第2話 シオン
全ての処理を行い、死体もご丁寧に土の中に埋葬をしてやってから、気絶したままのフレッドを監獄にぶち込んだ後、あの忌まわしい地下室に放火をし、跡形もなく地下室の後は消え去った。
シオンを見つけられたのは奇跡に近かった。人に聞いた目撃情報から少しずつ辿っていき、最終的にシオンの持ち物であるペンが落ちていた付近に、奴の地下室の入り口があったのだ。
レックスは腑に落ちない心のまま、自室へと戻る。ソファには少し苦し気に呼吸をするシオンが眠っていた。
(てめー何隙を見せてやがるんだ)
奥歯をギリっと噛みしめると、シオンの額に手をあてる。伝わる体温は酷く熱く、これが薬から来たものだということが一発で分かった。
(一体何を打ち込まれやがった?そうだ、何か打ち込まれたと言っていたな。その部分から毒を抜くことができるんじゃねーか?)
レックスは直ぐにシオンの黒いジャケットを脱がせると、打たれた可能性のある場所を片っ端から調べて行く。首を見て、次に肩の皮膚を見た時レックスは驚愕を隠しきれず、ピタリと手を止めた。
(これは……まさか)
そんな筈はない。しかし全てが一致しすぎている。レックスは直ぐに昔の記憶を思い出していた。忌まわしい記憶である、全ての記憶が再び蘇っていく。忘れたくても忘れられなかったあの出来事が―――
あれはまだ俺が14歳の時だった。あの頃はまだガキで何も分かっていなかった俺は自分の存在が一体どれほど無知だったのかという事を知らなかった。隔離されていた場所からようやく外の世界へ出る事が出来た時、不安よりも希望の方が多かった。それほど隔離された場所は地獄の様に感じていたからだ。
俺は異端者だ。周りとは違う、子供の頃から人並み外れた怪力と、忌まわしい異端者の証が刻まれている。そんな事は、人は本の中の話だけと思っているが、そうではない。実際に異端者は存在している。
小さな村には言い伝えがあった。異端者が生まれた時、大きな災いが起こる。と
確かでもない言い伝えと、こと細かく本に異端者である象徴の詳細が描かれていたので、村人たちはレックスが生まれた時に、「悪魔が生まれた」と叫び続けた。すぐに村人はレックスを殺そうとしたが、村の長である人だけはレックスを守った。そのお陰で俺は生き延びられた訳だが、余計なことをしてくれたものだと思う。あの時俺を殺しておけば、災いは起きなかっただろうに。
「おい、異端者。これどかせれるんだろ?どかしてみろよ」
心のない子供たちは、レックスに容赦しなかった。まだ子供であったレックスは怯えた様に頷いてから、大きな岩を軽々と持ち上げる。それを見た子供たちは悲鳴のように叫び続け、自分の親元の所へ行っては「あいつが異端者としての行動をした。もうすぐ災いが起こるかもしれない」と叫んだ。それを聞いた村人たちは直ぐに俺を牢へと閉じ込めたが、牢へ閉じ込めても、餓死させようとしても、村の爺の長が俺を助け続けた。生まれて直ぐに両親を亡くした俺を不純に思っていたらしい。両親が死んだ理由は聞かされてはいないが、どっちみち大した理由で無いことは確かだ。
そんな事を続けていると、すぐに事件は起こった。
「大変だ!長が死んでいる!」
村人たちは、自宅で血を吐いて倒れている長を見つけると一心に叫び続けた。
だが、俺だけは知っている。今叫んでいる数人の村人が交互に交代して、村の長の食事に毒を少しずつ盛っていたことを。それでも俺にはそれを止める術すらなかった。村の長に話しても、村の長は何処かそれを受け入れたかのように、毒の食事を食べ続けた。
そこからはあっという間だった。
レックスは縛り上げられ、棒に吊るされると村人たちはぎゃあぎゃあ喚きながらレックスを取り囲んだ。煩い村人たちとその子供たちがぎゃあぎゃあ喚いていたことだけは覚えている。ぼんやりと薄れる意識の中、事件は起こった。
村に突然襲う大きな土砂崩れ、俺を取り囲んでいた者も、自宅の窓で俺を怖がるように見ていた小さな女の子も、全て消え去った。そしてどういう訳か俺だけが生き残っていた。
確かに土砂を受けたはずなのに、全くの無傷で荒野となった村をぼんやりと眺めた。
そこで俺が思った事は一つだけだった。
(自由だ)
自由。その言葉は人を舞い上がらせ、極端な行動に出させる。その時14歳だった俺はそれを知らずに、すぐに最早村とも呼べない村を出て行き、大きな街へ自分の足だけで向かった。
街へ出て行くと、レックスの気持ちは高鳴り続けた。見たこともない大人数の人々。村の陰気臭い雰囲気はなく、商店などで賑わっている街並み。どれもが素晴らしいようで行く先々で立ち止まっては辺りをきょろきょろと見回した。
(すごい…どこまでも人だな…)
レックスは胸を抑えると、興奮を抑えきれない様に辺りを見る。その時点で身長が180センチ超えていたレックスは周りの人から子供と見られていないのか、特に誰も気に留める人がいなかった。そんな中、レックスはある一つの外にある商店を覗くと、突然隣に居た40代くらいの男に、肩にポンと手を置かれた。
「よう、兄ちゃん。何買いにきたんだい?」
「…えっ俺のこと?」
「そうだよ、兄ちゃん、あんたのことさ。ちょっと良い店を知っていてね。兄ちゃんに案内してあげようと思うんだが、どうだい?」
こんなに気さくに話しかけられたことのなかったレックスはその言葉だけで舞い上がった。やっぱり俺は異端者ではなかった。異端者の証があるにも関わらず、普通の人に話しかけられ、しかも良い店を紹介されるほど「普通の人間」だったのだ。レックスが勢いよく頷くと、男は笑顔を向けてレックスを裏道の方へ誘導していく。
「兄ちゃんはどこから来たんだい?」
「………遠い所だ」
「ほう、そうかい。随分と長旅大変だったろう。今から行く店ではゆっくりと休めると思うから安心していいよ」
男はにこにこと笑顔で肩まで組んできて、レックスは興奮したように頬を赤く染める。今から行く店が楽しみで仕方がなかった。長い道を20分程歩き続けると、小さな建物が見えた。お世辞にも良い雰囲気の店とは思えないほど、何処か暗い雰囲気を放っている。流石のレックスもそれには眉を顰めた。
「え、ここの事か?」
「ああ!ちょっと見た目はボロイが中の人達は君を歓迎してくれるよ。さあ、入った入った!」
男は固まったレックスの背中をポンと押すと、レックスは渋々中に入る。中は真っ暗で何も見えない。
「ここが本当に良い店なのか?何も見えないんだけど…」
「勿論さ。奥に扉が見えるだろう?その先に店はあるよ」
レックスは首を少し傾げながら、うっすらと奥に見えた扉を開けた途端、前と後ろから羽交い絞めにされ、口を塞がれ、両手を拘束された。
(―――!?)
「へへ、悪いな兄ちゃん。ちょっと我慢するだけで済むからよ」
レックスは突然大人数に囲まれると、その内の一人が銀の注射を持ってレックスに徐々に近づいてくる。一体何の事か分からず、頭の整理がつかない。「騙された」。そう気が付いた時には既に注射器は目前まで迫っていた。
「―――んー!」
「大人しくしてろ、直ぐに終わるから…直ぐに気持ちいい世界にいけるぜ」
自身が持っている怪力も忘れ、体を完全に硬直させた瞬間、通る声が全体に鳴り響いた。
「おい、そこで何をしている!」
男達はその声の主にを確かめる為一斉に辺りを見回すと、今入って来た扉から一人の少年がコツコツと足音を立てて入って来た。その少年の風貌は短い黒髪で、歳は丁度10歳くらい、少年というのは服装でそう思っただけだったが、顔は女の様に整っている。服装は高級な布を使い、金の糸で丁寧に縫われており、まるで衣装のような服を着ていた。
その少年を見止めた途端、男達はプッと吹き出すかのように少年を見る。
「坊主、ここはな、大人の世界なんだ。早くママのところに帰りな!」
「そうだぞ、坊主。早く帰った方が身の為だ…ぐわっ!」
ニヤニヤしながら男二人が近づくと、あっという間に男二人は少年に足を蹴られて足を崩し、倒れ込む。起き上がろうとした瞬間に再び顔面を思い切り蹴られると、男達は白目を向けた。
「…黙ってろ。おい、そこのお前たち。その人を離せ。今すぐにだ」
少年は冷静に目を少し細めると、コツコツと男達の輪に近づいていく。男達はようやく少年に警戒したのか、目を合わせると一斉に少年に殴りかかった。次々と降りかかる拳を簡単に少年は避けていくと、足蹴を食らわせ男達を次々と倒れさせていく。そのどさくさでレックスは拘束していた男を振り払うと、少年の元に向かう。
「お、自分で来られたんだな。あんた、腕に自信はあるか?」
少年はニィっと笑みを浮かべると、直ぐに再び殴りかかってくる男達に向き合った。レックスは直ぐに頷くと襲い掛かる男達を次々と投げ飛ばしていく。流石の男達も素手では勝てないと思ったのか、ナイフを取り出した。しかし、少年はそれにも動じず軽くナイフをかわすと同じように殴り、蹴っていく。しかし実戦に慣れていなかったレックスは違った。男達がナイフを掲げ、自分に迫ってくる。刃物。男達。全てが村の奴らと重なってしまい、再び体を硬直させてしまう。ナイフが目の前に来て、思わず目を瞑った時だった。
「―――っ、おい、大丈夫か?」
ナイフを片方の腕で防いだ少年の背が見える。レックスは何が起きたのか分からずただ呆然とその光景を見つめる。
「―――その顔は、平気みたいだな。あんたは無理しないでいい。後は俺に任せろ」
少年はニッと笑みを浮かべると、自身の肩に突き刺さったナイフを無理やり抜き取る。するとあっという間に男達全員をなぎ倒していき、直ぐに周りは男の気絶した姿だらけになった。すると少年はその場にドサリと膝と着いた。見ると肩からどんどん血が流れている。
「――っ血がでている」
レックスは急いで少年に近づきしゃがみこむと、少年は首を軽く横に振る。
「これくらい大したことではない。直ぐに治るから心配するな」
「――そんな問題じゃないだろ!何で俺を庇った?」
「……当たり前だろう。民を守るのは俺の役目だ。元々この男達の事は此方で調査をしていたこと。だからお前のせいではない」
(――――っ)
何故、この少年は俺如きを庇ったのだろう。今までも庇っていてくれた人はたった一人居た。それは村の長だ。しかし村の長も俺への恐怖は隠しきれていなかった。何処か怯えた様に俺を見ていた。しかし少年は、俺の目を見て更に自身を傷つけてまでも庇ってくれた。レックスはグッと奥歯を噛みしめる。これは全て俺の無知から引き起こしたことだ。また一人災いを生ませてしまった。
「……俺のせいだ。そうだ、全ての詫びの為何でもする。紐で縛られようとも、ナイフを突きつけられても、殴られても今は文句を言えない」
レックスは悔しそうに眉を顰めると、少年はいきなり立ち上がった。その表情は何処か怒りの表情を向けている。
「俺が守ったその命、無駄にする気か?馬鹿を言うのもいい加減にしな」
少年は使える片手でレックスの首元を掴み、グイッと顔を近距離まで近づけた。黒い瞳に金色の影が少し映る。
「いいか、今からお前の命は、俺のもんだ。今あんたは俺に守られた。だから全ての所有権は俺にある。そして、その自己犠牲の考えを捨てろ。今すぐにだ」
少年の強い視線が突き刺さる。レックスが思わずたじろぐと、少年はフラリと倒れ込んだ。
「―――っおい!」
レックスは急いで流れ続けていた血を止める為、少年の衣装を破る。すると目を見張った。
(―――これは何だ?)
レックスには目の傍に月の模様が付いている。それは異端者の証。それなのにその模様を左右が反転されただけの物が肩に刻み込まれているではないか。レックスが固まったのをみて、少年はうっすらと目を開ける。
「その模様か?驚かせて悪かったな…気にしなくて、いい」
「おい、この模様って…」
「ああ、そうだ。お前が考えている通り、俺がこの国の王子、ルイス=クレイトンだ」
(―――っ王子?)
ルイスと語った少年は肩の模様を隠すように、手で押さえる。小さく溜息をつくと、レックスを真っ直ぐに見つめた。
「この模様の意味は国中に知れ渡っている事だ。ずっと気になっていたんだが、その目の模様は偽物か?」
「……その模様の意味は何だ?」
レックスが低い声で呟くと、途端にルイスは不思議そうに此方を見る。
「知っているのではなかったのか?この街の者には全員に知れ渡ってしまっていると聞いていたが…まあ、いい。この模様は幸福の証。全ての民を収める王の証。と伝承ではいわれている。俺はそんなもん信じてはいないが、周りが煩くて頭に焼き付いてしまった」
ルイスは何処か遠い目でつらつらと一定のトーンで呟いた途端、扉の外から大勢の声が聞こえ出す。
「殿下!ルイス殿下!どちらにいらっしゃいますか!」
ルイスはそれを聞くと、直ぐに神妙な表情を浮かべて立ち上がった。
「悪いな。あの通り俺は行かねばならない。この者たちの処理は俺達がやっておくから心配せずにあんたは行けばいい」
「――っ待ってくれ!」
ルイスが背を向けて歩き始めると、レックスは慌てて引き止める。ルイスは黒い瞳を此方に向けた。
「止血のことか?それなら気にしなくていい。自分でやっておくからな」
「それもそうだが、別のことだ。その模様の意味は本当にその意味なのか?災いの意味ではないのか?」
ルイスは何を言ってるのか分からない、と言いたげに首を傾げる。
「ああ。これは幸福をもたらすという意味らしい。俺も皆に聞いた話と、本の話を照らし合わせただけだからな。あんた目元にそんな模様をつけているくらいなら、知っているのではないか?」
「これは……元々生まれつきだ」
そう言うとルイスは少し驚くように目を開けると、再び此方に近づいてレックスの目元をよく見始める。
「ああ、本当だ。よく見ると俺のとは少し模様が違うな。左右が反対だ。それにフェイクでもなさそうだ。こんな珍しいこともあるんだな」
「この模様の意味を知らないのか?」
レックスは神妙な表情を浮かべたまま、ルイスに目元を合わせる為再び膝をおってしゃがむ。ルイスは再びレックスの模様を見てから首を傾げた。
「――?知らないな。俺のと似ているが、何か意味があるのか?」
「―――それは…」
言葉を続けようとすると、より一層外の声が大きくなった。
「おい!今殿下のお声が聞こえなかったか?」
「何だと!よしこの周辺をくまなく探せ!」
ルイスは立ち上がると、レックスの耳元で低く囁く。
「この話の続きは、次に会った時でいいな?」
レックスがそれに小さく頷くと、ルイスは満足そうに頷いて小走りに扉から出て行った。直ぐに外からは先程の探し人を探していた人物が感嘆の声を上げ、騒々しくこちらへ向かう足音が聞こえる。レックスはその足音に慌てて、近くにあった窓から外へ出た。
レックスは訳が分からなくなる程走り続けながら、ルイスという少年の事を考えていた。
この国の王子だったというのも驚いたが、まずあの模様の意味だ。確かに左右反対ではあったが、あんなにも似ているというのに全くの真逆の意味を持つ、証。
それがこの国の王子が持っているという。そんなバカげた話があるだろうか。誰も俺の持つ証を知る者はいなく、逆に王子の証の方が認知されているという事態。
何故俺の持つ証の意味は「災い」だったのだろうか。
何故王子の持つ証の意味は「幸福」なのか。
どちらが本当の意味なのか、はたまたどちらの意味もそれぞれ本当なのかは分からない。
それでも俺は思っていた。一方は王子で一方は異端者。何故人は境遇で簡単に変わってしまうのか。これが人の持つ運命とやらなのだろうか。そんなこと、酷くバカげた話ではないか!
レックスは次第に溢れ出る笑みを抑えきれなかった。
この世の中はばかげている。あの王子はまともそうであったが、他は別だ。バカげた連中しかいなく、可笑しな人物しか存在しない。伝承に左右され、運命に踊り狂わされている俺も大概大馬鹿野郎だ。
レックスは高らかに笑い声をあげると、夜の街へ影の様に消えて行った。
***
レックスは硬直を解くと、目を覆っていたサングラスを乱暴に外した。近くにある鏡を覗くと忌々しい三日月の模様が見える。まるで照らし合わせるかのように自身についている黒い三日月模様と、シオンに着いている白い三日月模様を見比べる。そうだ。この模様を持つ者がそんなに多くいるはずがない。レックスは再びその模様を隠すためサングラスを付け直す。
だが何故王子がこんな所にいるのだろうか。そもそもこいつは初めに本名をシオン=ノックスと名乗ったではないか。偽名を使うような違和感は、感じなかった。こいつも本名だとはっきり言っていたし、こいつはあまり嘘をつくようなタイプではないことは昔から知っている。
あの14歳の出来事から10年が経った。レックスは24歳、あの時10歳頃の歳に見えた王子は計算では20歳程度という事になる。俺達が初めて会ったのは3年前、女の事で駆け込んできた時ではなく、もう随分前から会っているということになってしまう。
(それにしもおかしい。こいつはいつもあの女の事で頭が一杯で、あんなに民の事を考えていた奴が、王子としての様子を一つも見せたことがねえ)
こいつとは三年以上の付き合いがあるが、それにも関わらず王子としての様子は一切見えない。性格的にはそこまで変わりがないように思えるが、あの王子の時は少し威厳を見せていた。それが今では殴る蹴るしかしなく、向こう見ずに突っこんでいく性格になっている。
(こいつに何があったんだ?そもそも偽名を使う理由。そして何故王都へ帰らない?)
ここは王都から少し離れた野蛮者ばかりが集まる寂れた街だ。シオンも最近は女の所にしょっちゅう顔を出している様だが、基本ここに暮らしている。
レックスは無意識にあの王子をずっと探していた。何処か酷く懐かしい者を探すような気分で王子の名前だけを追うように。王都から離れたレックスは裏家業の者たちばかりが集まる街で少しずつ名前を知らしめると、いずれ大きく裏の野郎達に広がっていった。更に取引に裏名ではなく、本名を聞く理由も、無意識にルイスを探していたのかもしれない。こんな裏の取引などにくる必要がないことは分かっていたにも関わらずだ。
レックスが再びシオンの肩の模様に手をあてると、シオンはピクリと瞼を動かし徐々に目を開ける。ようやく薬が抜けてきたのか、それとも今の反動で起きたのか分からないが、何処か焦点は合っていない。
「……レックス」
「…お前、何を隠している?」
レックスが低くシオンを見て言うと、シオンはハァっと苦し気に息を吐いた。
「何のこと、だ」
「俺の事を知っていたのか?それとも偶然か?いや、そんな事はどうでもいい。何故偽名を使っていた」
「……何のことを言っているのか分からねーな。お前こそどうした」
「―――本当の事を言え!」
レックスが怒涛の声でビリビリと壁までを鳴り響かせると、シオンは少し驚いたかのように目を見開かせる。
「お前、どうした…何かあったのか?」
「―――お前の本当の正体を言え。お前はこの国の王子なんじゃねーか?」
怒りを抑えきれない程震える声でレックスはシオンの首元をグイッと掴んだ。何の抵抗もなく、シオンは起き上がる。焦点は何処か合っていないが、それでもはっきりと声を出す。
「…お前何か変なもんでも食ったのか?俺はシオン=ノックスだ。それ以上でもそれ以下でもない。………そういえばお前には生まれを教えていなかったな。俺は孤児だ」
(―――!?)
孤児?王子が孤児だと名乗るだろうか。一体こいつは何を考えている?
シオンはそれでも納得しないレックスを見て、深い溜息をついた。
「…ハァ。よっぽどの重症らしいな。俺は山奥に捨てられていたんだよ。と言ってもそこに関しては人づての話だが…俺には生まれた時からガキの記憶がないからな」
「記憶がない?」
「ああ、そうだ。そういえば初めて話すことになるのか。お前の為に順を追って説明してやるよ。俺は山奥に捨てられていた。着ていた服は大層ボロボロだったらしい。そこでかあさ…今の母が拾ってくれた。その人は何も分からない俺にすごく優しくしてくれたよ。本当の子供の様に可愛がってくれた。記憶を失っていた俺に名前までくれてな。その時は丁度年齢的に推測で10歳程度の頃だ。」
シオンはそこでピタリと言葉をやめる。レックスは今まで掴んでいた首元を離すと、シオンはギュッと拳を握りしめた。
「…あの日。母が死んだ。それは突然の事で、訳も分からない大量の軍隊が家に押し寄せてきやがった。あの人は必死に俺を庇って逃がしてくれた。それが丁度はあの人の元で世話になってから4年後の事だった。そこからは、お察しの通りだ。俺はボロボロの体でこの街に来たのさ」
シオンはフッと薄く笑みを作り、体は小刻みに震えている。自分の怒りか、それとも何も出来なかった悔しさからなのか。
「この街に来てからは、仕事と聞けば何でもやった。それが例え裏家業でもだ。ま、人殺しには手を付けていないがな」
レックスはその言葉を聞いて、確かに感じたことがあった。きっとこいつは王子だ。あの模様が肩にある者など他にいるはずもない。少年の頃から変わっていない女みたいな顔は相変わらずで、その性格も威厳を除けばたいして変わってるようには思えない。
更に境遇は俺に似ている。この王子に何があったかは知らないが、何らかの理由で記憶を無くし、この街に来てからは何でもやったと語っている。
それはレックス自身もそうであった。この街に来てからは何でもやった。それが例え裏の仕事だろうとも、何だろうとも。人殺しは村の奴らのようで、俺自身が許せなかったので、手はつけていない。だが、殺す寸前まで人を殴った事はある。
シオンはそのまま硬直させてしまっているレックスを見て肩にポンと手を置いた。
「やっと分かったか?俺はお前の言う王子でも何でもない。ただの捨てられたガキだったよ。今はもう随分とこの街に染まっちまったがな」
シオンは到頭体力が切れたのか、どさりとソファに座り込む。ハァと溜息をつき、ソファに体を預けると目を閉じる。
「…悪いな。まだ頭がぐらぐらして、しょうがねーんだ。暫くはこのままにしておいてくれ」
そのままスゥッと寝息を立て始めてしまったシオンを見て、レックスはその場に立ち尽くした。そんな馬鹿なことがあるだろうか。こいつは王子で記憶を失っており、自分の名前すらも分かっていない。王族がこんな街に染まり切り、女のことを想いながら生活している。
こいつは確かに王子で、境遇だって俺と違ったはずだ。なぜ、そんな事が起こったのか。
(そうだ、初めから考えてみろ…)
初め、こいつは記憶を失い、10歳程度の時、山奥で拾われたと言っていた。本当に10歳だったとしたらこいつに会ってからさほど時間は経っていないうちに記憶を失ったことになる。そして4年後こいつの拾い主は軍隊に襲われ死に、こいつはこの街に逃げてきたということになる。そもそも何故軍隊に襲われたのか。
(まさか…こいつが王族だったからか…?)
元々軍というものは、王の命令で動いている。この国だってそうだ。軍は王の所有物であり、全ては王の命令で動いている。
(だが自分の息子を殺すということはあるのか?それもこいつは王子だ)
シオンは幸福の証、王の証を持っている。そんな息子を易々と殺すだろうか。そもそも何故山奥にシオンは居たのか。それも記憶を失った状態で。これには何か裏がある。
(調べてみる必要があるみてーだな)
レックスは直ぐに下の階にいる仲間を呼びつけた。
***
シオンは揺らめく意識の中ようやく目を覚ました。起き上がるとここはレックスの仕事部屋であのままソファで眠っていてしまったらしい。もう時刻は夜の様で辺りは真っ暗だった。頭を抑えると、湿った汗の感触が手に伝わり、眠りながら汗をかいていたことが分かる。両手足をその場で動かしてみると、まだ動きは鈍いが、奴に打たれた薬も大分抜けた様だ。
「フレッドの奴はどうなったんだ…?」
シオンはふらふらと真っ暗の部屋を壁伝いに移動すると。ようやく灯りの漏れた窓に到着する。窓を静かに開けると、心地よい冷たい夜の風がサアッと部屋の中に流れ込む。
「……暫くアリシアに会っていねえな…」
金髪の少女。アリシアの事を考える。きっと今は俺の部屋の中に閉じこもっているだろう。暫く危険だから外へは出るなと言ってあり、部屋に食料も随分と置いてある。更に信用できる知人に見張りも頼んだので大丈夫だろうとは思うが、それでも心配だ。
(そろそろ行くか…)
シオンは窓を開けたまま、扉の方へ行こうとすると何か大きな物にぶつかった。
「―――っ何だ?」
反射的に見上げると、レックスが無表情で立っている。シオンは息を吐いた。
「…レックスか。世話になったな…フレッドの野郎は監獄にぶち込んでおいてくれたんだよな?俺はそろそろ行かないといけねーから、礼は後でたっぷりとするから安心しろよ」
傍を通り過ぎようとして、腕を掴まれたのでシオンは驚いてレックスを見上げる。
「そんな体で行くつもりか?」
「…俺が万全の状態でなくても行動をしているのはお前も知っているだろう。今更何を言っている?」
シオンは訝し気にレックスを睨み付けると、レックスはたまらず自分の元へ引き寄せた。
シオンは何が何だか分からず、レックスの胸元にポスと収まった。レックスはシオンの耳元で低く囁く。
「お前はこんな所に居ちゃいけねえ人間だ。俺が連れて帰ってやる」
「は?何を言って…」
シオンが上を見上げると、レックスは妙に神妙な表情を浮かべていつもとは考えられない程の鋭い視線を此方に向けていた。シオンはそれに思わずピタリと視線を止める。
「レックス…お前…」
「俺はシオン、お前の事をよく知っている。だから、俺が全てを解決してやるよ。お前は本当の場所に帰った方がいい」
「っおい、落ち着け。まだ王子だとか何とか言ってやがるのか?言っただろう、俺は孤児だと」
「………お前は王子だ」
シオンは更に眉を顰めたので、レックスは勢いよくシオンの肩のジャケットを剥ぎ取り、グイッと肩を露出させた。
「っ!?」
「よく見てみろ。この白い三日月模様を。これはこの国の王族にしか現れない証。月の模様。それは幸福の証、王の証。お前が自分で言ったんじゃねーか」
「……どういう事だ?」
「まだ分からねーのか?」
レックスはシオンの肩から手を離すと、自身のサングラスに手をかける。ゆっくりと外すと、丁度月の灯りが窓から入り込み、レックスを柔らかく照らした。目元にあるのは、自身の肩にある模様と真逆の黒い三日月の模様。
「俺は以前お前と出会っている。王子だったお前とな。俺の持つ証の意味は「災い」だ。全ては正反対の模様。その因果か何か知らねーが、再びお前と俺は知らない内に出会っていたということになる」
「―――――-!?」
シオンは目を見張ると、頭を抑え込む。どういう事だ?レックスは何を言っている?俺はシオン=ノックスで、本当の親には捨てられた孤児。そうだったはずだ。それがレックスは何故いきなり俺の事を王子だとまくしたてるのか。
レックスは混乱しているシオンにグッと近づくと、近距離まで顔を寄せる。レックスの初めてみる緑の瞳がこちらをジッと見つめている。
「知っているか?こんな伝承をな」
「……何だ?」
「裏ルートで仕入れた大層立派な本にはこんな面白いことが書いてあった。この世には二つの対照的な月の証がある。一つは「幸福の証」。全てをまとめる力があり、王の証を持つそうだ。そして一つは「災いの証」。災いをもたらす力があり、目元に持つ証を見た者に大きな災いが降りかかるそうだ。災いが起こる条件はその証を見た者が大きな大罪を起こした時と決まっている様だがな。それが本当の正しい伝承だ。といっても今分かった事だ。証については調べたくもねえ。だから一切今まで調べてこなかった。―――お前が王子だと知るまではな」
レックスは後ろに下がろうとするシオンの肩をグッと両手で掴み、更に引き寄せる。
「―――その二つの証を持つ者が合わさる時、お前は何が起こると思う?」
シオンはレックスのただならぬ様子に、直ぐに蹴り飛ばそうとするが薬が抜けきっておらず思う様に体の力が入らない。
「そう、奇跡だ」
グイッと勢いよく引き寄せられ、唇に生暖かい感触が伝わる。シオンはその感触を感じてもなお、何をされたのか分からず目を開けたまま呆然と受け入れる。徐々に力強く舌がねじ込まれると、くちゃくちゃと生暖かい水音が聞こえはじめる。
「―――っあ、…っふ」
シオンは反射的に目を細めると、力強く此方に寄りかかるレックスを引き離そうと手を押し込む。しかしいつもの様な力が入らずレックスはビクともしない。
「―――っんん!」
歯列を舌でなぞられ、舌と舌が深く絡み合う。体は徐々に熱に侵され、熱くなり、合わさる舌の体温も上昇していく。長い拘束からようやくレックスが離れると、シオンはハァっと息を深く吐いた。
「―――っハァ。ハァ、てめー、今何をしたか分かってんのか」
「…その様子だとまだ思い出さねーみたいだな。…キスだけじゃ足りねーのか」
レックスは平然とした表情で再びシオンの肩に力を入れる。レックスのぎらついた獣のような瞳に、シオンはギッと負けずに睨み付ける。
「ふ、ざけんな!馬鹿をやるのもいい加減にしやがれ!」
「ふざける?俺は何時にもまして真剣だ」
「それがふざけてる言動そのものなんだよ!てめー頭イカレやがったのか?」
「少なくともまだ頭はイカれてはいねーな。逆にお前の頭がイカれてんのを治そうとしてやってる所だ」
レックスは噛みつくようにシオンの唇を舐めると、シオンは抵抗するため首をグイッと横に向かせる。
(くそっ…こいつ明らかに可笑しい)
こんなレックスなど見たこともない。一体レックスに何があったのか。抵抗するシオンを見ると、レックスは無表情でシオンの服の下から手を侵入させる。胸付近をまるで女の胸を揉む様に触ると、シオンは体をこわばらせた。
「―――っ、ふってめー何処触ってやがる。やめろっつってんだろ!」
シオンが怒鳴ってもなお、レックスは動じず行為を続けてくる。胸の突起を触られ、ゆっくりと揉まれ続け、何故女にするような不可解な行為をしてくるのか。
「っあ、ハァ、おい、何処かの誰かと間違ってんのか?目覚ませ!」
「…シオン」
レックスに突然名前を呼ばれて、反射的にレックスの顔を見上げると、レックスは何処か柔らかくシオンを見つめている。突然、目元にある黒い三日月模様が怪しく光出すと、シオンはビクリと大きく体を震わせた。
(―――何だ?)
体が熱い。まるで熱が荒れ狂う様に、熱が暴れ回る。どくどくと心音が高鳴り、血流が熱く流れるのを感じる程に、体が荒れ狂う。頭はぐるぐると回るようで、ガタガタと震える手が止まらず、上手く立って居られない。
「―――っう」
突然ビリビリとした感触が体中を伝わり、シオンはそのままレックスに体を預けるように倒れ込む。レックスは倒れてきたシオンを受け止めるとそのまま抱え込んでソファにそっと寝かせた。レックスはシオンの上に乗りあがると、両手をソファに付けシオンを上から見下ろす。
「……っハァ、何だこれは…俺に何をした?」
「…何もしてねーよ。これが正常なんだ」
「-――正常?」
「ああ。正常だ。お前の記憶を治してやる。例えそれによって何が起きようとな…」
「-――っやめろ!俺はてめーに記憶を治してほしいなんて一言でも頼んだことがあったか?」
レックスはフッと口角を上げると、シオンのすぐそばまで顔を寄せる。
「お前にとって記憶は無くしちゃいけねーものなんだよ。これは必然であり、このくそみたいな国にお前みたいな人物が必要なんだ」
「おい、レックス…てめーは何を隠している。答えろ!」
レックスは首を静かに横に振ると、返事の代わりに再びシオンにキスを落とす。抵抗もできないままシオンは受け入れ、徐々に肌に触れられていた手は下へと伝わっていく。
「…っあ、ふっ……っ」
シオンは口元を手で押さえるが、それでも吐息は漏れ出す。中心に手が触れた時、大きく吐息を漏らした。
「…っ!?んっ!あぁ…」
中心をゆっくりと触れる感触が生暖かく伝わり、シオンは肩を上下させる。出したくもない可笑しな声が勝手に漏れ出し、体は更に熱く高ぶり出す。小刻みに震え出したシオンを見たレックスは目を細めると、シオン腰のベルトに手を掛ける。簡単にズボンは下に下され、高ぶり出した中心がはっきりと象徴を見せる。
「…っん、やめ、ろ、はぁっ、何脱がしてやがる…」
レックスは羞恥なのか顔が赤く染まり、熱い吐息を漏らすシオンに、治療行為だとは頭で分かっていても興奮を覚えていた。俺だけに見せる、快感に溺れて行く表情が目に焼き付く。暫く感じることのなかった興奮が体を震わせ高ぶらせる。今まで心の中で否定し続けていたが、俺はシオンのことを―――いや、今はそんな事どうでもいい。どっちみちこいつは全て忘れるのだから。
「―――シオン」
「…っんっ!レックス…っあ、やめろ……」
シオンは必死にレックスを押しのけようとするが、力が思う様に入らない。いつもの自分なら簡単に蹴り飛ばしてやるというのに、寄りにもよって何故今なのか。レックスはシオンの中心を上下に動かすと、くちゃくちゃと粘着音が漏れだした。
「―――っあ!ふっ、んん」
荒れ狂う熱と共に、一点に熱が集まり始める。ドクドクと心音は煩く鳴り響き、口を塞いでも塞いでも、漏れ出す吐息は止まらない。シオンは肩を大きく上下させると、足先を震わせた。それと同時に白濁の液が飛び出す。
「う、…ハァハァ」
シオンはようやく呼吸を落ち着けさせると、レックスから逃れようと体を無理やり起き上がらせる。それでもレックスは簡単にシオンを再び押し倒した。
「-――ってめーまだやるつもりか?んっ」
「…まだ思い出してねーみたいだからな」
「……いい加減目を覚ませ。俺は男だぞ?女でも何でもない。それを分かってるのか!」
ハァハァと息を再び吐いて、シオンはレックスを鋭い視線で見つめる。レックスは頷くとシオンの耳朶に舌を這わせた。
「んっ」
「分かっている。お前の為じゃねーなら、こんなことしねーよ」
「俺の為?この行為が俺の為だって、お前は言いたいのか?」
熱にうかされたのか、少し曇った瞳でシオンはレックスを見つめる。レックスは無表情でただ、頷いて返事をする。
「そうだ。これはお前の記憶を戻す行為だ」
「………最初から説明しろよ。いきなりこんな事されたんじゃ、たまったもんじゃねーからな」
シオンは深く溜息をつくと、立ち上がろうとする。しかし腕をグイッと掴まれレックスの胸元に引き寄せられてしまう。まるで大事な物を抱きしめるか如くシオンの背中に腕が優しく回される。シオンは体を反射的に僅かにこわばらせた。
「………シオン、聞け。この方法の詳細を言えばお前は必ず断るだろう」
「………」
「この王国の現状を知っているか?今王国は荒れに荒れている。この街だけじゃねえ。王都までこの街の様に酷い有様のようだ。その理由は、王とやらが隠しに隠していたがこの国の王子のせいだってよ」
(――――!?)
王子のせいでこの国が荒れている?王都には顔をこの数年出していなく噂ではその話を聞いていたが、それがこの国の王子のせいだとは思っていなかった。シオンがようやく耳を傾け始めたのをみて、レックスは小さく溜息をつく。
「王子はお前だ。ただし今、別の王子が王都の城に居て、威張り散らしている。民から税金を根こそぎ絞り出し、贅沢をしようと散々何かにつけ王の為と理由をつけては、大量の調度品を買い散らしている。これがどういう意味を差すか分かるな?…そうだ。王子の偽物が王の居る城でお前の名を使って散々好き勝手しているってことだ」
シオンはピタリと固まり、レックスを見上げる。
「…分かるか、お前が記憶を取り戻さなくてはいけない理由がよ。今のお前はこの国や王のことなどどうでもいいだろう。ただ昔のお前ならどうだ?」
レックスは静かにシオンの黒髪をサラリと撫でると、顔を寄せる。シオンは大きく目を見開いたままで身動きをしない。
「少なくとも城に乗り込むくらいするだろうな。「俺が本当の王子だ」と。あの時一瞬お前に会っただけだったが俺には何となく分かる。お前は…そういう人間だ」
シオンの頬に手を添えると、首元にそっと口づける。チクリとした痛みが首先に広がった。
「だからお前は記憶を取り戻すべきだ。例え何を失ってもな」
「…失う?どういう事だ、説明をしろ!さっきから理屈ばかり言いやがって、てめーらしくもねえ」
シオンはようやく目が覚めたのか、レックスの手を自らの手で振り払う。
「てめーはそんな奴だったか?お前は俺に何も聞かせず勝手に行動をしようとしている。てめーの都合で動かされるほど、こっちはやわじゃねえ!」
シオンは何処から力が出たのか分からない程、強烈な蹴りをレックスの足元に食らわせた。突然の行動にレックスはその場に倒れ込む。シオンはハァ、と息を吐くと近くにあったジャケットをサッと素早く羽織り、閉まっていた扉をバン、と蹴り飛ばして破壊する。
「いいか、暫くお前の所には現れねーよ。てめーには失望した。王がどうなろうと、この国がどうなろうと俺には知った事ではねーからな。勝手にお前で何とかしてろ」
冷たく吐き捨てるように言葉を投げつけると、シオンは少しふらついた体のまま、騒々しく出て行く。レックスは強烈な蹴りを食らわせられた衝撃で、暫く動けなかったがようやく体を起こし、その場に座り込むとハッと息を零した。
「やっぱりお前には簡単にはいかねーな…」
此方としてもこの国の事はどうでもいい。滅びるなら滅びてしまえばいいとさえ思っている。しかしルイス、お前は違った。俺に気づかせてくれた初めての人物。例えあの時の行動がお前の言う「民のため」だったとしても、
「………俺には救いになったんだよ、馬鹿野郎」
ルイスの言葉が俺の人生において、大きな支えになってたというのはもういい加減認めている。シオンはこの国にとっての光だ。俺とは決定的に正反対な証を持つ王族。それが本当のお前の姿だ。
シオンはここではない、光ある世界に帰るべき者なのだ。
「記憶が無理なら、強硬手段に出るしかねえ、か」
本来ならばレックスは入手したばかりの古門書に書かれていた「二つの月が交わる時、偉大なる力を発揮することになる」を実行しようとしていた。交わる、が具体的にどういう意味か分からないが、近くに居ても、寝てるシオンの証と自分の証を重ね合わせても何も反応を示さなかった為、「交わる」意味を探っていたのだ。
しかし結果は得られずに、このままでは、お前は俺の行為を拒絶し続けてしまう。
レックスはゆっくりと立ち上がると、壊れた扉を屈んでくぐり階段を静かに降りて行った。