第3話 シオン
体が熱いのが止まらない。一体俺はレックスに何をされたのか。がむしゃらに月の灯りが満ちた夜の街を走り抜ける。熱い。とにかく熱くてたまらないのだ。
「……ハァ、ハァ」
これくらい走ったくらいでこんなに呼吸が乱れること、今までにあっただろうか。アリシアに会いたい。会わないといけない。何処を走ったかも分からないままシオンはようやく自分の持つ家の階段を駆け上がると、木の模様で彩られた扉を開けようとする。
すぐに開かない扉を見て、鍵を閉めていた事に気づいたシオンはガンガンと強く扉のドアを叩きつけた。中から気配が感じ、足音が此方に近づいてくる。
「……シオン、さん?」
「……そう、だ」
小さくそれだけを言うと、慌ただしく扉は開いた。それと同時に現れた彼女。アリシアに寄りかかる様に体を預ける。
「――っシオンさん!」
「…悪い」
シオンが倒れ掛かった事にアリシアは驚き、受け止めきれずにその場に二人で座り込むと、熱い息を零すシオンの額に手を当てて、ハッと驚きを見せた。
「―――酷い熱!」
アリシアは慌てて引きずるようにシオンを部屋の中に入れると、扉を直ぐに閉め、鍵をかける。急いでシオンを何とかベッドに寝かせると、大急ぎで冷たいタオルを持ってきて、額に掛けた。
「シオンさん、何があったのですか?」
「…いや、別に何もない」
シオンはそのまま苦し気に息を吐きだしたので、アリシアは焦り出す。医者を呼んだ方が良いのではないか。
「……医者を今呼びに行きます!」
「呼ばなくていい。お前は外に出たらだめだ」
「っでも!」
シオンはただ首を横に振るだけで、何も言わない。アリシアは涙ぐみそうになりながら、立ち上がった。
「―――今、簡易的な物ですが栄養薬を煎じてきますね」
「………ああ」
こんなの絶対可笑しい。シオンさんの熱は異常に高かった。こっそりでもいいから医者を呼ばないと。とにかく今は簡単に薬を煎じて直ぐに医者を呼びに行こう。そう思ったアリシアは台所に立つと、大急ぎで薬草を煎じ始める。出来上がった時には、シオンはすっかりと寝息を立てていた。
「……シオンさん、薬置いておきます。必ず飲んでくださいね」
ぽつりと呟くと、スプーンと一緒に、煎じ薬を近くの棚に置く。シオンが眠っている今、行くのが一番良いだろうと考えたからだ。アリシアはそっとフードを被ると、簡単に身支度を済ませる。恐る恐る扉を開けて外へと飛び出した。
(随分外は久しぶりだわ…)
怖く何てない。私は大丈夫。こんな夜にあいつらも襲ってこないだろう。月が照らしてくれる。だから、視界だって良く見えるのだ。
アリシアは小走りで走り出す。アリシアは必死にシオンの事ばかりを考えて、急いでおり、背後から近づく音に全く気が付かなかった。
「お前がシオンの女か?」
アリシアは走りを止めて、ドクンと心臓を高鳴らせる。ゆっくりと振り向くと、そこには長身の、金髪でサングラスをかけたいかつい男が立っていた。
「………あ…」
アリシアは小刻みに震えだす。どうしよう、こんな人勝ち目何てない。父はこんな人にまで借金を借りていたというのだろうか。逃げなきゃ、逃げないと。そう思うのに恐怖で体は動かない。
「……怖がらなくていい。俺はシオンの知り合いだ」
「…どういう、ことですか?」
「俺の話を聞いてほしい」
金髪の男はゆっくりとアリシアに近づく。アリシアは動かない体の事を呪い続けながら、ただ、シオンの事を想った。
「…俺の名前はレックス。シオンとは随分古い仲だ。お前に頼みがある」
「………」
「シオンの元に俺を連れていってくれねえか?何も取って食おうって訳じゃねえよ。シオンの今の病気を治せるのは俺だけだ」
「――っどうして貴方がシオンさんのことを?」
何故この人は今シオンさんが倒れているという事を知っているのだろう。アリシアは警戒心を含んだ視線を送る。
「―ま、そう思うのも無理はねえ。仕方ねえ。まずは、一度俺の所へ来てくれねえか?そこで詳しい事を話してやる。―――どっちみちこんな時間じゃ医者は来てくれねえよ。ここら辺の医者は特にな」
レックスは背を向けるとスタスタと歩きだす。この人に着いていっても良いものか。見るからに怪しさ満点なのに、今の自分にとって頼るべき人はこの人しかいない、という事が分かってしまう。今は真夜中だ。この人の言う様に、こんな時間に来てくれる医者など早々いないだろう。
「………分かりました」
例え逃げられない状況になったとしても、何としてでも逃げよう。シオンさんにこれ以上迷惑をかける訳にはいかない。アリシアは心の中で覚悟を決めると、一歩踏み出した。
***
シオンはベッドの中、目を覚ました。起き上がり、周りを見ると、辺りは真っ暗で今の時刻が真夜中だということがすぐわかる。
(あれからさほど時間はたってねえか…)
ボーっとする頭の中で先程の出来事が一気に蘇る。シオンは「早く忘れるべきだ」と心の中で誓うとその場で動きを止めた。
(誰か―――来る?)
足音がゆっくりと此方に近づいてくる音が聞こえる。恐らくドアの外からだろうが、この足音は誰だ。シオンは扉を見据えながら、近くにあった果物ナイフを取る。足音が扉の前でピタリと止まった瞬間、一瞬で扉は吹き飛んだ。
(―――なっ!)
シオンは後ろにサッと飛び、戦闘態勢に入るとジッと煙がまだ出ている扉を見る。やがてその人物はゆっくりと姿を現した。
(――――!?)
「よう、シオン」
レックスがニヤリと笑みを浮かべながら立っている。先程飛び出してきて、ここまでつけてきたというのだろうか。いや、まずアリシアはどうした。先程から姿をずっと見せていない。
「女なら、こっちで預かったぜ」
「―――っ何?」
忙しなく辺りを見回し始めたシオンを見て、レックスは平然と答える。シオンは目を見開いて、レックスに詰め寄った。
「てめえ、まさかアリシアに手出したんじゃねーだろうな!!!」
「―――さあ、どうだろうな」
「そこまでてめえは屑になってやがったか。アリシアをどこにやった!」
シオンは今にもとびかかる勢いで、レックスを射抜くように睨み付ける。こいつは誰なのか。今まで知っているレックスという人物は少なくともこんなような真似はしなかったはずだ。
「……お前に聞きたい事があるんだ。それを答えてくれれば、女は直ぐにお前に帰してやるよ」
「……てめえ……」
「お前、王子に戻りてえか?」
「―――何を言ってやがる?まだ王子だとかをぬかしてやがんのか?」
シオンの返答には何も答えずに、レックスはただ一歩前に出た。
「いいから答えやがれ。今のお前がどう思ってるかは知らねーが、お前は王子に戻った方がいい」
「―――っそもそも俺は王子ではねえって何度も言ってるだろう。何故そんなにてめえは王子にこだわる?」
「―――必要だからだ」
「何にだ?」
「俺にだ」
迷いもなく答えて見せたレックスに、シオンはハッと目を見開く。レックスはいつの間にかサングラスを外していて、向けられる真剣な瞳から目が離せなくなる。
こいつが今までこんな表情を見せることがあっただろうか。そうだ、これがずっと感じていたこいつへの違和感だ。何故俺を見る目が急に変化したんだ?そもそも俺がフレッドにやられ倒れ、起きてからこいつの様子は可笑しかった。何処か懐かしいものを見るような、それでいて何処か苦し気に俺を見ていた。
「……俺が本当に王子だったと、てめえは言いたいのか?」
「ああ。今からその証拠を見せてやるよ…」
レックスはフッと口角を上げると、突然開け放たれてしまった扉のあった方向を見つめる。シオンもレックスと同じ方向を見つめると、大勢の足音が聞こえ出す。
「おい、これはどういう事だ」
「―――すぐ分かる」
レックスがその言葉を言ったと同時に、大勢の銀の鎧をまとった軍隊が押し寄せてきた。
軍隊は直ぐにレックスを大勢で取り囲み、剣の刃先を一斉にレックスへ向けた。
「レックス=マルサス!お前を国家重要物持ち出しの罪、その他のすべての罪として重要国際犯罪者して逮捕する!」
(――――っ?!)
レックスはただ笑い、まったく微動だにしていない。こんなにも突然に軍隊が押し寄せてくるなど、思い出したくもないあの日以来だ。
あの日の軍隊は青い鎧を着ていたので、この軍隊とは違う軍隊だろう。そもそもあれ以来青い軍隊を探しても探しても、見つからなかった。それにあの軍隊がこんな街に居るはずもない。探していた理由は、復讐のため。最初はその意味を持っていた。しかし今は違う。復讐など必要ない。あの青い軍隊には然るべき制裁が必要だ。
レックスが刃先に囲まれたまま此方をチラリと見ると、ニッと笑う。シオンは何も言えなかった。突然、大勢の軍隊の後ろから声を掛けられたからだ。
「―――まさか………そんな、まさか………」
熟練の騎士と思われる風貌をした男が、恐る恐る此方に近づいてくる。不審気に見つめ返すと、男はシオンに近づいていきなり手を握った。
「貴方は、ルイス殿下ですか!?いえ、きっとそう。いや絶対そうです!今や成長はしておられますが、もし殿下が生きておられたならそのくらいのお歳のはず…亡くなられたお母上そっくりの顔立ち…この私が見間違うはずなどございません!」
「―――何だ?」
シオンは呆気に取られて思わず一歩下がると、それでも男は詰め寄り手を力強く握った。
「私です!覚えがありませんか!?殿下の剣の稽古のお世話をずっとさせて頂いていた…
」
「……人違いじゃないか?」
シオンがそう言ったにも関わらず、男はブンブンと首を振り、シオンを掴んで離さない。男はすかさず周りの部下と思われる騎士に言い放った。
「皆の者!この者は行方不明だったルイス王子と思われる。確実に守り抜いて城にお連れするのだ!―――いいか、この事は私たちだけの絶対秘密事項だ」
「はい!」
途端に大勢に手を取り押さえられ、シオンは咄嗟に手を振り払い睨み付ける。
「てめえら、何しやがる!」
「殿下…どうかこの場は着いてきて下され…お話しは城でしましょう」
男は曖昧な表情を浮かべながら、此方に近づいてくる。そうだ、今はレックスの野郎が取り囲まれている。今自分が妙な行動を取ればすかさず、レックスに飛び火が行くかもしれない。レックスの考えは未だに分からない。例え俺に対して理解不可能の行動をとったとしても何せ長い付き合いだ。無下にはできない。
シオンはチッと舌うちをすると、全ての抵抗をやめた。
***
こんなご立派な城など、こんな機会でもなければ一生縁がなかっただろう。全く乗り気ではないことには変わりはないが。シオンは本調子ではない体で仏頂面のまま巨大な門を通されると、すかさず玉座のある部屋に通され、暇を持て余していた。そもそも、レックスは一体何処へ行ったのか。城に拘束されたまま来ていたのは見たが、このばかでかい城に来てから見失ってしまった。
(こいつらは、いつもこんな大層立派な空間にいるってわけか)
何処か冷めた目で、王の居ない玉座を前に欠伸を噛み殺していると、即座に玉座の後ろの扉から騒々しく扉が開け放たれ、恐らく王と思われしき威厳のある人物が酷く焦った表情を浮かべて走ってきた。
「―――おお、おお…」
王と思われしき人物が信じられない物を見たとでも言いたげな表情を浮かべる。それは驚愕、恐怖、喜び、全てが入り混じったような複雑な表情に思えた。奥から直ぐに先程の隊長と呼ばれ、自分をここに連れてきた男が入ってくる。
「ルイス…ルイスなのか…?」
王の手は小刻み震え、震える瞳で何とか自分を捉えている。シオンはピシャリと言い放つ。
「人違いだ」
「そんなはずはないでしょう!それに殿下、いくらお父上だと言っても王に対して何と無礼なお言葉を…」
王への言葉に焦ったのは隊長と呼ばれる男であった。酷く焦ったように此方へ近づいてくる。一方で王は無表情のまま首を振ると、静かに口を開いた。
「良い。二人きりにしてくれ」
「-――っしかし!」
隊長が少しの抵抗を見せたが、王の表情に生唾を飲み込むと大人しく再び奥の扉へと戻って行った。ようやくその場が静かになると、王はルイスの肩を掴む。
「ルイス…左肩の証を見せてくれぬか?」
「……いきなり何だ?」
「…左肩を脱いで見せよと言ったのだ」
流石に王の言葉を無視するわけにもいかず、シオンは渋々左肩を脱いで見せる。そこにははっきりと月の紋様が刻まれており、王は目を大きく見開いた。その目にはうっすらと涙が見える。
「おお、おお…!これはまさしく王家の証…王の証だ……ルイス、本当に其方はルイスなのか……王妃の姿に瓜二つの其方を見て、まさかとは思ったが本当にルイスなのか…?」
「……ハァ。人違いと何度言えば分かる?俺はシオン=ノックスだ。あんたらの言う王子様ではない」
「…まさか、其方…記憶がないのか?」
王は大きく開けた瞳を更に開けて、一歩後ずさる。よろよろと力なく玉座に座りこむと、深く項垂れた。
「やはり…其方は……それで記憶を無くし、ここへ戻ってこれなかったという訳か…」
「あんたらが何を勘違いしてるかは知らねえが、そろそろ帰っても良いか?それとレックス。あいつは離してやってくれ。あいつはあんたらに害を与えるような事はしてねえよ。俺が保証する」
「レックス…?ああ、あの犯罪者のことか。まさか其方、あの犯罪者にやられたのか!?」
王が顔を上げて、怒りの表情を見せるとシオンは呆れて溜息をついた。
「いくら王様と言ってもな…それくらいの見分けはつかねえとやってられねえぜ?あいつとは長い付き合いってだけだ。その長い付き合いである俺が保証する。だから離してやってくれ」
「犯罪者の方から自首してきたのだぞ?何をいまさら言うのだ?」
(――――っ!?)
どういう事だ。レックスが城に自首をした?
「あの者は突然城に手紙を送り付けてきてな…一体何処から紛れ込んだのか「俺が城の本を持ち出した」とご丁寧に次に何処に現れるとも、書いていたようだ。…どうやら其方、あの者は知り合いのようだな」
「……それは本当か?」
「私が嘘を言う訳はなかろう。もし知り合いだとすれば、レックス=マルサス。あの者は死ぬ」
(―――!?)
王は今までとは打って変わって様子が変わり、冷たい表情を浮かべる。
「あの者は見てはいけないものを見てしまったようでな…。最早あの者は助けられまい」
「……それでもお前は王なのか?一体レックス、あいつは何を盗んだんだ!?」
王は深く溜息をつくと、突然立ち上がり玉座の後ろを真っ直ぐに指差した。
「この玉座の間の後ろには、隠し書庫がある。ルイス、お前は記憶がないだろうが、そこには一般の民が見る事のできない国家の重要秘密事項が書かれている大切な書物があるのだ。その書物の一つをあやつは盗んだ。それは死罪に値する」
「―――っ何だと?ならレックスは死刑ってことか?」
「残念ながら、そうなるな」
何故あいつはそんなものを盗んだ?それは一体何が書かれているのか。シオンがうろたえた姿を見て、王はフと思い着いたかの様に言葉を零す。
「其方がここで王子として居るのならば、あの者の待遇考えてやってもよいぞ」
「―――っ何?」
「其方は記憶を無くしてそんな事になっておるのだろう。この城に居れば記憶を戻すかもしれない。何、記憶が戻らなければ元居た場所に戻って良い」
(この王は何を考えてやがる?)
この国は一体どうなっているのか。王子でもない俺を王子と言ってみたり、もしレックスが本当に本を盗み出したとしたら、たかが本の盗難だけで死罪という事になる。この国がここまで狂っている現状だとは予想外だった。
「どうだ?悪くない条件だろう」
だがこのままだとレックスは死ぬ。このままレックスを見届けてしまえば、アリシアに顔向けできない。アリシアは俺の事を信じている。そして俺はアリシアと同じく、レックスも信じていた。なのに突然あいつは可笑しくなってしまった。今の様に本を盗み、自首はおろか、あのような行為を行った。それは理解など到底できるはずもなく、許すべきことでもないのかもしれない。それでも俺はまだ―――あいつを信じている。
「………記憶が戻らなければ、元居た場所に戻っていいんだな?」
「そうなるだろう」
「……分かった。あんたの所に居てやるよ。王子でも召使でも何でもやってやろう。その代わりレックスは解放してくれ、それが条件だ」
王は予定通りの返事に少し笑みを浮かべると、首を静かに振る。
「今すぐにはとても無理だ。其方が王子として、仕事ぶりを見届けたらその願いは叶えよう。それまではあの犯罪者は少なくとも城の中に居て貰うこととなる」
「―――話がちげえだろ」
「私も其方を苦しめたい訳では無い。分かってはくれぬか?」
シオンはちっと小さく舌うちをすると、静かに頷く。王は途端に笑みを大きく浮かべ手を広げた。
「よくぞ戻ってきてくれた!ルイスよ」
一体どういう勘違いで王を含めた城の者が俺を王子だと認識しているのかは分からない。
そもそも俺は王子ではない。それでも今はただこのお遊びごっこに付き合ってやるしかない。それがレックスを生かす唯一の手段だからだ。
(アリシア…待ってろよ)
今までの事態から想定すると、レックスは恐らく自分が捕まるため、アリシアに危害が及ばない様、事前にアリシアを安全な場所へ保護したのだろう。あいつなら考えそうなことだ。レックスを救い出し、アリシアの居所を聞かねばならない。それにレックスの考えもよく聞いてやらなければ。今のあいつは何処まで暴走するか計り知れない。
シオンはきつく拳を握りしめた。
***
まさかそんなはずはない。あいつが今更戻って来た何て嘘に決まっている。
長い銀髪を一つにまとめ、颯爽と長い廊下をツカツカと歩く。
男は焦っていた。想定外の出来事に頭が追いついていかない。今更何故―――ー!
力強く、巨大な扉を両手で開け放つと玉座に座る王の元に無言で駆け寄る。兵士たちは驚いた様に此方を見ているが、そんな事に構っている暇はない。
無表情のままの王の前に凛として立つと、男は叫んだ。
「一体どういうことですか!父上」
「………落ち着け。―――ルイスよ」
ルイスと呼ばれた銀髪の男は不服そうに顔を顰める。片方の足を苛立ちを隠さず打ち付ける。
「落ち着いてなどいられますか!何故―――何故今更あいつを…!私は父上の本当の息子になったはずです。この名前もそうです。父上から頂きました!何故、何故あいつを…!」
「お前にはその名前は重すぎただけだ。その名前は本来の持ち主である者に帰る。お前が持つべきではなかった、それだけだ」
「―――っ!父上!それは私に対する侮辱でございます!私はこの国、アラルドの第一王子として貴方に10年以上も仕えてきた。今更王子の権威を剥奪するというのですか!…私が貴方の本当の息子でないからですか!」
「…落ち着けと言ったのだ。其方を王子にしたのはこの私だ。全ては王子という地位を我が息子が戻れるよう、守る為…それは其方も承知ではなかったか?しかしそれでは其方も報われまい。全て私が責任を引き受けよう。よって私の息子を近いうちにお前の元に送る」
「……どういうことですか?」
「お前が王子だという事実は変わらないということだ。しかしこのままでは二人のルイスという王子が存在してしまう。よってルイスよ。今の我が国の現状が酷いものだとは知っているな?それは其方も十分承知のはずだろう」
「―――っ」
ルイスと呼ばれた今現在の王子はグッと言葉を詰まらせる。王子の地位に完全に守られていた頃は良かったが、今となって全て自分の汚点として返ってきてしまう。
「―――よって私の息子と勝負でもしてもらおう。この国をかつての豊かな国に近づけた方が、勝利の証として「第一王子」の名分を与える」
「―――っ父上!」
「異論は認めん。よく、考えてみなさい、ルイスよ…」
王は冷たく言い放つと、「下がれ」と低く声を出す。ルイスは拳を血が滲み出る程に握りしめ、奥歯を強く噛みしめ、全ての怒りを込めた瞳で王を見つめた。
俺は王の息子ではない。だが、この国の王子という事実は変わらない。名前も「死んだ」第一王子の名から授かった物。あいつは消えた。俺がルイスだ。勝負などしなくても分かることを何故わざわざ王は勝負で名分を決めようとしている?
―――そうだ。あいつはまた殺せばいい。一度で駄目なら、何度でも殺してやろう。次は永遠とさまよう闇の中に葬りさらねば。我が隸としてなら、生かしてやってもいいがな。
ルイスは不敵にニヤリと微笑む。その笑みは深い怒りと憎しみで満ち溢れていた。
***
「ルイスさま。今日から私達が身の周りのお世話をさせて頂きます」
大層ご立派な部屋に通され、夜も良く眠れぬまま朝になった途端扉を開けると、メイド姿の女が大勢部屋の前に並んでいた。シオンは無表情でメイドの言葉を無視し、その場を通り過ぎる。
「ルイスさま!お待ちください!」
「…俺はルイスじゃねえ。シオンだ。間違えた名前で呼ぶんじゃねえよ」
駆け寄るメイドたちにぴしゃりと言い放つと、シオンは早足でその場を過ぎ去る。こんな胸糞悪い所など一刻も早く出て行きたいが未だにレックスの居場所が分かっていない。さっさと見つけて、アリシアの無事と、レックスの本心を聞かなければならないというのに。シオンが苛立ちの表情を浮かべて歩いていると、突然前に一人の男が現れる。
「……何故この場所にこんなふさわしくもない汚らわしい物があるんだ?」
顔を少し上に上げると、銀髪の長髪を三つ編みに結び、明らかに殺意を持った瞳を向けた男が立っている。
「君、この物が通ったこの道徹底的に拭いておいてくれ」
「はっはい…」
いつの間にか後ろから追いかけてきた召使に低いトーンで言い放つと、男はシオンの前に立った。
「どこから入った?こそ泥がこの道を踏んでいい資格があるはずがないだろう、何だ、お前は獣か?獣には資格などこの場所がいかに地位の高い場所なのかを理解できるはずもないからな。」
「………」
(この男は何だ?)
敵対心を持っていることは直ぐに分かった。しかし何故初対面でここまで殺意を向けられなければならないのか。シオンは疑問に思ったが、こういう事には長年の経験で慣れていた為、男の言葉には無視をして横を通り過ぎようとした時だった。
「―――っ!」
バンと勢いよく肩を手で押され、廊下の壁に追いやられる。シオンは敢えて抵抗はせずに男に胸倉を掴まれてもなお、男に静かな視線を向けていた。
「…お前、誰の許可を得て私の隣を通ろうとした?…そうか、汚い手を使って王に言い寄ったと言うのはお前だな?」
「………」
「図星をつかれて何も言えないのか。一刻も早く出ていけ。―――王子、ルイス=クレイトンが命じる」
(――――!?)
男は敵意を向け、更にどうやらここの王子の名であるらしい名を呼んだ。あんなにも俺の事を王子だとほざいていた連中は、何の不満があって俺にそんな馬鹿げた事を言っていたんだ?
「……お前、王子なのか?」
「―――クッ、そんな事も知らずにこの城を歩いていたのか?そうだ、私がこの国の王子。いずれ王となる者だ。さあ、ようやく分かったのなら今すぐ…」
「そうか。王子が居るのなら安心だな。頑張れよ」
シオンは簡単に男の手を払いのけ、その場から再び歩き出す。男は一瞬驚愕を見せ、口を大きく開けていたがいずれ我に返ったのか、徐々に表情を怒りに染め上げる。
「……頑張れよ、だと?」
男は両手をワナワナと震わせ、眉間に皺をよせ眉を吊り上げ、壁を思い切り足でけり上げる。近くに居たメイドはびくりと震えたが、男は闇夜を見つめる様に、シオンの通った後を睨み付けた。
(いきなり絡まれるとはな…)
この国にはあんな大層ご立派な王子がいるというのに、一体ここの王は何をしたいのだろうか。溜息を一つ着いて、シオンは歩いていると今度は後ろから焦ったように声を掛けられた。
「ルイス様!ここにおられましたか!」
「……あんたは…」
後ろを振り返ってみると、前に俺をここに連れてきた隊長と呼ばれていた男が満面の笑みで立って居る。隊長はシオンの手をいきなり掴むと、まるで連行するように歩きだす。
「おっおい、あんた急に何だ?」
「ご無礼をお許しください…王の御命令ですので…さあ、着きましたよ」
着いた先は豪華な扉の前だった。扉に縁どられているのは金だろうか。それにしても凄い量だ。この扉を売れば相当なものだろう。
「さあ、お入りください」
扉を丁寧に開けられ、シオンはゆっくりと足を踏み出し扉の中に入ると、ハッと目を開ける。
その扉の中には王が感情の読めない表情を浮かべてまたも豪華な金で彩られた椅子に座っている。
「……っ王?」
「―――そうだ。ルイスよ。座りなさい」
シオンは訝し気に王を見つめ、近くにあった椅子に適当に座ると王はフゥっと溜息をついた。
「ルイスよ…すまなかった」
突然王に謝られ、何が何だか分からずシオンは眉を顰める。
「来る途中に会ったのだろう?この城の王子を。其方の為にやったこととはいえ、全くの王家の血筋でもないあやつを王子の座に一時的でも王子の座に着かせたこと、この私の責任だ」
「……どういう意味だ?」
「…まずは其方の過去について話さねばならないな…」
王は何処か遠くを見つめる様にスッと瞳を窓に向けると、深刻な表情のままポツリポツリと話し始めた。




