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ラインブレイカー  作者: 藤林保起
7/15

翌朝、巧は木曽が囚われていると指定された住所地をグーグルマップで調べ始めた。北には東西をつなぐ旧街道が走り、そこから南へ向かう道路に面した場所だった。一見すると公園のように見えるが、街路樹に囲まれた敷地には駐車場と平屋建ての建物があり、それを囲うように堀が設けられている。さらに北側にはヘリポートまであり、企業としてはかなりの規模を誇っているようだ。

「堀がある建物の下に地下室なんて、あり得るのか?」巧は地図を見ながら疑問を抱いた。しかし、その疑問が合理的に思えることも事実だった。このような堅固な施設には、秘密裏に地下施設が設けられていても不思議ではない。

「南の道路を通ると田園地帯を経由して国道に出る。車ならアクセスはかなり良いな。」巧は画面をスクロールさせながら考えた。もしも緊急脱出や人の出入りを迅速に行う必要があるなら、この地理的条件は非常に有利だ。

地図を睨みつけながら、巧はさらに計画を練る。木曽を救出するためには、事前に徹底的な準備が必要だった。甘利や泉、そして木曽との連絡を緊密に保ちつつ、どのようにこの施設に潜入し、木曽を救い出すかを考えなければならない。


「さて、学校に行くか。」巧は出かける準備をはじめながら、状況の複雑化に思考を巡らせていた。



巧は大学の講義を終えた後、いつものように食堂で昼食を取ることにした。食堂の混雑はいつものことで、どのテーブルも学生たちでいっぱいだった。彼は空いている席を見つけ、トレーを置いて座った。スマホを取り出し、しばらくニュースを眺めていると、二人の女性が近づいてきた。

一人は茶髪で陽気な雰囲気を持ち、もう一人は洗練されたお嬢様風の女性だった。茶髪の女性が笑顔で言った。「ここ、いいかしら?」そして、彼女たちは「ジャーナリズム研究会」の名刺を巧に差し出した。茶髪は斎藤あすか、お嬢様は小島弥生というらしい。

「どうぞ」と巧は微笑み返し、彼女たちが席に着くのを見守った。

「私たち、先日の痴漢撃退事件について取材をしているんです」とあすかが切り出した。「あなたが関与していたと聞いて、是非お話を伺いたくて。」

巧は一瞬驚いたが、すぐにその場の状況を思い出した。拉致犯を痴漢に仕立て上げたあの時のことだ。「ああ、あの事件ですか。構いませんよ、どうぞ。」

弥生が録音機を取り出し、巧に了解を求めた。「録音させていただいてもよろしいですか?」

巧は頷いた。「もちろん、どうぞ。」

あすかが質問を始めた。「あの日、実際に何が起こったのか、教えていただけますか?」

巧は詳細を語り始めた。拉致犯が彼を肩を抱く形で拘束しようとした瞬間、彼は機転を利かせて護身用アラームを鳴らし、大声で「痴漢」と叫んだこと。周囲の注目を引くことで拉致犯を混乱させ、最終的に彼が大学の外に逃げ出した顛末を話した。

女性たちは熱心にメモを取り、巧の話を真剣に聞いていた。だが、巧は話の方向を変えたくなった。痴漢撃退の話はそれほど重要ではなかったのだ。

「ところで」と巧は口を開いた。「仁科君の死亡事件について聞いたことはありますか?」

二人の女性は顔を見合わせ、あすかが答えた。「ええ、噂程度には。でも、それが痴漢事件とどう関係があるんですか?」

巧は微笑みを浮かべた。「直接の関係はないかもしれませんが、興味深い話ですよ。都市伝説めいた内容ですけど。」

彼は仁科君が治験による死を遂げたという話を語り始めた。詳細な情報とともに、治験の背景やその結果についての話を展開した。二人の女性はますます興味を引かれ、巧の話に引き込まれていった。

あすかが興味津々で巧に質問した。「仁科さんは、その治験バイトの情報をどこで手に入れたのか、知りたいんですけど。」

巧は少し考え、慎重に答えた。「その治験バイトの紹介者には心当たりがあるんですが、詳細を話すのは難しいですね。」彼は少し間を置いてから続けた。「実は、その治験バイトは、身寄りのない人や行方不明になってもすぐには捜索できない人を狙っているんです。仁科君も遠くから出てきて一人暮らしだったから、狙われたのかもしれません。」

あすかと弥生は、驚きと不安の表情を浮かべた。巧の言葉には、一抹の恐怖と不安が滲んでいた。その言葉には、彼自身の安全を確保するための警告が含まれていた。

「まあ、これはあくまで都市伝説のような話ですから」と巧は言い添えた。「自分が関わっていると、何か良くないことが起きるかもしれません。そうなった場合には、もしあなたたちが録音した内容が世間に知られるようになれば、少しでもこの問題が解決する手助けになるかと思って。」

あすかと弥生は、巧の言葉を静かに受け止めた。巧はその表情を見て、自分の意図が伝わったと感じた。彼はこの二人がこの状況に巻き込まれず、また自分が危険にさらされることも避けたかったからだ。

「もちろん、私たちも慎重に取材を進めます。何か問題があった場合は、あなたが心配するようなことはありません」と弥生が優しく言った。

巧は安心したように微笑んだ。「ありがとうございます。お二人が協力してくれることで、少しでもこの問題が明らかになればと思っています。」

食事を終えた後、あすかは巧の連絡先を聞き出すための会話を自然に進め、巧が無防備に情報を提供するように仕向けた。


「巧さん、今日の話、すごく面白かったです。特に都市伝説の話、もっと詳しく聞きたいです。もしかして、これからもお話を聞く機会があれば嬉しいなって思うんですが、連絡先を交換してもいいですか?」とあすかは、あくまでジャーナリズムの取材としての理由を述べながら、巧に連絡先を渡すように促した。

巧は一瞬迷ったが、話の流れとあすかの魅力的な雰囲気に押されて、連絡先を交換することに同意した。あすかは巧に対して「小島さんが窓口担当」といった形で適当な理由を付けて、連絡先の交換をスムーズに進めた。

「これからもよろしくお願いしますね、巧さん。何かあったら、ぜひ連絡ください。」とあすかは笑顔で巧に告げ、巧も「こちらこそよろしくお願いします。」と返した。


その後、あすかと弥生は大学キャンパスを離れ、あすかの車に乗り込んだ。あすかは運転しながら、しばらく沈黙が続いたが、やがて口を開いた。

「さて、小島さん。ミッションコンプリートしましたよ。巧さんの連絡先、ちゃんと聞き出せたし。都市伝説についても興味を持ってくれてるし、いい感じですね。」

小島弥生は、あすかの言葉に少し考え込みながら答えた。「うん、確かに巧さんが話していた内容には興味を持ったけれど、今後どうするかはまだ決めていないわ。私自身も、その都市伝説について整理して、何が事実なのか、しっかり見極めたいと思っている。文章化作業も自分でやるつもりよ。」

あすかは、小島の返事を聞いて一安心した。彼女は都市伝説の話を受けた小島の中の、巧への想いが揺らいでいるかどうかを確認したかったが、小島はその意図を汲み取ることなく、冷静に自分の仕事に取り組むつもりであることを示した。

「分かったわ。もし何かあったら、私にも知らせてね。」とあすかは心配そうに言い、小島は頷いた。

「ありがとう。でも、まずは話を整理して、事態を見極めるわ。それが一番大事だもの。」

その言葉を最後に、二人はそれぞれの目的を持って、慎重に行動することを決意した。斎藤あすかはミッションが完了したことに満足し、小島弥生は巧との接触を通じて、彼個人への関心以上に興味深い、都市伝説の真相を探るための計画を立てる準備を進めることになった。



病室の薄暗い照明の下、医療機器の音が微かに響く中、スピードスター、カメレオン、タイタン、そしてグラビティが集まっていた。スピードスターは両足の膝蓋骨を骨折し、ベッドに横たわったままだ。

「これまでの作戦はことごとく失敗に終わった」とスピードスターが口を開く。「自宅襲撃2回、直接確保2回、睡眠薬を盛ること2回。合計6回の失敗だ。特に、私は夜の公園で返り討ちに遭い、タイタンは大学での痴漢騒ぎで顔を晒し、カメレオンは2回も薬を回避された」

「どうしてこうも失敗が続くんだ?」タイタンが拳を握りしめながら言った。「私たちは異能者だ。普通の人間相手にこんなに手こずるなんてあり得ない」

「相手はただの人間じゃない」とカメレオンが静かに言う。「ターゲットは五感が強化された能力を持っていると予測されている。だからこそ、私の薬を2回も回避できたんだ」

「それで、どうする?」グラビティが問いかける。「日中だと無効である閃光や、周囲に通報されるリスクがある爆音は使えない。次の作戦はどうするんだ?」

「激臭作戦を考えている」とスピードスターが答えた。「嗅覚に訴える攻撃だ。しかし、これだと誰もが臭いを敬遠することになる。現実的じゃない」

「まずはターゲットの能力を特定することが優先だ」とカメレオンが口を開いた。「甘利泰子の名前でターゲットを呼び出し、ホテルの一室で毒ガスを散布するのはどうだ?これは捕獲作戦ではなく、能力を特定するための試みだ。捕獲できなくても失敗にはならない」

「毒ガス散布だけじゃなく、よく嗅がないとわからない特徴的なにおいを部分的に散布して反応を見てみるのもいいかもしれない」とグラビティが提案した。「それによって、ターゲットの嗅覚の鋭さを測ることができる」

「それでいこう」とスピードスターがうなずいた。「まずはターゲットの能力を特定し、その後で再度捕獲作戦を立てる。これ以上の失敗は許されない」

沈黙が流れ、異能者たちの緊張感が病室の空気を一層重くした。突然、グラビティがカメレオンに向かって口を開いた。

「カメレオン、お前が最近、治験に紛れ込んで男漁りをしているって話、ほんとうか?」

カメレオンは微笑んだが、その表情にはわずかな苦笑が混じっていた。「ええ。50人に一人しか生き残らないのだから、最後に少しでもいい思い出があってもいいと思ってね。」

グラビティは呆れたように眉をひそめた。「なるほど、事前の診断書で感染症が無いと分かっているから安全だとでも?それで満足するのか?」

「それに、あまり真面目すぎるのも良くないしね」とカメレオンは軽く肩をすくめた。「せっかくの機会を無駄にするなんて、もったいないだろう?」

「やらないと損をした気分になるのかね。学生時代に同じクラスにいる男は全員食った、と自慢するタイプだろ」とグラビティは冷ややかに言った。

カメレオンは笑ってごまかした。「冗談だよ、冗談。そういうわけでもないさ。まあ、気晴らしのつもりだったんだ。」

「さて、話を戻そう」とスピードスターが言い直す。「作戦の策定に戻ろう。毒ガスを使った試みでターゲットの能力を特定し、その後に再度捕獲作戦を立てるという方向で進める。」

「その通りだな」とタイタンが頷いた。

「決まりだ」とスピードスターが結論を出した。「全員、準備を整えた上で、次の作戦に備えよう。」

異能者たちの決意と意志は固まっていた。彼らの眼差しには、次なる挑戦に向けた燃えるような決意が宿っていた。



巧は静かな午後、自室でパソコンに向かっていた。突然、受信箱に新しいメールの通知が現れる。送り主は甘利泰子だ。彼は心の中で緊張が走り、すぐにメールを開いた。


「件名: ディナーのご招待

曽根様、

ご無沙汰しております。お元気でお過ごしでしょうか。 突然のご連絡、失礼いたします。

来週末の土曜日、ホテル・前橋テルサの高層階にあるレストランでディナーをご一緒にいかがでしょうか?夜景がとても美しい場所で、素晴らしいひとときを過ごせることと思います。

ご都合の程、ご返信いただければ幸いです。

甘利泰子」


巧はメールを読み返し、考え込んだ。甘利が以前推奨したVPNを実装しているかどうかが気になっていたが、メールの内容からはその点に触れられていない。彼は慎重に返信を打つことにした。


「件名: Re: ディナーのご招待

甘利様、

お久しぶりです。お誘いありがとうございます。 素晴らしい提案に感謝します。夜景が見えるレストランでのディナーは楽しみです。

ただ、念のため確認させていただきたいのですが、安全な社交場であれば、ご一緒させていただきたく思います。

よろしくお願いいたします。

曽根」


返信を送った後、巧はしばらくして再びメールを確認した。しかし、返信は巧の質問には答えず、単に待ち合わせの日時を確認するだけの内容だった。


「件名: Re: ディナーのご招待

曽根様、

ご返信ありがとうございます。確認の上、以下の日時でお待ちしております。

日時: 来週末の土曜日、19:00

場所: 前橋テルサ最上階レストラン「ゾタ・ビエジャ」

どうぞよろしくお願いいたします。

甘利泰子」


「このメールは安全ではないらしい」と巧は思った。甘利の立場を考え、無難に了承の返信をすることにした。


「件名: Re: ディナーのご招待

甘利様、

日時の確認、ありがとうございます。 その日時で伺います。楽しみにしております。

曽根」


メールを送信した後、巧は深く息をついた。甘利に対する信頼が揺らぐことはない、と言いたいが、この招待には何か裏があると感じざるを得なかった。彼は慎重に準備を進める決意を固め、次の週末に向けて心の準備を始めた。

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