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ラインブレイカー  作者: 藤林保起
10/15

夜の街が静まり返る頃、三人は約束のカフェ「Seventeen Hour」に集まった。柔らかな照明が照らす店内は、落ち着いた雰囲気に包まれていた。巧は既に席についており、メニューを眺めながら二人を待っていた。

「たっくん、お待たせ!」弥生は軽やかな足取りで巧の元に駆け寄り、その後ろから少し慎重な様子で斎藤も姿を現した。

「ごめんね、待たせちゃって。」弥生は席に着きながら微笑んだ。

「いや、大丈夫だよ。早速だけど、話を始めようか。」巧は真剣な表情で二人を見つめた。

「うん、聞かせて。」斎藤は少し身を乗り出し、巧の言葉に耳を傾けた。

巧は情報筋から得た話を二人に伝えた。「洗脳されていない異能者が施設に囚われている。人数は一人で、女性だ。彼女はスマホを隠し持っていて、最後に連絡を取ったのが8日前。もう連絡が取れないかもしれない。だから、僕が施設に潜入するつもりだ。」

「潜入って…たっくん、それ危険じゃない?」弥生は不安げに眉をひそめた。

「危険なのは承知の上だ。でも、このまま彼女を見捨てるわけにはいかないんだ。」巧は決意を込めて言葉を続けた。「だから、君たちに車を出してほしい。」

弥生はすぐに頷いた。「もちろん、協力するよ。」

しかし、その瞬間、斎藤が割って入った。「私が運転する。弥生には危険なことはさせられない。」

巧はその言葉に微笑んで礼を言った。「ありがとう、斎藤さん。でも、君たちにはできるだけ危険なことはさせない。潜入中は車で待機していてくれ。」

「わかった。けど、もし何かあったらすぐに連絡して。私たちもすぐに動けるようにしておくから。」斎藤は真剣な眼差しで巧を見つめた。

「うん、ありがとう。」巧はその決意を受け止め、頷いた。

三人はその後も詳細な計画を練り、役割分担を確認し合った。弥生は巧の勇気を称賛しながらも、彼の無事を祈るように何度も頷いた。斎藤は冷静に状況を分析し、可能な限りの対策を考えた。



翌日の夜半、8時過ぎ。巧は緊張した面持ちで施設の南面入口に立っていた。目の前には車止めを目的とした閉門された門があり、堂々とした鉄の構造が目を引いたが、それほど高くはない。巧は一息つくと、軽やかに門を乗り越え、静かに敷地内に潜入した。

施設の中は舗装された道路が整然と伸び、その道沿いには街路樹が立ち並んでいた。視界を遮るように配置された樹木が生み出す死角が多く、巧にとっては格好の隠れ場所となる。彼は周囲を注意深く見渡しながら進んだ。

事前にメールで連絡しておいた木曽には、内部で呼応するように電気系統や消火栓のアラームを使うよう指示していた。電源が落ちるか、警報音が鳴るのを合図に、行動を開始する計画だ。

敷地内を進む巧は、やがて建物の影に身を隠し、緊張を抑えながら待機した。夜の静けさが一層、彼の心拍を際立たせる。

突然、施設の電源が一瞬にして落ち、辺り一帯が闇に包まれた。続いて警報音が鳴り響き、施設内は一時的に混乱状態に陥った。

「今だ!」巧は自らに言い聞かせるように小声で呟き、素早く行動を開始した。彼は建物の裏手に回り込み、目標地点に向かって進んでいった。


巧は闇に紛れて進んでいたが、突然「こっちです」という声が聞こえた。その声の主は、平屋建ての陸屋根から軽やかに飛び降りてきた。女性であることは明らかだった。彼女は病院服を着ており、まるで助けを求めているように見えたが、巧は即座に異変を感じ取った。

「お前は誰だ」と叫ぶ前に、巧は用意していた催涙スプレーを彼女の顔に向かって噴射した。女性は一瞬驚いた表情を浮かべたが、すぐにその場にひざまずき、目を抑えた。


「流暢な日本語だな」と巧は呟いた。彼はこの展開を予知していた。目の前の女性は木曾ではなく、傭兵団の一員であると知っていたからだ。彼女を囮にして、巧を捕らえようとする罠だった。

周囲には既に包囲が展開されていた。巧は静かに息を整え、冷静に状況を分析した。闇の中から数人の影が現れ、その中には明らかに武装している者たちがいた。

巧は目の前に現れた武装した影たちを見て、一瞬の判断を下した。戦闘のプロ相手に徒手格闘を挑むことは無謀だ。彼の最善策は逃げることだった。しかし、彼等は相手が異能者であることが分かっていれば、捕獲する事を想定するので、殺害という選択肢が取れない。その制限に付け入るのが彼の計画だった。


突如、物々しい強化スーツを着込んだ人間が姿を現した。彼の名はグラビティ。伊勢宇治綱が肝いりで作成した特別スーツを着た異能者だ。彼のスーツはまだ訓練期間が短かったが、捕獲作戦に実践投入されることとなった。

「スピードスターの足を破壊し、タイタンは大やけどを負った。お前の罪は重い。二人の分、せいぜい痛めつけてやる」とグラビティは宣戦。その言葉に、巧は内心でツッコミを入れた。「お前たちが俺を拉致しようとしたことから始まったんだろ…」

巧はすぐさま行動に移した。敵を背にして森の中へと逃げ出した。彼の足は速く、グラビティの追跡をかわしながら進んでいく。巧は木々の間を縫うように走り、視界を遮る自然の障壁を利用して逃走経路を確保した。


「逃がしはしない!」グラビティの声が闇夜に響いた。その瞬間、スーツの腕からアンカーが射出され、巧の背後の木に突き刺さった。巧が振り返る暇もなく、グラビティはワイヤーを巻き取り、一気に距離を縮めてきた。

巧はすぐに横へ飛び込み、別の木陰に隠れたが、グラビティのアンカー移動は予想以上に素早かった。「立体機動かよ!」巧は心の中でツッコミを入れつつも、その機敏さに驚いた。あれだけ重そうに動いていたグラビティが、アンカーを射出する時だけは異常な速さを見せていた。

グラビティは再びアンカーを射出し、木に突き刺さると同時にジャンプし、ワイヤーを巻き取る。この動作のスピードは信じられないほどだった。巧は次の手を考えながらも、グラビティの動きが異常に速い理由を理解しようとしていた。


26歳の時、会社員だった俺に婚約者の殺人容疑がかかった。状況証拠が揃っていて、弁護士からも「これは認めたほうがいい」と言われたが、もちろん俺はやっていなかった。俺を陥れたやつが憎くてたまらなかった。保釈後に紹介された仕事が、治験だったんだ。復讐するにしても、情報を得るにしても、先立つものが必要だったから、俺は迷わず治験に参加した。

治験が終わって3日後、頭に変な重さを感じるようになった。バランスが悪いと感じながらも、何とか普通の生活を送っていた。そんな中で驚くべきことが分かった。婚約者は生きていて、海外に高跳びしていたんだ。しかも、婚約者と思っていた女は他人の戸籍を使っていて、実は別人だった。彼女がそんな大それたことをした理由は、俺が全く知らない親族の相続権者に指名され、それを嫉んだ者がプロに依頼して社会的に抹殺しようとした、というとんでもないものだった。

この真実を教えてくれたのは製薬会社だった。彼らは、俺がその親族の情報を知りたければ、社員になるようにと言ってきた。正直、乗らない手はなかった。俺は彼らの提案を受け入れ、製薬会社の異能者として、そして復讐者としての道を歩むことにした。


彼が着込んだスーツは、基本的に防御性能に優れ、突撃を想定したものだ。しかし、このスーツの真の力はアンカー射出にある。このアンカー射出で使われるワイヤーは、通常利用では10回も連続使用すれば劣化して使用不可能になる。しかし、グラビティの能力があればその限界を超えることができる。

グラビティの異能は「自分にかかる重力負荷を移動させる」能力であり、「移動先は自身が触れている範囲内である」という条件がある。もし、アンカーが刺さった後に、そのアンカーが刺さっている樹木に重量を移したらどうなるか?その時、彼の身体と着込んでいるスーツおよびその付属品の重量は、全て触れていると見なされる樹木が負担することになる。相対的に、彼と彼のスーツおよび付属品の重量が極端に軽くなる。つまり、ワイヤーの負担はなくなり、重量もほぼなしで軽量のものを樹木に引き付けることになるのだ。

この能力を最大限に活かすために設計されたのが、この伊勢宇治綱渾身の傑作スーツだ。そして、そのスーツを完璧に使いこなす過去最強の刺客。

それこそがこの男、グラビティ!

「強化スーツがある自分は、最強だッ!」


巧は茂みに逃げ込んだ後、グーグルマップで事前に調べて、予知で得たシミュレーション通りに動いた。グラビティを巧みに誘導する計画を立てていたのだ。そして、ポイントとなる茂みの中に隠た。グラビティは「衝突事故に遭う気分でも味わってみないかねぇぇぇぇッ!」と叫びながら茂みに突撃、茂みを抜けると、そこにはすぐに崖が広がっており、下には池が広がっていた。

「ぬフォン!?」と叫ぶグラビティの声が聞こえた瞬間、彼はアンカーを手にし、ドヴォン、と水中に沈んでいった。グラビティは水中で動くことができず、視界も閉ざされ、呼吸もできなくなっていった。必死にアンカーを池の外に向かって射出し、手ごたえを感じたところで重力を移動した。その瞬間、水中の地響きを感じながら、手ごたえのあった方向へ引き寄せられた。崖の上にあった大樹がその重みを利用して池に倒れ込み、グラビティを上から押さえつけたのだ。水中に沈む大樹が波紋を広げ、グラビティはその重みに圧倒されながら、「まさか、こんな形で…」 と思いながら、意識を失っていった。

巧は崖の上の木陰から、池に沈む大木を見ながら、「復讐のために挑んだら、綺麗には死ねないものだろうに」と言い、静かに去った。


巧は息を切らしながら、時間指定して待ち合わせた斎藤と小島が待つ車のもとへと急いだ。泥と蜘蛛の巣にまみれながら、彼は二人に向かって「救出は失敗した」と告げた。その言葉に、斎藤と小島の顔には一瞬の驚きと悲しみが浮かんだが、時間は待ってくれない。

「今すぐに車を出して、ここから離れましょう。」巧はその後、すぐに車を出すように指示した。三人は急いで車に乗り込み、迅速に現場から離れた。

運転中の斎藤は黙っていたが、その表情には計り知れない感情が浮かんでいた。一方、小島も同様に口を閉ざしていたが、彼女の瞳には決意が宿っていた。


ジェイコブは専用回線のテレビ電話越しに、宇治綱に報告を続けた。画面越しに映し出されるジェイコブの顔は、捕獲作戦の失敗による疲れとストレスを色濃く浮かべていた。

「宇治綱様、8回目の捕捉失敗です。」ジェイコブの声には重苦しさが混じっていた。「カメレオンの報告通り、ターゲットが乗り込んできたのは間違いありませんでしたが、用意した替え玉のレイチェルは暗闇の中で一発で看破されました。」

画面の向こう側で、宇治綱は深いため息をつきながら聞いていた。ジェイコブの報告に続けて、彼は「グラビティはどうした?」と訊ねた。

「グラビティは、林間でのチェイスの末に池に沈みました。」ジェイコブは続けた。「その上に大木が覆いかぶさっているため、救出作業が非常に難航しています。」

宇治綱は眉をひそめながら、ジェイコブに「グラビティが池に沈んでからどれくらい経過している?」と質問した。ジェイコブは手元の時計を確認し、答えた。

「120分以上かと推測されます。」

宇治綱は再びため息をつき、手を額に当てた。彼の顔に浮かぶ表情には失望と苛立ちが混じっていた。「これほどの失敗が続くとは…」と呟き、視線を天井に向けた。「ジェイコブ、君たちの手際の悪さはもう耐えられない。グラビティの救出は現時点では無理だ。損失がこれ以上拡大する前に、戦略を見直さなければならない。」

ジェイコブは深く頷き、緊張した面持ちで「承知しました。」と応えた。

「それと宇治綱様、グラビティがダイブした崖の上を調べた結果、わざわざピン止めされたメモ書きが発見されました。」ジェイコブは緊張感を隠しきれない声で言った。宇治綱は興味深そうに、目を細めながら質問した。

「メモ書きには何と書かれていたのか?」

ジェイコブは報告書を確認し、「ホレホレどうしたドチンピラ、早くマニピュレーターでも出してこいや」と書かれていたと告げた。

宇治綱はその内容に眉をひそめ、一瞬静まり返った。挑戦的な言葉が書かれていたことに対し、彼は興味を持った様子で思索にふけった。「なるほど、挑戦状というわけだな。」と呟き、次に冷静に分析を始めた。

「このメモ書きの内容から推測するに、ターゲットは我々の洗脳の異能者であるマニピュレーターの名前を知っているようだ。」宇治綱は語気を強めた。「この情報は無視できない。」

彼はサッカーの戦術に例えて説明を始めた。「サッカーにおけるラインブレイカーという役割を知っているかね?これは敵の防衛ラインを突破してゴールチャンスを作る選手のことだ。私たちの作戦をことごとく突破し、まるで手の内を読まれているかのような存在。彼はまさにそのラインブレイカーだ。敵としては脅威そのものだが、もしもこのラインブレイカーが我々の味方になれば、どれほど強力な助力となるか計り知れない。だからこそ、彼を捕捉するためには、我々もそれに見合った戦術を用意しなければならない。 」

宇治綱は、自らの戦術における重要性を理解した上で、次の指示を出した。「このターゲットに『ラインブレイカー』というコードネームを付ける。以降の捕捉作戦では、この名前で統一するように。」彼の言葉には確固たる決意が込められていた。

ジェイコブはその指示を受け、改めて部下たちに通達を行った。彼の心には、新たな作戦への不安と同時に、ラインブレイカーに対する興味が募っていた。このターゲットの異能を明らかにし、捕らえるための戦略を練る決意を固めた。

宇治綱は、ラインブレイカーとの次の対決に向けて、緻密な計画を練り直し、挑戦を続ける意志を強めた。


ビジネスホテルの一室に、斎藤、巧、そして小島が集まった。ホテルの部屋は簡素ではあるが、広さもあり、三人が座って作戦の報告をするには十分なスペースが確保されていた。

斎藤が運転した車でビジネスホテルに到着したのは、夜が更けた頃だった。救出者を一時保護する場所として用意した部屋である。

部屋の薄暗い灯りが、三人の影を壁に映し出していた。ビジネスホテルの一室で、巧は疲れた表情を浮かべながらも、その目には冷静さが宿っていた。斎藤と小島もその姿を真剣に見守り、次に取るべき行動を静かに待っていた。

「まず、今回の作戦に関する報告から始める。」巧は口を開いた。声には疲労の色が滲んでいたが、言葉の端々には鋭さがあった。「敵の対応が予想以上に迅速であり、情報が漏れていた可能性が高い。グラビティの動きからも、どうやらターゲットが既に洗脳済みであるか、あるいは失われた可能性がある。」

彼は一息つき、斎藤と小島の顔を見渡す。報告は簡潔だったが、その内容は厳しい現実を物語っていた。

小島は眉をひそめ、少し困惑した表情を浮かべた。「それだけで終わりなの?もっと具体的な情報があるかと思ったけど。」

巧は冷静に頷いた。「現時点では、これ以上の詳細はまだ分からない。現場で得た情報はこれだけだ。」

斎藤はその言葉を受け入れ、黙って頷いた。彼の顔には決意の色が見えた。小島も一瞬の沈黙の後、巧の言葉を受け入れた。


実際のところ、今回の救出作戦は名目であり、ミッションは

 木曽芳恵との連絡先の有効性がなくなった事実の確認

 敵への挑発

この二つであり、これを達成すれば上出来だったのである。そこにジャーナリズム研究会を巻込んだから面倒なことになっているのだが。そもそも予知では車中で報告を行い、そのあと斎藤が各自の家まで送って終わる、はずだったのだが、何故か今、ビジネスホテルの一室の三人そろっている。


「分かりました。それでは、今後の行動について話し合いましょう。」斎藤が口を開いた。

巧は再び口を開き、声に力を込めた。「そうだな。今回の失敗から学び、次に備える必要がある。まずは、このビジネスホテルで一晩過ごし、情報の整理と次の計画を立てることにしよう。」

小島が「了解。準備が整ったら、改めて行動計画を立てるってことで。」と言った直後、斎藤が何かを思い出したように表情を変えた。彼は少し沈黙してから、部屋の空気を和らげるように言った。

「すみません、私用の用事を思い出しました。少しだけ外に出なければならないので、先に帰ります。」斎藤の言葉には、どこか申し訳なさそうな響きがあった。

「そうですか。」巧は無理に笑顔を作りながら頷いた。「お疲れ様です。気をつけてください。」

斎藤は軽く頭を下げると、部屋を出ていった。ドアが閉まる音が静かな室内に響く中、小島は巧を見つめた。その視線には、何か言いたげな気配が漂っていた。


遡る事数時間前。


巧が潜入中、車中で待機していた齋藤あすかと小島弥生は車中で話していた。二人の間には何とも言えない沈黙が漂っていた。斎藤は、いくつかの思いを胸に秘めていた。

「弥生、ちょっといい?」斎藤が静かに話しかけた。小島は、無言で頷きながら斎藤を見つめた。

「なに、あすか?」

斎藤は少し間を置いてから、慎重に言葉を選びながら話し始めた。「あのね、弥生。実は私、君が巧に対してどんな感情を抱いているのか、少し気になっているんだ。」

小島は目を大きく開けて驚いたが、すぐにその表情を引き締めた。「どうして急にそんなことを?」

斎藤は微笑みながらも、真剣な眼差しで小島を見つめた。「だって、君の態度から、巧に対する気持ちが普通じゃないことは分かるからさ。」

小島はしばらく黙っていたが、やがて深い息をついてから、正直な気持ちを吐露した。「たっくん…つまり巧のことを、大切に思っているんです。今回の作戦で彼が無事であってほしいと心から願っている。」

斎藤は頷きながら、彼女の言葉を受け入れた。「なるほど…それで?」

「それで、もし救出が成功して、たっくんが無事だった場合には…」小島は少し声を詰まらせながらも、意を決したように続けた。「その時に、私の気持ちをちゃんと伝えたいと思っているんです。」

斎藤は優しく微笑みながら、「分かったよ、弥生。それが君の気持ちなら、私もその時にサポートするから。巧の無事を祈るしかないね。」

小島はほっとした表情で頷いた。「ありがとう、あすか。これで少し気が楽になったわ。」

斎藤はにっこりと笑い、小島の肩に軽く手を置いた。

この車中の会話が、実は巧と小島の未来を軌道修正していた。


ビジネスホテルの一室。夜も深まったころ、斎藤あすかは巧と小島弥生を残して部屋を出た。小島は、斎藤が巧と二人きりの時間を作るために部屋を出て行ったことに気づいていたが、その理由に心がざわついた。心の中では、ずっと抑えていた感情が一気に溢れそうになっていた。

斎藤が部屋を出た後、巧は小島に向かって静かに話しかけた。「弥生、さっきの報告について、何か気になることがあれば言ってくれ。」

小島はその言葉に反応せず、窓の外を見ながら深呼吸した。部屋の中は静まり返り、時計の針が刻む音だけが耳に残る。小島の心臓は激しく打っていたが、決意を固めた表情で振り返った。

「たっくん…」小島は優しく、しかし確かな声で巧の名前を呼んだ。「さっきの話、私は本当にあなたに伝えたいことがあるんです。」

巧は少し驚いたような表情を見せたが、優しく微笑みながら「どうしたの?」と問いかけた。

小島は勇気を振り絞りながら、言葉を紡いだ。「今回の作戦で、私はあなたが無事でいてくれることを、心から願っていた。実は、ずっと前から…あなたに対して特別な感情を抱いていることに気づいていました。」

巧の目が、驚きと興味を混ぜた表情で小島を見つめる。彼の心には、小島の気持ちがじわじわと響き始めていた。

「弥生…それって、どういう意味?」

小島は一歩踏み出し、巧の目をじっと見つめながら言葉を続けた。「私…たっくんを大切に思っています。あなたが危険にさらされるのを見て、どれほど心配だったか分からないでしょう。だから、もし今回の件が成功して、あなたが無事であれば…その時には、私の気持ちをちゃんと伝えたいと思っているんです。」

巧は小島の告白を聞き、しばらくの間黙っていた。その間に、小島は心の中で緊張と期待が入り混じる感情を感じていた。

「弥生…」巧は静かに、小島の名前を呼びながら、そのまま彼女の手を優しく取り。「君の気持ち、ちゃんと受け止めたよ。ありがとう、こんなに大切に思ってくれて。」

小島は目に涙を浮かべながら、ほっとしたように微笑んだ。「たっくんが無事であってほしい、それだけが私の願いです。」

巧は小島の手をしっかりと握り返し、「僕も、君の気持ちに応えるように頑張るから。どんな困難があっても、一緒に乗り越えよう。」と答えた。

部屋の中に流れる静寂は、二人の間に新たな感情を育んでいた。夜の暗闇が二人を包み込み、互いの心に深い絆を結びつけるように感じられた。


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