第1話 シオン
雑踏とした雰囲気が流れるこの街で、異端の雰囲気を持つのはこの場所だけだった。建物に、上へと続く先が見えない階段が一つだけついているだけにも関わらず、見張りの屈強な男がガシリと二人構えている。整った顔つきの黒髪の男はその二人に気にも留めずに二人の間を通った。男二人はチラリと男を見たが、何も言わずに再び前を見据えた。
男はさび付いた鉄のドアノブを乱暴に掴むと、音を立てて扉を開ける。
「おい、いるか?」
室内を見回すと、乱雑とした部屋の中に一つあるやけに立派なソファに寝ころんでいる体つきのよく、大柄の金髪男がサングラスをかけたまま、ぐがーといびきをたてている。黒髪の男は「またか」と小さく呟くとガンとソファを大袈裟に蹴った。
男はピクリと震えて、ゆっくりと起き上がるとサングラスのままギロリと此方を見る。
「仕事持ってきてやったぞ」
「ちっお前はもう少し静かに起こせねえのか?」
「生憎急いでいるからな。真昼間からこんな所で寝てるお前が悪い」
短髪の金髪男はゆっくりと起き上がり立ち上がる。立ち上がったせいで余計に背が高く体付きが良いのが見て取れる。俺もこれほどの体つきになればもう少しマシに見えるだろうに。と黒髪の男は男よりは小柄で、男ほど体つきも良くない貧相な自分の体のことを思った。
「内容は何だ」
「人探しだ」
「またか?お前はよっぽど人探しが好きみてーだな」
「今回は最初よりもずっと簡単だから、安心しろよ脳金男」
「まだ、あれにお熱なのか?」
ニヤリと含んだ笑みを見せられて、黒髪の男は不自然に咳を零す。
「別にいいだろ」
「お前が最初にここに駆け込んできたとき、必死の形相で何を言うかと思えば、女を探してほしいとほざきやがったからな。あの時蹴って返してやっても良かったんだぞ?」
「そうか。なら蹴ってみろよ。倍で蹴り返してやる」
ギロリと睨み付けると、金髪男はニヤリと再び笑って書類をテーブルの上に無造作にばさりと置いた。
「そこに詳細な姿と情報を全部書いとけ。サインも忘れずな。金は適当に置いとけ」
「珍しいな。料金指定はしないのか?」
「安ければ引き受けない。それまでだ」
「相変わらず手厳しいことで。分かったよ、適当に置いてやる」
黒髪の男は無造作に懐から札束を取り出すと数えもせずドサリと机に置いた。金髪男は横目で札束を一瞬見ると、「書け」とペンを机にほうり投げる。黒髪の男は、手癖に任せて整った字で人探しの詳細の姿を書いていくと、最後にサインで「シオン=ノックス」とサインする。
「まだ偽名使ってんのか?シオンさんよ」
「本名だって言ってるだろ」
金髪男が口を挟んできたので、面倒そうに返事をする。
「そもそもお前が本名じゃないと取引はしないって言って来たんだろ」
「ああ、そうだ。後々面倒だからな」
何が面倒なのかは知らないが、大方問題を起こした時に本名を知っていた方が探しやすいとかそんなことだろう。この世の中では、こういったやり取りに本名を使う奴は多くはないから、本当に探せるかは知らないが。別段シオンは気にも留めずペンを机に置いた。
「ほら、書いておいたぜ。じゃ、後は頼むな。一週間後また来る。」
「あー昼寝の邪魔だから早く行け」
「真昼間からのお昼寝に邪魔して悪かったな」
少し含んだ言い方をシオンはすると、ひらひらと手を振りながら再び錆びたドアノブを乱暴に掴むと部屋から出て行った。何となくそれを見ていた金髪男は、やけに綺麗な字で詳細に人の特徴が書かれた紙を見ると、「仕方ねえな」と呟いた。
一週間後、約束通りに真昼間からシオンは現れた。ガン!と立て付けの悪いドアノブを乱暴に回すと、相変わらず面倒そうにソファに寝ている金髪男、レックスを乱暴に起こす。
(毎度毎度、入ってくる度うるせーんだよ)
本当はシオンが部屋に入ってくる時点で起きているのだが、それは何だか癪に障るので何も言わず、最終的にシオンが蹴り始めてから起き上がっている。相変わらずサングラスをつけたまま、シオンをギロリと睨み付けるとシオンは眉を顰めてもう一つのソファにドカリと座った。
「もう出来てるんだろ?」
「お前、また適当に起こしやがって…少しは遠慮と言うものを学べ」
「お前に遠慮もくそもあるかよ」
「……ちっ」
レックスは返事の代わりに舌打ちをすると、シオンをじろりと見た。
「…何だよ?」
突然真顔で此方を見つめられたからか、シオンは不自然な視線の理由を聞くとレックスはわざとらしく溜息をつく。
「…いや、また何処かで一杯やってきたのか?酒くせーぞ」
「お前は本当に鼻が利くな…悪いか」
「また女か?」
「どっちでもいいだろ。人のプライベートに口を挟むんじゃねーよ」
(女だな)
シオンには惚れた女がいる。そんなこと最初から分かっていた事だ。そんな女のことなどこっちにとってはどうでもいいが、毎度毎度、女に何かある度にここに来ては、大量の札束を置いて、無理難題の事を頼んでくる。
ここは便利屋でも何でもない。列記とした俺の名前を掲げている場所だと何度言っても聞きやしない。俺から見てもシオンの顔は男にしては、女みてーに整っている。短い黒髪に凛々しい眉が男だということを象徴しているが、それ以外は透き通った鼻。少し金色の混じった黒の瞳、どう見てもそこらの男よかは、良い部類に入る。普通の女と付き合えば、別に無理はしねーだろうに何故わざわざ借金まみれの女なんかに付き合うのか理解ができない。
「良いから本題に入ろうぜ」
「早く出せ」と言うかの如く手を差し出してきたので、レックスは用意していた資料を乱雑に置いて早口で話し始めた。
「お前の探していた男の名前はフレッド=クレイグ。特徴はお前の書いていた通りに薄い金髪に、青の目。目尻は少し下がっていて歳は30代。お前の女の父親の借金取りのうちの一人だ。元々は大体900万ドル程の借金だったらしいが、利子が随分と膨らんでいるみてーだな。住み家はいつも変えている為、固定ではない。その代わりお前のよく行く酒場にも現れているみてーだ。後は場所を変えてこの地図の丸付近場所の酒場に行ったり来たりだ。」
「…何でお前は俺もその酒場に行ってる事を知ってるんだよ」
「あ?調べるついでにお前の名前が出てきただけだ。お前がその酒場に行ってるのは偶然じゃねーんだろ?」
シオンはレックスを見ると、溜息を深くついた。
「…そうだ、分かっててその酒場に通っている。そいつがあの酒場に偶に現れるのは知っていたからな。他に情報は?」
「フレッド=クレイグは随分と人に金を貸していたらしい。それもありとあらゆる場所にだ。その流れでその女の父親にも貸したという訳だ。金持ちの生まれという訳ではないが、何でもかんでもやって今の地位に納まったようだな」
レックスは「話せる情報はここまでだ」と言うとシオンはちっと舌打ちをした。
「それしかねーのかよ」
「文句を言うな。あれだけの金で一週間という期限付きでここまで調べてやった。で、今回はこいつをどういう理由で探している?」
シオンは一通りレックスから渡された資料に目を通すと、突然立ち上がってレックスの質問に答える。
「ああ、こいつがちょっとあの子にしつこいからな。天罰っていうものを与えねーといけねえと思っただけだ」
「…程々にしておけよ」
「お前に言われたくない最大の言葉だな」
シオンは鼻で笑うと、またも乱暴に資料を持ったまま部屋を出て行った。レックスはそれを再び何となく見つめていると、フと目に留まったソファの下にあった一枚の紙きれを反射的に拾う。
レックスはその紙にサッと目を通すと、少し動揺させたかのように目を見開いた。
そうだ。大事な話をあいつにするのを忘れていた。このフレッド=グレイグという男は変わった性癖をお持ちのようで、前科たっぷりらしい。この男の腕っぷしは細い体格から強いという風には見えないのだが、この男には何か裏がある。
(ちっ仕方ねーな)
レックスはガウンを羽織ると、乱暴に出て行ったシオンの後を追うため立て付けの悪いドアノブを掴んだ。
***
シオンは最近行きつけの酒場の扉を無言で潜ると、シオンが入って来た途端に静まり返った様子を気にも留めず、ドカリと足を組んでカウンター席に座った。ここらでシオンという人物は有名で、腕っぷしが強いという理由だけではなく、ここらでは珍しい、黒髪黒目かつ容姿端麗のその姿のせいで有名となったといっても過言ではなかった。当の本人であるシオンは全くその事実に気づいてはない。
マスターがすかさずやってきて耳打ちをすると、シオンは眉を顰めた。
(まだ姿を現さない、か)
ここの店主には話しをつけてあるため、現れればすぐに教えてくれる手筈となっているが、自分がこうして通い始めてからあいつは全く姿を現さなかった。まるでここに自分がいると分かっているかのように煙一つ見せない。シオンは懐に閉まってあったレックスから貰った地図を見ると丸印の付けてある部分を見つめる。
(ここに行ってみるか)
丸印の地域には幾つかの酒場がある。ここからそう遠くはないので徒歩でも行けるだろう。シオンは立ち上がると、何も飲んでもいないのに金を適当に置いて店から出て行った。シオンが出て行くのを見届けた大柄の男達は、途端に騒ぐように話し始める。ここの酒場の店主はそっとシオンの置いた金を懐に閉まった。この金はいわば口止め料だ。
シオンが出て行った直ぐ後に大柄で腕っぷしの強そうな金髪のサングラスをかけた男がどかどかと入って来た。辺りを忙しなく見回し始めると固まったまま此方を見ている店主に近づく。
「シオンは来たか?」
「え、ええ。先程いらっしゃいましたようで。ですが直ぐに出て行かれましたよ」
レックスの迫力に少し圧倒されたのか、店主はしどろもどろに答えるとレックスは大きく舌打ちをする。
(まずいな…)
シオン程の腕の実力者ならまず殺られる事はないと思うが、相手がもし特殊なことをしてくるとしたら別だ。シオンは仲間でも何でもないのだから、此方としては金さえ手に入れられれば、全く気にはしなくてもいいのだが、付き合いが長い分妙に気になって仕方ないのだ。
シオンは基本単独行動を行っている為、仲間もいない。もし不利な状況に置かれてしまえばそのままあの世に行っちまうかもしれない。
レックスは更に苛立たし気に店を後にすると、静まり返っていた店内は更に騒がしくさせる。
「今のって、あのレックスだよな?」
「ああ、奴に目を付けられたら最後、勝てる者は誰一人いないという噂だ。今聞こえてきたんだが、奴はシオンをどうやら探しているみたいだぞ」
「ついにシオンまでも目をつけられちまったか。気の毒だが仕方ねえな。奴には勝てる者はいない…」
この酒場は暫くシオンとレックスの話題で一杯だろう。それ程、酒場に居る人々は話題に飢えていた。強い者には従わねばならない、弱肉強食のこの世界では強い者の話題など恰好の話題となるのだった。
***
シオンは結局レックスが書いた丸印を追って丸印の一つである、ある酒場に来ていた。念の為服についている黒いフードを被り気配を消して酒場の中に入る。相手に顔は知られてはいないが、あくまで念の為である。シオンには必ず奴を見つけなければならない理由があった。父親が死んでも尚、シオンの最も大切な女性を追う借金取りの一人である奴は必ず俺の手で制裁を加えてやらないといけない。
シオンには大切な者がいる。
金髪で金色の目をしている、誰から見ても美しい彼女、アリシアはこの世で唯一大切な女性だ。
しかしアリシアは多額の借金を背負っている。理由などシオンにとっては語りたくもないのだが、彼女の父親が酒を毎日浴びるように飲み漁り、ついにはギャンブルにまで手を出し始め、散々借金を様々な場所でした上で持ち金がすっからかんになった所、最終手段として、あろうことか彼女を売ろうとしたのだ。シオンがある理由から彼女を救い出した際、不慮の事故で彼女の父親は死んだ。母親を早くに亡くしており、独りぼっちになった彼女を守る為シオンは立ちはだかる奴らに迅速に対応をしている。
シオンは酒場のカウンター席に着くと、無言で辺りを見回す。奴は現れるはずだ。この酒場かどうかは分からないが、必ずどこかの酒場に現れる。今日で駄目なら明日別の酒場を一日張っていれば良い。どっちみち彼女は安全な場所へ隠してるので暫くは見つからないだろう。
シオンが暫く酒も何も飲まずに見張っていると、騒々しく扉を開いた一人の男が居た。
(―――来た)
目尻の下がった30代の男。フレッド=クレイグは少しにやついた笑みを浮かべてカウンターとは別のテーブル席にどかりと座りこむ。足をとんとんと忙しなく床に叩きつけ、顔はずっとにやけたままである。シオンは奴が見える席に移動しようかと思ったが、奴は何を思ったのか突然立ち上がって扉の方へ行って再び外へ出て行った。
(―――気づかれたか?)
顔は見られていないはずである。俺を見ても分からないはずだ。今の様子に不審な点は見られるが、このチャンスは逃せない。やっと奴の尻尾を掴んだのだ。シオンは直ぐに立ち上がると、奴を追う様に扉から出て行った。
フレッド=クレイグは呑気にゆっくりと歩いていた。シオンが隠れながら着いていくも気づいているのかいないのか、ゆっくりと散歩のように歩いている。時折酒場を横目でチラリと見ると、溜息をついてすぐに歩き出すということの繰り返しだ。
(目当ての酒場でも探してるのか?)
何を思っているのかは知らないが、酒場がある度に立ち止まっているのだからきっとそうだろう。シオンの目的は奴を殺すことではなく、ただ「分からせてやる」だけだ。狙うとしたら奴が人通りの少ない道へ行った時。その一瞬しかない。最後に近くにある酒場を見ると、フレッド=クレイグは何を思ったか突然裏道へ入り始めた。
(罠か?それとも偶然か…)
どちらにしても周りに奴以外の気配は見られないし、奴一人は容易に分からせてやることは出来る。シオンは奴に続いてゆっくりと裏道へ入り込んだ。
裏道へ入ると直ぐに行き止まりがあり、フレッド=クレイグは此方に背を向けて立ち止まっていた。
(どうやら一番目のようだな)
これは確実な罠だろう。シオンはフッと笑みを薄く作ると、フレッド=クレイグはゆっくりと振り向いた。
「やあ、シオン君だったね?」
(名前までご存知だったとはな)
どうやら此方の思った様には事は運ばなかったらしい。シオンは笑みを作ったままフードを取る。シオンを象徴する黒い髪が一気に流れ落ちた。
「俺の名前まで調べ済みか?フレッド=クレイグ」
「おや、僕の名前まで知っていてくれていたんだね。嬉しいよ。それであの女の借金でも返しに来てくれたのかな?ご苦労なことだよ」
「は、笑わせやがる。誰がてめーに金を借りたか分かって言ってるのか?」
「勿論!あの女の父親だろう?だがあの女の父親は死んだ。つまり最終的にあの女の借金となったわけだ。此方もただで金を貸せるほど余裕がなくてね。利子も随分つけて返してもらわないと。そうだな、丁度借りた額の3倍で許してやってもいいだろう」
(どこまでも屑野郎だな…)
シオンは鋭い視線をフレッドに向けると、一気にフレッドと間合いを詰める。一瞬の内に激しい風が起こり、フレッドの目の前に拳が突き付けられる。フレッドはピクリとも動かずに小さく口を開く。
「………何の真似だね?」
「分かってんだろ?俺の行動が何を意味してるのか」
「……つまりそれは戦線布告ということかね?」
「は、間違いじゃねーがそれは少し違うな。布告なんて甘いものじゃねえ。たった今から地獄を味わうんだよ!」
シオンがそのまま男に勢いよく殴りかかろうとした時、チクリとした小さな感触が首に伝わる。それと同時に体の全ての力がぬけ、地面に膝をどさりと着いた。
(―――何だ?)
シオンは直ぐに立ち上がろうとするが、思ったように体は動いてくれず両手は小刻みに震えている。かろうじで動かせる首をフレッドに向けると、フレッドはさも可笑しそうにくつくつと笑っていた。
「面白い!こんな簡単な罠に引っかかってくれるとは!」
「…何をした」
「でも思わぬ収穫だった。まさか君がこんな可愛い顔をしているとはね。ああ、立ち止まる度、酒場の窓に映る君の顔最高だったよ。溜息が出る程に。早く、早く味わいたい…まさかあの女からこんな収穫を得るとは、あの女に感謝しないといけないね」
「…っ何をごちゃごちゃと言ってやがる!俺に何をしやがった!」
フレッドはにやついた笑みを浮かべたまま膝をつくシオンの所へしゃがむと、片手でシオンの顎に手を添える。
「それは今からたっぷりと味わう事になるから、安心したまえ。さて、仕上げだ」
最後にその言葉が聞こえた時、シオンのかろうじて繋がっていた意識はプツリと途切れた。
***
暗い闇に一つの灯りが見える。それは懐かしい我が家の灯り。帰る度に母さんが作って待ってくれていた好物の食べ物たち。それは暗い闇の中でかききえるように消え、新たな光が生まれる。
それは金髪の美しい少女の姿。
深い金色の瞳を向けて、笑顔を見せている。
守るべき人。
たった一人の大切な人。
シオンの体に冷たい衝撃が加わった時、シオンは揺らいだ視界の中で少しずつ意識を浮上させた。
「お目覚めかい?」
久しぶりに良い夢を見ていたような気がするのに、最悪の状況で起こされてしまった。シオンは不機嫌そうに眉を顰めるとようやく今の置かれている状況を認知した。手足を椅子に縛り付けられ身動きができない、更にどうやら今の冷たい衝撃は水だったらしい。髪から水滴がぽたぽたと落ちてくる。目の前にはフレッド=クレイグが一人楽しそうに笑みを浮かべて立っている。
(…くそっ久しぶりにやらかしたな)
暫く単純なミスはしてはいなかったが、ここに来て大きなミスを犯してしまった。何故周りに誰かいるかもしれないということを考えなかったのか。自分らしくもない。このフレッド=クレイグに対する怒りで我を忘れていたようだ。恐らくフレッドの仲間に遠距離から小さな針の様な物で何か「薬」を投与されたに違いない。
「その様子だとようやく自分の状況が分かったようだね」
「…分かりたくもねえ状況だがな」
「この状況でまだそんなに強気な事を言ってられるのか!稀にみる天才だね」
「お褒めの言葉ありがとよ」
唾を吐き捨てるように言葉を投げかけると、フレッドは口角を少し上げて目を細めた。
「それにしても君は美しいね。男なのにその美貌…ああ美しい。一体どうやって手に入れたんだい?」
「おい、それ本気で言ってやがるのか?」
「ああ、勿論本気さ。僕はあるコレクションをしていてね。ちょっとしたお遊びの収集癖とも言おうか…君にもみせてあげようかい?」
(…何を言っている?)
ずっと心の読めない笑みを浮かべたまま熱を含んだ目線で此方を見つめてくるのは、気色が悪いという言葉以外に思い着きようもない。フレッドはニマりと口角を上げたまま一気に後ろにあった真黒なカーテンを引き上げる。
(―――っ)
普段はよっぽどのことがなければ動揺はしない方だが今回ばかりは違った。首のない裸の男女の死体が何体もロープに繋がれて天井からぶら下がっている。後ろの棚に少し見える物体の影は恐らく体の持ち主である首だろう。
「どうだい?ちょっとした収集をしているんだ。腐らない様に温度管理もしているんだよ?だからここはとても寒いだろう?ああ、付け加えておくと、ここにいるコレクションは大抵僕の貸した金の利子に文句をいう奴らでね。でも君のような美しい体が加わるとしたら、醜い彼らにとって最高なサプライズだろうね」
フレッドが愛おしい者をみるかの様に片手をぶら下がった死体に載せると、シオンは眉を顰めた。
(胸糞わりいってもんじゃねーな)
完璧にこいつはイカれてやがる。そろそろここから脱出をしないとまずい。繋がれているロープは完璧に椅子に固定され、両手も後ろでロープに結ばれ、両足も同じく動かない。周りを見ても、この部屋に窓のようなものはない。推測をすると何処かの地下のようだ。薄暗い空間にこの寒さ。暫く放置されれば自身の体は持たないであろう。
(どうする―――?)
打開策は思い着かない。椅子の全体を使って奴に体当たりでもしてみるか?シオンが力を入れようとすると、思う様に力が入らないことにようやく気が付く。
「あ、気が付いたかい?まだ薬が抜けきっていないからね。無理はしない方がいいよ。暫く上手く動かせないだろう。君の自慢の両手足はね」
「てめえ、何が目的だ?」
シオンがギッと睨み付けると、フレッドは湧き上がる笑いを抑えきれないという様にさも可笑しそうに笑い声を立てた。
「くく、面白い事を言うね。ここに来てまだ分からないのかい?君もまたコレクションに入れてあげようって事だよ!」
フレッドが近くにあった棚からナイフを素早く取り、ナイフをシオンに振り下ろそうとした時だった。
勢いよくフレッドが吹っ飛ぶ。一瞬の内にシオンの視界から消え去り、目の前を見ると、レックスがニヤリと笑って立っていた。
「よう、大丈夫か?」
「お前…ここがどうして分かった」
「こういう時はまず先に礼を言うのが筋ってもんじゃねーか?ま、お前に言っても無駄だろうがな」
レックスは笑みを浮かべたまま、シオンの近くに来ると小型ナイフでシオンの縄をサッと切る。シオンは両手を動くのを確認するかのように、軽く肩を回した。
「…今回ばかりは助かった」
「ハッお前からそんな言葉が聞けるとはな!」
レックスはすぐにフレッドが吹っ飛んだ方向を見ると、壁にめり込んだまま白目を向けて意識を失っているフレッドの様子を見て、頭を掻いた。
「…少しやり過ぎたか?」
「これくらいが丁度いいだろ、おいレックス手を貸してくれ」
「何だ、どうした?」
「…何か打たれたみてーでな。立ち上がれねーんだ」
そう言うシオンはこんなに気温が冷えているというのにも関わらず、額にうっすらと汗を浮かべていて、呼吸は浅く繰り返している。レックスは「仕方ねーな」と呟いて立ち上がらせるため肩を貸した。
「おい、平気か?」
「…何とか、な。それよりあそこの死体を持ち出してくれねーか?」
「死体だと?……何だあれは。あんなのどうするつもりだ?」
レックスは死体の方向を見て思わず眉を顰めると、シオンは息を深く吐いた。
「あのままだとあいつらが報われねーだろ。せめてここから出すことだけはしねーとな」
「お前そんな義理堅い野郎だったか?」
レックスがシオンの発言に目を見開くと、シオンはフッと口角を上げる。
「何となく、だ。気にするな」
「…あそこに転がってるぶつはどうする?燃やすか?それとも捕まえて締め上げるか?」
「監獄にでもぶち込んでおけばいい。暫くでてこれねーようにな」
シオンはレックスからフラフラのまま離れると、首のない死体の傍に向かう。
「おい、何してんだ。後の事は俺に任せて、てめーはさっさと戻れ」
「………ああ」
そのままシオンはフラリと倒れかけたので、レックスは慌ててシオンの傍に行き、レックスを受け止めた。シオンの顔を見ると顔色が酷く悪く、ハァハァと小刻みに呼吸をしている。何か打たれたと言っていたが、相当まずいものだったのだろうか。レックスは小さく舌打ちをすると、「仕方ねえな」と呟いた。