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獣の子  作者: 秋津 一翔
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第1話.勇者御一行

 ここは辺境の村アッシュ。数十人の人々が、吉報によって拵えられた貧村の酒場には似つかない豪勢な料理の数々を囲んで宴を張っていた。


「お前が勇者になたってぇ時も魂消たもんだが、あんなちっせぇがんきちょが、たくっ立派になったなぁ!おい!」


 勇者と呼ばれる青年がバンッバンッ!と背中を叩かれる。


「強い!強いってばラウ爺...ったく、飲み過ぎで持病が悪くなっても俺は助けないぞ...」

「大丈夫ですよアッシュ、その時は私がこのご老人に治癒魔法を掛けて差し上げますともっ!!」


 村と同じ名前を持つ青年は、既にかなりの量を飲んだ様子の老人に絡まれてた。この場にいる全員が、酒を飲み、馳走を食べ、昔話に花を咲かせては浮かれている。


 今日は、アッシュ村出身の"勇者アッシュ様御一行"が魔王を討伐したおめでたい日。


 さて、一体誰が彼に妙竹林な名を付けたのだろうか。それは今から20年前に遡る。






 鍛治師ラウルが奉納に向けた仕事に一段落つけ、工房から奥の部屋に入ろうとした時である。玄関先でドサリッという鈍い音が聞こえてきた。

 この村は都市の人間から果ての村、見捨てられた村と揶揄されるほど、魔物が潜む"黒暗の森"から近い場所に位置している。夜中に聞こえてくる不審な音の正体は大抵、魔物か、魔物に襲われた人間か...どちらにせよ武器が必要である。ラウルは短剣を手に、勢いよく飛び出した。


 そこには女が1人、倒れていた。近くに魔物の気配は無い。


「お前さん、何があった!?」

「ゔっ......ぅ...」


 肩から腰にかけて大きな裂傷を負い、左脚は魔物にやられたであろう噛み跡。逃げようとして背後から襲われたのだろう...森からここに至るまでに血の跡が続いている。この村に治癒師は居ない。唯一の薬師の腕であってもおそらく手遅れであろう。この状態でまだ生きていること自体が奇跡だった。

 しかし、このままにしておく事はできない。血の臭いで魔物や獣が寄ってくれば村が危険に晒され、死体が喰い荒らされれば目も当てられない。ラウルは一先ず、女を家に運び込もうとした。


「なっ...!?」


 女が覆うように倒れ込んでいたのには理由があったのだ。女の血で紅く染まった布に包まれた赤子は今にも冷たくなろうとしていた。


 ラウルは走った。見知らぬ女であった。冒険者ではない、裕福な出身でもない、満足な食事も摂れず体力なんて無かったであろう農民の女だ。

 森に入った人間が魔物に襲われて死んだなんていうのはよくある話である。それでも、ラウルは動かされたのだ。1人の女が身を挺して子を守り、ここまで運んできた母としての姿に。

 

 自分ならできるだろうか...女の細い腕とこちらに向けられた強い眼差しが浮かぶ。赤子はか細くも息を続けている。託されたのだ。この小さな命をどうにかして繋げなければならない。


「ヒルダ!ヒルダ!!開けてくれ!!!!」


 ダンッと強く戸を叩く。人が動く気配は無い。


「くそっ、ヒルダ!!」


 ラウルは勢いよく扉を蹴った。簡易的な閂で閉じられていた扉は横木が折れ、開け放たれた。


「なんの音だい...ラウル!?あんた何してくれてんのさ!!」

「ヒルダ!」


 奥から出てきた女が金切り声を上げる。


「ヒルダ...頼む...何も言わず、今はこの子を助けてくれ!頼む!!」


 その後、赤子は一命を取り留め、ラウルは自分が育てると言って聞かなかった。赤子の名を聞く前に、本当の母親は息を引き取った。ラウルは真っ直ぐで熱い男だが、ネーミングセンスは待ち合わせていない。

 この村だったから出会えた子、この村が救った子だからと、村と同じ「アッシュ」と名付けた。全くもって安直である。






 アッシュが勇者を任命されてから早3年。アッシュは仲間たちと共に、18歳という若さで魔王を打ち倒した。使い魔にインジュート王国王室宛の封書を持たせて送り出した後、真っ先に故郷へと帰って来たのだ。


「魔王エレボス...」



 __ 魔族も人間も等しく愚かで愛おしいとは思わぬか __



「アッシュよ、暗い顔をしてどうされたのだ」

「いや。なんか、現実味がなくてさ...素直に喜べなくて...」

「アッシュ。魔王が口にした事を気に掛けているのだな?良いか?奴ら魔族は我らを惑わすために人間の言葉を話すのだ...魔族に我々と同じ赤い血は流れていない」


「......そう、だよな」


 明日の昼にはここを発つ。魔王が倒された今、次期魔王の座を狙う魔族が我先にと勇者の首を狙ってくるだろう。いつ来るのか見当も付かない襲撃を待っていられるほどの余裕は無い。


 そろそろお開きに、といった時である。ラウルがアッシュを酒場の外に連れ出した。


「...お前さん、明日からフェンリル退治に行くんだろう?」


 酒を片手に話し出す。


「あぁ。また、しばらく家を空けるよ」

「そんなこたぁ、もう慣れたってもんだ。俺が言いてぇのはな?フェンリルを魔王より弱いなんて馬鹿な考えはするなってぇことだ」


「ラウ爺...その武勇伝はもう何回も聞いたって...。もしかしてボケた?」

「茶化すんじゃあねぇよ。いいか?俺は真剣に話してんだ」


「あ、あぁ。ごめん...悪かったよ...」

「よし。何度も言うが、俺は1度だけフェンリルに会ったことがある__ 」


 魔獣フェンリル。かつては神の使い、神獣として信仰の対象でもあった魔物だ。聖戦で人間を裏切り魔王側に付いたと語り継がれている。

 

 ラウルは15歳の時、父と喧嘩をした勢いで家を出た。父は母に先立たれてから毎日工房に篭っては酒に溺れ、幼い頃から自分は森に入って鉄鉱石を堀り、製鉄しては炭を焼くだけの日々。面白みも変化も何も無い村での暮らしに辟易していたのだ。

 彼は自身で思っていたよりも自らが強いことを知った。一番近い大きな村で冒険者ギルドに加入し、冒険者として依頼をこなしていくうちに自分が異常であると知ったのだ。冒険者の殆どがパーティを組み、採集や討伐といった依頼をこなす。森に入るのであれば尚更、必ずパーティを組まなければ大の大人であっても相当な実力がない限り危険だとギルド側に止められる。

 幼い頃から1人で森に入っていたラウルはその歳では異常なほど強かった。鉄鉱石の採れる洞窟は奥に入れば入るほど大きな魔物と遭遇する。小さい魔物を相手にし、大きい魔物からは身を潜めたり罠を仕掛けて追い払いながら採掘していたのだから、必然であった。

 

 しかし、勇者には選ばれなかった。いくら魔物を倒して実力を示しても、当時期待されていた年齢を満たしていなかったからだ。どんな奴かと任命式を見に行ったが、自分より2だけ歳上のごく普通に見える青年だ。なんで俺じゃあない?どう考えても俺の方が強いじゃねぇか...!ラウルは心底気に食わなかった。

 聞いた話では、勇者はまず魔獣フェンリルの首を取りに行くらしい。あわよくば仲間に引き入れるということであった。なら、俺が先に始末しちまえばいい...


「馬鹿だった...若かった。調子乗ったクソガキだったんだぁ俺は...」


 森の奥地で静かに寝息をたてる巨大な狼を見つけた。殺れる...絶好の機会だ...もう数ミリでその首に刃が届く...その瞬間だった。



 __人間。汝ら、何故刃を向ける__



 のそりと体を起こしたそれは、かくも美しく荘厳な姿であった。

 身体中が一切の命令を聞かない。ただ呆然と立ち尽くすことしか許されなかった。


「なんで生かされたか...そりゃ、わからねぇままだ...」

「...あのさ。その話、追っ払ったんじゃ無かったっけ...?」


 呆れ顔のアッシュから顔を背ける。


「そりゃあお前、あれだ。子どもに夢見させてやんのが大人の役目ってもんだろ」


 立ち上がり、エールを飲み干す。


「なんにせよ、だ。ありゃ魔物なんて可愛いもんじゃあねぇ...ありゃ神獣なんだよ、アッシュ。

 あんまし口にするもんじゃあねぇが、あれを信仰する異教徒がいるんも頷ける。いいか?あれを怒らせたらお前は...お前は間違いなく死ぬ。やめておけ。」

「んなこと言ったって!だからって...じゃあどうすればいいんだよ...」


 死ぬのが怖くてどう守れと...


「知るかっ!そりゃあ、勇者様が考えることだろうて」

「ちょっ、じいちゃん...」

「いやぁ...勇者なんてもんはなるもんじゃあねぇなぁ!!アッシュ!!」


 豪快に笑いながら、ラウルはアッシュを置き去りに酒場に戻って行ってしまう。

 先程まで2人で話していた場所に1人座り込み、迷っていた。王都は勿論、旅をしたどの国であってもラウル以上に強い者は居なかった。自分でさえ、パーティの皆がいなければラウル1人に敵うかどうかわからない。

 そのラウルが戦えば死ぬというほどの化け物...しかし、王の命令に反き、国民を危険晒すなど以ての外である。とすれば討伐と同等かそれ以上である何か...交渉?同盟か?魔物相手に...?


 考えの纏まらない脳内には、仲間たちと話し合うという選択しか浮かばない。


 自分も酒場に戻ろうと立ち上がると、酒場の扉が開き中から村長が出てきた。エイデンを雑に担いだグレースとフロイドがその後に続いている。


「アッシュー、もう寝るぞ。村長さんが案内してくれるってよ」

「ああ、ありがとう村長。えっと...グレース代わろうか?」

「んぁ?あー、気にすんな。つか、案の定潰れやがったぜ」

「良いではないか、今日くらい。のう?」


 フロイドがアッシュに目線をやる。


「だな。荷造りは俺らで足りるしエイデンは寝かしといてやろう」

「あのなぁ...そうやってあんたらが甘やかすからこいつはっ」

「おお、怖い怖い。後は頼んだぞアッシュ。私は村長と話してくるかの...」


 そそくさと、先頭に立つ村長の隣に行こうとしたフロイドだが、グレースにフードを捕まれ逃げることは許されなかった。女性と言えど、魔導士のフロイドが戦士のグレースに腕力で勝てるはずもなく、諦めたように引き摺られる。2人はしばらく小言を言われながらとぼとぼ歩くこととなった。






 旅人など寄ることのない果ての村に宿屋は無く、勇者御一行は空き家に通された。空き家とはいえ掃除は行き届き、ベッドも4人分設置されていて、暖炉の横にはよく乾いた薪が置かれている。村人たちが、アッシュが戻ってくると聞き、丁寧に用意されたのが伺える。一同は改めて村長に礼を伝えた。

 村長が帰ってすぐ、フロイドが懐から酒瓶を一本取り出した。


「じじぃ...なにくすねて来てんだよ...」


 フロイドはニヤつき、それを見たグレースは呆れ顔だ。


「何故そうグレースは私を盗人にするのだ...これは酒場の親父さんが私にくれたのだ。私たち4人だけで呑んだらどうかとな」

「え、あの人が?しかも、うちの地酒じゃないか珍しいこともあるもんだな...」

「ほう。この酒、今までに無いくらい美味なのだが呑んだことない味でな。そうか、ここの地酒だったのだな」

「ふーん...じいさん、その酒そんなに美味いのかよ?」

「うむ!其方らと出会う前から各地を旅して来たが、これほどまで酒に出会ったのは初めてだ」

「甘いか?酒臭いのか?」

「ふむ...私の知る限りお主の好きそうな味だな」


 先ほどまでとは打って変わって、グレースが乗り気だ。アッシュにはラウルと話した結果、仲間に大事な話があったが、酔いも覚めてしまった。一杯ぐらいなら良いだろう。3人は荷を下ろし、小さな丸テーブルを囲んだ。


「一杯飲もうか。また今度改めて4人で飲むとして、荷造りの前に軽く飲むくらいエイデンも怒らないはずだ」

「そう来なくてはな」

「まぁ、一杯だけなら...そん代わりちゃんと荷造りしろよ」


 いつもの如く小言を言いながらも、グレースは満更でもない笑みを浮かべた。


「ロックなら結構濃いから気をつけてくれよ」

「では、水割りかの」

「待った!私のはそのままくれ」


 フロイドがどこからか丁度いい大きさの焼き物を取り出し、酒を注ぐ。


「それじゃ......仲間に」

 「「仲間に」」


 3人は杯を少し上に上げてから口に運んだ。グレースはクイッと半分ほど飲み、フロイドはゴクリと大きな一口を、アッシュはちびちびと飲み始める。


「ッカァ!!うめぇ...アッシュ、こりゃなんの果実酒だ?」

「ん?ああ、パムの実だよ。俺が森で拾い食いしようとしたら、エイデンが発狂したことがあったろ?あれだよ」


 パムの実は村の裏手に広がる黒暗の森、入口付近で採取することができる。酒場の店主が代々酒造を手掛け、アッシュ村の住民にとってはエールよりも親しみ深い酒である。

 後に、勇者の村でこの酒を飲んだ冒険者が続々と名を上げ、秘伝の酒として有名になるのだが...今はまだ多少珍しいくらいのただの地酒だ。


「...は?ってことは、ここの村人は普通に森に入るってのか?」

「まー、森に用事のある人間はな。あれ?俺の小さい時の森での話、みんなにしたことあるよな...?」

「いや...いやいやいや!それはアッシュが化け物級ににつえーからで...!」

「ふむ...」

「ふむ、じゃねーよ!ぼけじじい...」

「まぁまぁ......む?空ではないかグレース。ほれ、もう一杯もう一杯」


 グレースは戸惑いながらも酌を受ける。本当にそういう所なのだが...アッシュはまた一口水割りを含んでは、自分と世間の常識のズレに難しい顔をする。

 対してフロイドは上機嫌であった。普段寡黙で無表情なこともあり仲間以外には威圧的な印象を与えるのだが、今の彼の表情は緩みきって好々爺にしか見えない。


 アッシュ村は特殊である。都市から大きく離れた位置にある農村は、ある種隔離され独特な文化や風習が生まれることは多々見受けられるが、ここでは他にない黒暗の森が大きく関係していた。

 鉱物が必要であれば森に入る必要があり、治癒師の代わりとなる協力な薬草は森で採取する他ない。木材は言うまでもなく、その存在が生活する上で当たり前であるのがこの村であり文化だ。

 

 しかし、都市や他の村々では森に入る事はあっても、魔王城が建つ晦冥の地に繋がる黒暗の森ともなれば、腕の立つ冒険者に限られる。

 他にも魔物が棲むとされる森はいくつか存在するが、そこも死人が出てからは本人の実力が証明されているか、冒険者や騎士が付き添わなければ身分に関係なく立ち入ることができない。

 とは言え、そんな異常な環境で育ったからこそアッシュは実力を付け、この仲間たちと出逢い、共に旅をすることができたのだ。アッシュにとってはそれが最も重要な点であった。


 思い返せば沢山の苦楽をともにした。今日も、3年で成し遂げた事を、快挙だ。お前でなければもっと時間が掛かった。早い早い。と口々に褒められたが、仲間と過ごした3年間は何十年での出来事と思えるほどに密度の濃いものだった。

 最初から魔王を倒せるほど強かった訳じゃない。最下級の魔族との戦いでも、魔物との戦いでも何度も死にかけた。英雄や伝説と呼ばれる冒険者たちには、模擬戦という

名の一方的な暴力で叩きのめされた。お前たちでは実力が足りない、勇者なんか辞めちまえなんて言葉たちで頭が埋め尽くされた夜も数え切れないほどあった。

 蹂躙された村、守れなかった人々、失われた命の重さを知るたびに何度も何度も押し潰されそうになった。


 それでもここまでやってこれたのは1人じゃなかったからだ。いつも、側には仲間たちが居てくれたからだ。今はただ、そのことに感謝しようじゃないか。

 

「なぁ、皆」


「「???」」


「あー...いや、また今度話すよ」

「あー?んだよ、めんどくせぇな」

「ごめんごめん。一杯注ぐよ、グレース」

「これアッシュ、無くなるではないか...」

 

 感謝を伝えるにはタイミングが悪い。いつもなら叩き起こすところだが...


「俺は先に荷造りをしておくよ」



 それにまだ、旅は続くのだから。



少しずつ投稿して行きます。読んでいただきありがとうございました。

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