⑵
曽根巧は大学の講義を終え、いつものように歩いて自宅へ向かっていた。青空が広がる昼下がり、彼の心はどこか落ち着かない。なぜなら、帰り道で見た白昼夢の中で、彼の家が集団に襲撃される様子が鮮明に映し出されていたからだ。襲撃は今日、これから間違いなく起こる。
なので、直接自宅には向かわず、数メートル手前で、巧は近くのマンションの階段の踊り場に向かい、そこから自宅の様子を監視することに決めた。視界の端に黒塗りの車が停まっているのが見えた。心臓が高鳴る。彼の未来視では、その車から出てきた4人の男が、家の周囲を囲んでいる様子が映し出されていた。
巧は即座にスマートフォンを取り出し、警察に電話をかけた。「もしもし、すみません、家の近くに怪しい車が長い間停まっていて、駐車禁止の場所なんです。すぐに確認してもらえませんか?」
電話の向こうで、オペレーターが応答する声が聞こえる。「はい、すぐに近くのパトカーを向かわせます。どちらの住所ですか?」
巧は住所を告げると、通話を切り、モニタリングを続けた。男たちは一見、普通の運送屋のような作業服を着ており、その行動には違和感を覚えた。二手の別れているあたり、彼らの動きは無駄がなく、まるでプロの拉致集団のようだった。巧は焦りと緊張の中で、冷静に状況を見守った。
しばらくして、自宅の玄関前に立っていた2人の男が、何かに気づいたように慌てた動きを見せた。自宅の裏手に回り込んでいた2人の男も、すぐに車に戻り、4人は急いで車に乗り込んで発車していった。車が姿を消した後、間もなくパトカーが到着した。
巧はすぐに自宅へ向かい、到着したパトカーの警察官に事情を説明した。「ご苦労様です。さっき通報したのは僕です。車が自宅の前に停まっていて、見た目があまりにも怪しかったので通報しました。こちらのスマホで撮った動画です。見てください。」
巧がスマートフォンで撮影した動画を警察官に見せると、警察官は動画に映った車の移動と、パトカーとの入れ替わりの様子を確認した。動画は非常にクリアで、黒塗りの車が巧の家の前に長時間停まっていたことがはっきりと映っていた。
「なるほど」と警察官は頷いた。「付近の警戒を強化します。通報いただき、ありがとうございました。出来れば、動画も提供していただけないでしょうか。」
巧は安堵し申し出を承諾しつつ、警察官に礼を言った。
彼は、この出来事が単なる偶然でないことを知っていた。彼の未来視が再び役立ったのだ。家に帰った後も、彼の心は警戒を解くことはなかった。まだ、この戦いの先に何が待っているかはわからないが、彼は確実に一歩先を見越しているつもりだった。
夕方に父親が帰ってきて、リビングでくつろぐタイミングを見計らって、巧はスマートフォンを取り出した。
「お父さん、ちょっと見て欲しいものがあるんだ」と巧は言いながら、動画を再生した。画面には、さっきの黒塗りの車とその中から出てきた男たちが映っていた。
「これ、今日家の前に停まってたアヤシイ車とその連中。警察も呼んだんだ。警察は警戒を強化するって言ってくれたけど、お父さんも注意して欲しい」
父親は動画を一瞥し、頷きながらも微笑を浮かべた。「そこまで言われてもねぇ、あんまり心配しすぎると疲れちゃうぞ。そうそう大事件なんて起きるわけないだろ」
巧は内心で苛立ちを感じつつ、さらに強く訴えようとしたが、父親ののんきな反応に少し困惑した。父は良くも悪くも田舎ののんびりした空気で生きる人だ。そう変われるものではない。
警察が去った後、また白昼夢を見たのだ。父親が自宅で拉致されるさまを。苛立ちもするが、当の本人である父親とは危機感が噛み合いようがない。思わずため息をついた。
だが、次善の策はある。
「ところでさ、最近、ハルカのために見守りカメラを買おうと思ってるんだ。ハルカの様子をスマホで確認できるんだよ。例えば、仕事中でもハルカがどうしてるか、すぐに見れるんだ」
ハルカが来てまだ一週間。しかし今や、家族のアイドルである。特に父親はハルカを非常に可愛がっていた。巧は父親の反応を注意深く見守った。
「見守りカメラか、それはいいアイデアだな」と父親は興味を示した。「ハルカの様子を仕事中でも見られるのはいいね。すぐに設置できるか?」
巧は心の中でガッツポーズをした。「もちろん。すぐに設置できるよ。ただ、少しお金がかかるから…」
「お金なら俺が出すから、お前が設置してくれ」と父親は即答した。
こうして、巧は見守りカメラと称して、自宅に監視カメラを設置する手立てを得た。自宅の安全を確保するためのシステムを導入することができたのだ。父親の了解を得た巧は、すぐに見守りカメラと周辺機材をネットで購入した。翌日には届くという。
巧は自分の計画が順調に進んでいることを確認し、内心の安堵感を覚えた。しかし、まだ気を緩めることはできない。彼の未来視が示す危機は、まだ終わっていないのだから。巧は決意を新たにし、家族を守るための次の一手を考え始めた。
見守りカメラ設置の翌日には早速動きがあった。午後2時ごろ、玄関前に例の黒塗りの車が停車し、七人の作業着を着た男女が降り立つと、車はすぐに走り去った。一人が裏手に回り、南面のベランダに向かってよじ登る姿が外に仕掛けたカメラで確認できた。その人物はベランダの窓を破り、家に侵入してきた。
「見守りカメラ」などと言いながら、実は屋内に9台、屋外に4台、計13台のカメラを死角をなくすように設置していたのだ。なかなかの出費になったが、父親の出資と、この間の治験バイトで得たお金で折半して支払い、自力で設置した。
間もなく玄関が内側から開き、他の六人が中に入っていくのが映った。一通り間取りを確認すると、彼らは全員1階の玄関からの動線で見えない場所に潜んだ。
一人の男が猫の見守りカメラを発見して驚き、見えないように位置をずらす。そこへハルカが近づき、かまって攻撃を始めた。こんな状況でも猫は無邪気だと思いつつ、僕は父親に電話をかけ、見守りカメラの映像を確認するように伝えた。
「ナニコレ、ドッキリ?」と父親が言ったが、僕は「いや、今時そんなのやらねーよ…」と思いながら警察に通報する旨を伝え、電話を切った後、実際に警察に通報した。しかし、これで彼らが諦めるとは思えなかった。
見守りカメラと同様に、遠隔で音楽が流れるようにセッティングしてあるのだ。僕はスイッチをオンにし、「聞け!俺のドルオタ魂を!」と心の中で叫んだ。
しばらくすると、屋内にいる一人の男が耳を押さえて倒れ込んだ。どうやら音楽が彼にとって耐えがたいものだったようだ。「コイツ、俺の趣味を否定するのか!気に入らん!」などと思いながら、彼らの動揺する様子を楽しんでいた。屋内をいくら探しても、スピーカーは見つからない。なぜなら、スピーカーは屋外のひさしの下に複数設置してあるからだ。
奴らが潜んでいる間は、永遠にこの坂道を駆け上がってもらおうではないか!どうだ、スバラシイだろう!と独り言ちになっていると、彼らはやはりというべきか、屋外に出て、門扉ではなく壁を超えて退却していった。もちろん、一連の動きは録画済みだった。
その後、警察が自宅に来て、二階ベランダの窓が外から破られていたこともあり、現場検証で夜半までかかってしまった。「付近に窃盗団が出る」との情報が共有され、警戒が強化された。彼らは無闇に自宅付近に手を出せなくなったのである。
僕の痛い趣味も近隣に共有されてしまったが。