどのタテハチョウ、カラスアゲハなどのアゲハチョウ、それにミドリシジミなどのシジミチョウたち森に住む何百、何千ものチョウが、工事をしている人間の間を飛び交いました。
紫色や青色、緑色などの金属光沢のある翅が、日の光を受けてどんな宝石よりも美しく、キラキラと輝いて見えました。
人間たちは、その美しさに「おおー」と思わず感嘆の声をあげて、少しの間手をとめて見とれていましたが、何事もなかったように再び作業をはじめました。
虫たちの妨害によって生じた工事の遅れを取り戻すことに躍起になっていた人間たちには、美しいチョウの乱舞を愛でる余裕などありませんでした。
チョウたちの健闘もむなしく、工事を中止させることはできませんでした。虫たちのせっかくの作戦が、すべて徒労に終わってしまいました。
「もう、おしまいだ」
「人間と戦おうなんてはじめから無理だったんだ」
「そうだよ。人間に逆らったって、かなうわけないよ」
虫たちは、人間と戦うすべも気力も失ってしまいました。
それから間もなく、人間と戦うことをあきらめた虫たちが、一匹、また一匹と森を去っていきました。
数ヶ月後、森の木々は切り倒され、緑豊かだった森が、地肌がむき出しになった広大なさら地となりました。台場シティーは跡形もなく消えてしまったのです。
それからさらに数年の年月が流れました。
かつて台場シティーがあった場所には、四角いコンクリートの建物が何棟も並び立ち、アスファルトで舗装された道路が縦横に走っていました。
虫たちでにぎわっていた台場シティーは、人間たちでにぎわう新しい街に変わってしまったのです。
虫たちは、どうなったのでしょうか。
台場シティーを去った虫たちは、新天地を求めて、東西南北思い思いの方角に旅立っていきました。
そして、おのおの自分にふさわしい場所を見つけて暮らしはじめました。ほとんどの虫たちは、人間に住みかを追われる心配のない、人里離れた山奥に移り住みました。
ですが、安心はできません。虫たちの平和な暮らしが、いつまでも続くとは限りません。
いつかまた、人間によって森が壊され、住みかを奪われる日が来るかもしれないのだから。