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ラインブレイカー  作者: 藤林保起
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自宅に帰って、パソコンを開き、香坂・跡部・木曽について再び検索をしたが、ヒットしない。あのリアリティ迫る白昼夢が、頭から離れない。だからこそ、もどかしくなる。

続いて、ブログ「マインドトリガー」を開くと、コメント返しがあった。

「初めまして。コメントいただき、ありがとうございます。貴方の書かれた内容に非常に興味を持ちました。同様の治験については、聞き覚えがあります。もしかすると、あなたの御友人からのものかもしれません。もしよろしければ、直接お話しできる機会があればと思います。— 泉新吉」

コメントを読みながら、巧の心臓は不安と期待で高鳴った。同様の治験について聞いていた人として、仁科君である可能性は高い、しかも、同じように情報を探している。巧はすぐに返信を書き始めた。

「コメントありがとうございます。私もその治験についてもっと知りたいと思っています。直接お話しする機会をぜひ作りたいです。メールアドレスをお知らせいただけますか?」

メッセージを送信し、巧はしばらく画面を見つめていたが、すぐには返事が来なかった。気を紛らわせるために、過去の治験の参加者リストや記録がないかと再度検索を試みたが、やはり何も見つからない。ますます謎が深まるばかりだった。

十数分後、メールの通知音が鳴り響き、巧は急いで確認した。送り主は「泉新吉」だった。

「お返事ありがとうございます。こちらにご連絡ください。— shinkichiizzumie@exampo.com」

巧はすぐに新しいメールを開き、泉新吉に連絡を取った。

「先ほどブログでコメントをいただいた匿名です。僕のことはナンマルと呼んでください。お話を伺いたいと思い、ご連絡しました。いつ頃お話できますか?」

自分の自称の名前は、相手の趣味に合わせたのである。別にダメッピでもよかったのだが、知らない人にダメッピ君と呼ばせるのも何だな、と思ってのことである。

そして、思い付いたことがあって、更にもう一通メールを送信した。

送信してから、巧はしばらくして返信が来るのを待った。



翌日、大学の講義を終えると、後ろから呼ぶ声が聞こえた。

「曽根くーん!」

野太い男の声だ。巧は無視してすたすたとロータリーから門に向かう。

「待ってくれよー」と言って、男は巧と肩を組んだ。

…知らない男である。年齢は二十代後半か。私服と思われる上着にジーンズ姿で、撫でつけた髪に浅黒で濃い顔立ち。知らない奴だ。

「ちょっと付き合ってくれよー」と言うと、左手を掴み、背中側に回した手で右上腕を押さえつけた。

凄まじい力だ。思わずうめき声が上がりそうだったくらいに。

どうやら、拉致グループも真正面から捕捉しに来たようだ。大胆不敵な。

しかし、感心している場合ではない。これも白昼夢で見た展開である。ロータリーの外で待機している黒塗りの車に押し込められる前に、ギミックを発動させなければ。右手上腕は動かないが、肘から下を動かせれば問題ない。右手で自分の上着から出てきている紐を思いっきり引っ張った。

ピリュリリリリリリリリリリッ!

警報音が鳴り響いた。事前にこうなるとわかっていたので、大学に来る前に小学生御用達の警報アラームを仕込んでおいたのである。そして、


「この痴漢野郎!何に目覚めて俺を狙った!わかっているんだぞ、お前らがこの大学で男漁りをして暮らしていることぐらい!お前どこ中だよ!名を名乗れ!」

と、事前に用意しておいたセリフでまくし立てた。


それを聞いた近くにいた女学生が、スマホを構え撮影モードにしたようだった。それを見た周囲の学生もそれに倣い、一斉にスマホを出して、あるものは動画、あるものは画像の撮影を始めた。

ヤバッ、何が起きてんの?と、ざわざわし始める。けたたましいアラームの中、周囲は騒然となった。

その状況は、奴には相当まずかったのだろう。巧を解放して一目散に大学正門から去っていった。

巧はアラームの紐の先を慎重に本体に差し込んで音を消し、周囲に

「ご迷惑をかけました。できれば、動画や画像は学生センターに届けるか、知り合いに拡散してください」とお願いすると、学校外へ去っていった。

しかし、巧の心の安堵は束の間だった。拉致グループがここまで堂々と接触してきたのは、彼らが背後に強大な力を持っていることを示唆していた。しかし、左腕の掴まれたところが痛い…自宅に戻る前に、慎重に周囲を確認しながら歩き始めた。


帰り道のさなか、スマホにメールが入っていることに気が付いた。三枝君からだ。

「曽根さん、


こんにちは。昨日、バイト先で仁科君が他のバイトしてなかったか聞いてみたら、甘利さんが何か紹介したみたいですね。あの人から直接聞いてみるといいかもしれません。曽根さんのメアドを教えていいですか?」

…なるほど。確か、甘利さんとはこの間三枝君に会った時に、料理を運んできた人だよな。巧はすぐに

「三枝さん、


ご連絡いただきありがとうございます。ぜひ、教えておいてください。どんな小さな手掛かりでもほしいので。」と返信を入れた。


直後、もう一件メールが入った。泉新吉からだ。

「ナンマルさん、


こんにちは。ナンマルさんですか。僕とは話が合いそうですね。

ところで、昨日僕と会う夢を見ましたか。見ていないと思いますが。

治験の話なのですが、まず、この内容は事件性の高い事柄に関わっている事。

そして、治験参加者の死は偶然ではない事。

さらに、あなたは死なない事。

ここまで聞いても、かなりのリスクがある話であることは理解できると思います。なので、申し訳ありませんが直接会って話すことは控えていただきたく思います。

しかし、あなたはこれからこの件で問題に巻き込まれ、本人の事情に関係なく否応なしに拉致される危険があります。

僕のことが信じられると思ったら、更に返信してください。必要な情報を提供できる自信があります。」

泉新吉は、慎重な人である。

治験者の死が偶然ではない、腑に落ちる話だと思う。自分が死なないことの理由は知りたいと思うし、「拉致の危険」という、今まさに関わっている事案を突いてきたので、これ以上疑う要素は無い、と見られた。普通に考えて「治験」と「拉致」が直接繋がる要素は無い。

巧はすぐに返信を入れた。

「泉さん、


すでに、身の回りで事件は起こっております。まさに拉致に関する事です。あなたが友人と連絡を取っていたのは間違いない、と確信が持てました。

あの治験は何が目的で、拉致とどう関係があるのでしょうか。教えてください。」

と送信する。すると、泉新吉から予め用意されていたと思われる長文のメールが送られてきた。

巧は緊張感を漂わせながらスマホの画面に目を落とし、泉新吉からの長文メールを開いた。メールの内容は次の通りだった。

「ナンマルさん、


まず、あなたが信じてくれたことに感謝します。これからお伝えする情報は非常に重要であり、慎重に取り扱ってください。


製薬会社について

 治験を行っている製薬会社は、表向きは合法な研究を行っていますが、裏では異能者の発現を目的とした人体実験を行っています。彼らは特定の条件を持つ人間を選び出し、特殊な薬剤を投与することで異能を発現させることを試みています。治験参加者の条件は、事前の診断書をもととした健康状態、特に基礎疾患や感染症がなければほぼ通るのですが、それ以外に、家族が少ないなど知り合いが少ない、行方が分からなくなっても気に留められない人を意図的に選ぶ、という独自基準があります。


異能発現薬

 その薬剤は、被験者に異常な能力を与えるもので、具体的には超人的な身体能力やテレパシー能力、予知能力などが含まれます。彼等はこのような能力を「異能」と定義し、それを発現させるので「異能発現薬」と銘打っているのです。しかし、副作用として精神的不安定や最悪の場合、死に至ることがあります。投与後一週間以内の睡眠時に特有の仮死状態がみられ、そこから復帰した人はことごとく、彼等の言う「異能」を発現します。仮死状態から復帰できなかった人は、そのまま死にます。死亡率は98%で、多くは異能を発揮しないまま死亡するのです。ナンマルさんの場合は、正夢という異能を得た時点で、死亡リスクはなくなった、といえます。また、この異能発現薬で得られる異能はランダムで、法則性は発見されていません。


拉致の危険

 あなたが感じている拉致の危険は、まさにこの治験と関連しています。製薬会社の秘密を知った者や、異能を持つ者を確保するために、彼らは傭兵団を雇い、強引に連れ去ることがあります。拉致されると施設で洗脳され、製薬会社の忠実な犬に仕立て上げるのです。製薬会社は、洗脳した異能者と、傭兵団という猟犬を飼っています。


ご友人は、残念な結果になったようです。お悔やみ申し上げます。すべては、製薬会社の方針であって、その犠牲になったのです。しかし、証拠が残らないようにしています。

実は、治験は約1週間ですが、6日間投与されるのは栄養剤であり、最終日に投与されるのが異能発現薬です。万が一にも治験施設で死亡者が出ないように、治験終了間際に投与して、自宅で心臓発作で死ぬ、という体裁をつくっているのです。その中で生き残った人がいないかをリサーチし、生存者を拉致する、というかたちで異能者を実験施設で収容するのです。」


巧はこの情報に驚愕しながらも、すべてが繋がった気がした。巧が治験に参加したこと、最近の異常な出来事、そして自分が狙われている理由が全て理解できた。しかし、ここで重要なのは今後どう行動するかだ。


巧は泉新吉に再び返信を送った。


「泉さん、


貴重な情報をありがとうございます。理解が深まりました。私自身が治験に参加し、その後の出来事がすべて説明がつきました。友人の死の真相がつかめたと感じております。

しかし、友人の死を悼むのも重要ですが、自身は危機的状況であることもわかりました。どうすれば、この状況を打破できるのか、具体的なアドバイスをいただけますでしょうか。また、今後の連絡手段も確立したいと思います。直接会えないというのは理解しましたが、安全な方法で情報交換を続けることが重要だと思います。

よろしくお願いします。


ナンマル」


返信を送った直後、巧は周囲を警戒しながら歩き始めた。彼の心は一刻も早くこの状況から抜け出すための策を講じることでいっぱいだった。泉新吉からの次の指示を待つ間、彼は自らの安全を確保するために、いくつかの基本的な対策を講じることにした。


まず、大学の友人や知人にはしばらく会わないようにし、自宅を出る際には常に後を確認するように心掛ける。また、必要最低限の荷物だけを持ち、素早く移動できるように準備を整える。彼の心の中には、いつかこの状況を乗り越え、平穏な日常を取り戻すという強い意志が芽生えていた。


夜が更けるにつれ、巧のスマホに再び通知が鳴った。泉新吉からの返事だった。


「ナンマルさん、


お返事ありがとうございます。次の手順についてお伝えします。


安全な場所へ移動

 まずは、今いる場所から離れて、安全な場所へ移動してください。大都市の人混みの中や、知り合いが多くいない場所が理想です。


連絡手段の確保

 新しいスマホを購入し、連絡手段を確保してください。現在のデバイスは監視されている可能性が高いため、すぐに新しい連絡手段を使うことをお勧めします。


信頼できる仲間を見つける

 この状況を乗り越えるためには、信頼できる仲間が必要です。もし可能であれば、治験に参加した他の被験者とも連絡を取り、情報を共有してください。


情報の集約と対策

 今後、私から提供する情報をもとに、具体的な対策を講じましょう。必要な資金や物資も支援できる範囲で提供します。」


巧は泉新吉の指示に従い、新しいスマホを購入するために最寄りの電器店に向かった。夜の街は人通りも少なく、巧の心は一層不安に包まれていたが、同時に希望の光も見え始めていた。巧は新たな連絡手段を確保し、次なるステップに進む覚悟を固めた。



「あー、コレ絶対に明日には痣になっているな。」

自宅に帰った巧は、襲撃の跡を確認していた。襲撃者に掴まれた左腕が痛くて赤く跡が残ってヤバイ。どんだけ力を込めたのか。

腕をさすりながら、泉新吉の提案について思案を巡らせた。デバイスの交換と情報共有は比較的簡単なことだが、「安全な場所への移動」と「信頼できる仲間」についてはハードルが高すぎる。

まず、「安全な場所への移動」について考える。都会で人目が多い場所なら、安全性が高まるだろう。しかし、大学への休学届を出すには父親を説得する必要がある。父親は小市民的幸せを望む分、心配性だ。どう説明すれば納得してもらえるだろうか。何よりも、この突然の事態をどう伝えればいいのか見当がつかない。

次に、「信頼できる仲間」について考える。治験の仲間たちとは連絡先を交換していないため、誰が生きているのかさえ分からない。死亡確認が取れていない香坂・跡部・木曽のうち、香坂と跡部については白昼夢でその最期を見た。よって、生きている可能性があるのは木曽だけだ。


巧は部屋の片隅に座り、ノートパソコンの画面を見つめていた。メールの着信音が鳴り、彼はすぐに確認した。差出人は甘利さんからだった。彼女は以前、仁科君のバイト仲間であり、治験のバイトを紹介した人物でもある。甘利さんからのメールは、簡潔だが重要な情報が含まれていた。


「件名: 重大な話があります

曽根さん

こんにちは。甘利です。お元気ですか?実は、仁科君のことでお話ししたいことがあります。とても重要なことなので、直接会ってお話ししたいです。

都合の良い日時と場所を教えてください。

甘利泰子」


巧は眉をひそめた。このメールには何か重大な秘密が隠されているようだった。彼は甘利さんに返信を打ち込んだ。


「件名: Re: 重大な話があります

甘利さん

お久しぶりです。お話、ぜひ聞かせていただきたいです。明日の午後3時に大学前のseventeen hourというカフェでどうでしょうか?

曽根」


わりと早く返信がきた。


「件名: Re: Re: 重大な話があります

曽根さん

明日の午後3時、大学前のカフェ「seventeen hour」で了解しました。seventeen hourといえば、本格アクアパッツァがおいしいんですよね。お話しするのが楽しみです。

それでは、明日お会いしましょう。

甘利泰子」


メールを送信した後、巧は椅子から立ち上がり、部屋を歩き回りながら考えた。甘利さんが知っている「重大な話」とは一体何なのだろうか?治験に関することなのか、それとも仁科君に関することなのか。彼の思考は次第に深まっていった。

すると、彼の足元で小さな影が動いた。飼い猫のハルカが、じっと彼を見上げていた。巧は微笑みながらハルカの頭を撫でた。

「ハルカ、甘利さんと会うことにしたよ。何か重要な話があるらしいんだ。」

しかし、ハルカはいつものように甘えてくるどころか、突然彼の手に猫パンチを見舞った。驚いた巧は手を引っ込めた。

「どうしたんだ、ハルカ?嫉妬してるのか?」

ハルカはそれでも不機嫌そうに見上げていた。巧は困惑しながらも、彼女の気持ちを察しようとしたが、結局は笑ってしまった。

「大丈夫だよ、ハルカ。甘利さんと会うだけだから。すぐに戻ってくるよ。」

巧はハルカを撫でながら、自分がしなければならないことの重さを再確認した。甘利さんとの待ち合わせが、今後の彼の運命を左右するかもしれない。彼は決意を新たにし、明日の準備を進めることにした。

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