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黒曜の少年

     0


 お袋は俺が生まれる前から病気で。

 親父もお袋に付きっきりで。

 じいさんが構ってくれたりしたけど。

 俺はずっとひとり。

 つまんないな。






タウ・デプス 黒曜の少年






     1


 家に帰ったって面白くない。

 学校に行ったって面白くない。

 同じように一人でつまんなそうにしてるやつらと一緒にいることにしたけど。

 やっぱりお袋のことが気になる。

「むーちゃん」

 その呼び方をやめてくれと言ってるけど聞いてくれない。

 恥ずかしい。

 お袋は病院と家を行ったり来たり。

 たまに入院したりもする。

 俺を産むのも命がけだったらしい。

 俺を産んだせいでよけいに具合が悪くなった気がしてる。親父もお袋も否定してくれたけど。

「むーちゃん、お母さんのことは気にしなくていいのよ」

 そう言われても。

「母親参観日?」

 どうせ来れない。

「どうしたの?」

「いつ治るの?」

「そうね。ずっとこのままではないと思うけどね」

 見通しが立ってないってことだ。

 あんまり長くここにいると親父が連れ戻しに来るから逃げた。

 俺にはじいさんが二人いる。

 親父の父親とお袋の父親。

 じいさんが兄弟なので、親父とお袋はいとこ同士で結婚したことになる。

 小さい頃から具合が悪かったお袋を心配して看病しているうちに仲良くなったらしい。

 親父の父親のほうのじいさんから聞いた。

 ややこしいのでお袋のほうの父親をじいさん、親父のほうの父親をじいさんの兄貴て呼んでる。

 じいさんの兄貴が俺を見つけて近づいてくる。

 じいさんは俺が通う予定の中高一貫校の校長をしてるから、寺にはいない。

 じいさんの兄貴は、寺の坊さん。

「どうした?」

 どうしたもこうしたもない。

「ここ、俺んじゃん」

 境内は人(観光客)が多いので、裏に回った。

 999段あるという石段。通称九九九きゅうきゅうきゅう階段。

 ここは日陰なのでちょっと肌寒い。

 3月。

「来年6年か」

「そうだけど?」

「そう噛みつくな。何が気に入らん」

「ぜんぶ」

「そうゆう年ごろかもな」

「年で片付けんな」

「お前の父親は、お前の面倒を見ずに、逢初あいそめさんのことばかりだからな」

 じいさんの兄貴のいつもの説教だ。

 早く終わればいいのに。

「早く終わればいいとか思っとるだろ」

 なんでわかったんだろう。

「やりたいこととか、楽しいことはないのか」

「ない」

「見つける努力を怠ったらいかん」

「見つかんない」

「わしは見守るだけだ。誰かに探してもらったもので満足できるのか?」

 なんでそうやって突き放す?

「獅子は我が子を谷底に突き落とすんじゃよ」

「這い上がって来なかったらどうするんの?」

「お前さんは這い上がれるじゃろ? ほれ、そう腐るな。楽しいことは降って来ん」

 じいさんの兄貴の手を掴んで歩く。

 身長はとっくに俺のほうがでかいけど。

 じいさんの兄貴は嫌いじゃないけど、たまに底暗い闇みたいなものがちらついて怖い。

 あんまり気を許しちゃいけない気がする。勘みたいなものだけど。

 明日。

 終業式だ。













     2


 終業式が終わった後、行ってみたかった家に行った。

 九九九階段を降りたその麓。

 この辺りの人からは呪いの家とか幽霊屋敷とか呼ばれてるけど、実際はじいさんの兄貴が、俺の親父の兄貴に結婚祝いでプレゼントした土地と家。

 親父の兄貴は死んだ。

 親父の兄貴の奥さんも死んだ。

 もう誰も住んでないのか、まだ誰か住んでいるのか。

「人の家に黙って入るのは駄目だと教わらなかったのか」

 色の白くて細い女の人が立っていた。

 年は俺より上。

「あなたの家すか」

「私の家じゃなかったら誰の家なんだ」

 表札には。

「読めない」

ノウだ。結舞むすぶてのが私の母親だ」

 よく見ると表札には三人の名前があった。

 一人の名前に見覚えがあった。

「親父の兄貴」

「ああ、わかった。従弟か。初めましてだな」

 その人は、

 ノウ水封儀みふぎと名乗った。












     3


 家の中は全然カビもホコリもなくてきれいに整えられていた。

 物がないせいもあるだろうか。

「適当に座ってくれ。持て成しはできん」

 縁側に通じる障子が開け放っていて、そこからあったかい日差しとちょっと冷たい風が入っていた。

 座布団が見当たらなかったので、畳の上に座った。

「何の用だ」

「いや、特に」

「肝試しか」

 幽霊屋敷という噂がある。

「いや、別に」

 水封儀さんは、困ったような顔をしたがまたすぐに無表情に戻った。

 本当に何に持て成しもなかった。

 茶も菓子も座布団も出てこない。

「私に会いに来たのか」

「一個聞いてもいいすか」

「なんだ」

「この家、なんかいますよね」

「なんでわかる?」

「なんとなく」

 水封儀さんは、ふむ、と唸って顎の下に手を当てた。

「中途半端に血を引いたか。見えるのか」

「はっきり見えてるわけじゃないんすけど、なんとなく、そう思っただけで」

 黒く重たい霧のような膿のようなものが部屋の隅にこびりついている。

 空気は辛うじてきれいだが、あまり吸ってもいけないような気がして、縁側から外に出た。

「読みはいい。そいつに触れないほうがいい。さっさと帰った方が」

「これとおんなじモノが、お袋に付いてるんす。あの、それで」

 お袋の傍にいるときと同じ感覚がして、つい屋敷に近づいてしまった。

 この黒いものはなんだ?

「こいつは呪いだ。あんまり見ないほうがいい。そう、外を見ていろ」

「なんで平気なんすか」

「平気じゃない。よく見ろ」

 水封儀さんが、

 黒に覆われて。

「水封儀さん」

「呼ばんでもここにいる」

 姿が見えなくなった。

「大丈夫ですか」

「実はいまこいつとごちゃごちゃになっててな。時間経過でなんとかなるとは踏んでるんだが」

「なんとかできるんすね?」

 じゃあ、お袋も。

「悪いがここを離れられん。お袋さんを助けたいなら連れてこい」

 すぐに家に帰ってお袋の部屋に入った。

「どうしたの?むーちゃん」

 お袋はいつも通りベッドに寝そべったまま。

 そしていつも通り黒い塊がうぞうぞと這い回っている。

「ちょっと来てほしいとこあって」

「どこなの? ごめんね、お母さん、あんまり遠くには」

「お願い。お袋元気になれるから、だから」

「わかった。むーちゃんがそこまで言うなら」

 お袋は部屋着のまま分厚いコートを着た。歩くのもきつそうだった。

 まずい。

 ショートカットをするなら九九九階段だが、階段じゃなければすんごく遠回りになる。

 どうしよう。

「むーちゃん、この下?」

「うん、あの家。見える? 親父の兄貴の家」

「そこに何があるの?」

「お袋、黒いの付いてて、それでその黒いのをなんとかできるかもしれなくて」

「黒いのって何?」

 お袋にはやっぱ見えてない。

 親父も誰も知らない。

 どうしよう。

 どうしたら信じてもらえる?

「むーちゃんが嘘吐くわけないから、ホントなのよね。わかったわ。ゆっくりでいい? 行ってみるわ」

「ありがと」

 お袋の手を引いて一段一段下りた。

 お袋の手、冷たい。

 早くしないと。気が急くけどお袋はゆっくりしか下りれない。

 もうちょい。

 もうちょいってところでお袋が転んだ。

「お袋!」

「ごめんね、こんなに歩いたの久しぶりで」

 黒いのが脚に絡まってる。

 これだ。

 こいつのせいで。

「よく引っ張ってきたな」

 水封儀さんが家の前に立っていた。

「あとは任せろ」

 そう言うと、お袋に向かって手を伸ばした。

 呪文みたいなのを唱えると、お袋にまとわりついてた黒いのがすっと消えた。

「お袋!」

「あれ? むーちゃん、私。なんか、大丈夫みたい」

 それはそうだ。

 黒いのが消えたんだから。

 顔色もすごくいいし、手もあったかい。

「ありが」とうと言おうとしたけど、水封儀さんはもう家に入ってしまっていた。

 お袋を無断で連れ出したのを親父とじいさんにこっぴどく叱られたけど、じいさんの兄貴が仲裁に入ってくれた。お袋が元気になったのを、親父もじいさんも気づいて首を傾げていた。

 そのあと病院に行って、なんでかわからないけど治ってるってことになって、親父とじいさんに事情を聞かれた。

 黒い塊のことを話した。

「そうか。見えてるのか」

 じいさんの兄貴だけ、黒い塊の正体を知ってるぽかった。

 あとで聞いてみよっと。












     4


 お袋はすっかり良くなって、体力を付けるために寺の掃除を始めた。

 お袋が元気になったので、親父もじいさんも機嫌がいい。

 じいさんの兄貴に尋ねる前に、水封儀さんにお礼をしに行こう。

 春休み。

 小遣いでドーナツを買った。一緒に食べよう。

「こんにちは」と言いつつ、ここにはいないな、て思った。

 なんとなく。

 もういない。

「そうか。呑まれたか」

 じいさんの兄貴が後ろにいた。

「付いてきたのかよ」

「逢初さんに黒が付いてることは儂も知っとったよ」

「知っててなんで」

「お嬢さんだろ? 呑まれたと聞いてな」

 じいさんの兄貴が水封儀さんの家を指差す。

「とにかく儂らにはどうにもできん。放っておいても呑まれはせんから」

「でも、水封儀さんは」

 なんとかしてくれた。

 自分が消えるのもいとわずに。

「黙って見とったわけじゃない。結果的にそうなったのは否めんがな」

「じいさんの兄貴て、ほんとにじいさんの兄貴?」

「どういう意味だ?」

「ほんとの兄貴? ほんとに俺のじいさん?」

「やれやれ困ったな。わけのわからんことを」

「俺には見えてる。じいさんの兄貴も真っ黒い」

 ははははは。

 じいさんの兄貴が急に笑い出した。

「いい眼を持っとるじゃないか。だいじにしたらいい」

 じいさんの兄貴が俺の頭を撫でたそうにしたけど逃げた。

 俺のほうが背が高いから屈まないといけない。

 あの手はあんまり好きじゃない。

 見えてるってのはブラフ。

 俺には見えてない。

 なんとなく。

 わかるってだけで。

 お袋にドーナツをあげたら喜んでくれた。一緒に食べた。

 美味しかった。

 じいさんの兄貴のせいで、そのあとの春休みはずっと京都に行くことになった。

 京都で何をしてたのか。

 親戚が黒いのを祓えるみたいで、それを手伝うことになった。

 人の役に立てるのは嬉しい。

 お袋も元気になったし。

 同じように黒いのがまとわりついてる人を見つけて親戚に教える。

 親戚はそれを消す。

 水封儀さんは吸収してたけど、親戚は消滅させてた。

 水封儀さんも消滅する方法を知ってたら、あのあと呑まれずに済んだのかな。

 なにか手掛かりになればと思って親戚に訊いたけど。

「できそこないの納家と一緒にしないで」て言われて何も教えてくれなかった。

 仲が悪いのか?






     5


 水封儀さんは、あれ以来会えていない。

 あのときも本当に水封儀さんだったかどうかわからない。

 だって真っ黒だったから。

 あの家にはいま、俺の一番好きな人が住んでる。

 名前は、











タウ・デプス 黒曜の少年


群慧 武嶽グンケイ・むえたけ黒を察知できる


納 水封儀ノウ・みふぎ呪祓いの巫女


群慧 逢初グンケイ・あいそめ武嶽の母



群慧 島縞グンケイ・しまじ経慶寺の住職
















 次回予告


 8月のお盆前。

 暑い熱い夏の日に、姉さんは死んだ。


 8年経った。


 欲しいものはすべてこの手にあった。


 あの日の出来事は、なかった。


「誰よ、それ」


 正直、なぜ堕胎()ろしてくれなかったのかと、いまもずっと思っている。


 知っている。

 サネが、

 ずっと泣いてるってこと。


「もう一度言いますわね。わたくしは、ノウ家の巫女の血を引いています」


 そんなことさせない。

 だいじな友人を犠牲にだなんて。


「誰にも知られないまま、この呪いはわたくしの中で満ちるの」


「きみは、だいじなものとお嬢さんを天秤にかけて、お嬢さんを選ばない。選べない。なぜならそのだいじなもののほうがお嬢さんよりも優先されるからだ」


「本気にしてないだろ? 信じなくてもいい。ただ知っておいてほしかっただけだから」

 水封儀みふぎさんがいたことを。

 俺の師匠が確かに存在していたことを。


「お前に話しておきたかった」


実敦さねあつくん、ほら、言った通りになっただろう? きみはだいじなものとお嬢さんを天秤にかけてお嬢さんを捨てないといけない」


 二人は生き残るためにまったく同じことをした。

 その点だけなら二人はとてもよく似ている。

 本当に、お似合いの二人。


「あなたには息子がいます。源永もとえさんは忘れてしまって、源永さんの中ではいないことになっている、可哀相な息子です」



  タウ・デプス 第6作

  黄獄キゴクの女王



 世界が元に戻った。

 水封儀さんがいないことを除けば。

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