Big Brother
朝の教室。
「は? ラブレター?」
驚愕したような、この世の終わりのような顔でそうセナが聞き返してきた。
俺は手に持った封筒を見せびらかすようヒラヒラしながらドヤ顔で頷く。
「そうそう、下駄箱に入っててさ」
「そ、そんな馬鹿な……」
よく聞こえないが『……おかしいおかしいおかしい(毎日チェックしてたはずなのに)』等とブツブツ言っているセナ。
そんなに俺にラブレターが来たのが意外なんだろうか?
「ま。今まで散々お前ばっかりモテてきたしな」
ワッハッハと上機嫌で笑う俺。
たまにはこういうのもアリだろう、俺にもとうとう春が訪れたのだ。
すると、そんな俺の服の裾をセナが掴んだ。
心なしか顔が青ざめているように見える。
「……ゆ、優弥。本当に行くの?」
「そりゃあな。呼び出されたし」
ラブレターには"放課後、屋上に来てください"と書かれていた。
だから今日、俺は学校が終わり次第屋上に行くつもりだ。
「う、嘘告! 嘘告かもしれないよ!? いや、きっとそうだ!」
「ウソコク?」
聞いた事のない単語に俺は首をひねる。
某ワンピースの某サンジの事か?
……いやあれはクソコックか。
くだらない。
「そう嘘告! 嘘の告白! ゲームで負けた罰ゲームとして好きでもない相手に告白するってやつ!」
「ひでーなそりゃ」
トラウマもんだろそんなの。
俺がされたら確実に泣く自信がある。
「でしょ!? だから行かない方がいいよ!」
「んー、まぁ確かにそれが本当なら行かない方がいいのかもな」
「……うん! うんうん! そうだよ! だから今日は帰ってボクの部屋でゲームでも──」
「でもやっぱり俺は行くよ」
「………………え?」
「もし本当に告白するつもりだったら相手が可哀想だろ」
「そ、それは……そうだけど……」
再びこの世の終わりのような顔を浮かべるセナ。
俺はそんな友人の頭を撫でた。
「ありがとな、俺の心配してくれたんだろ?」
「ちが……そうじゃ……」
「大丈夫! バッチリ返事してやるからよ! 楽しみに報告待ってな!」
「え、優弥!? ちょっと待っ」
よーし、気合い入れて髪セットしてくるかぁ!!
___
「ゆ、優弥……なんだかボクお腹が痛いみたい」
「え、大丈夫か?」
「ダメかも、だから家まで送ってくれない? 一緒に早退しようよ」
「いやなんでだよ、家の人に迎えに来てもらったらいいだろ」
「……じ、実は今日家に誰もいないんだよね」
「まぁ、それなら別にいいけど。お前家まで送ったら俺学校戻るからな」
「なっ!? ……それじゃ意味が」
「??? なんか言った?」
「な、なんでもないよバカ!!」
「おい! お前お腹は──!」
あれから何かと理由をつけてはセナが俺を家に帰らせようとしてきた。
その度、俺がそれを突っぱねてセナが青い顔でトボトボ去っていくという流れ。
今日だけでもう10回目だ。
セナのやつ、一体どうしたというのか。
___
そして、ついに約束の時は訪れた。
「……優弥ぁ、本当に行くのぉ……?」
ポロポロと涙をこぼすセナの頭を優しく撫でる。
全く、心配しすぎだ。
「そんな泣くなよ。きっと嘘告じゃないから大丈夫だってヘーキヘーキ、ヘーキだから」
「なおさら大丈夫じゃないよ!! 行かないでよぉ!」
そう言ってすがりつくセナ。
そんな彼女の手を引き剥がし、俺は屋上への階段へ1歩踏み出す。
「じゃあ、行ってくるぜ」
◆◇◆◇◆◇
ボクは屋上へ続く階段に座って膝をかかえながら1人泣いていた。
「……うぅっ、優弥ぁ……優弥ぁ……」
涙が止まらない。
息が苦しい。
……こんな事になるなら、その告白してきた女を今日中に探し出して階段から突き落とすべきだったか。
いや、でもそんな事したのが優弥にバレたら確実に嫌われてしまう。
それだけは絶対にいやだ。
スンスンと泣きながらまとまらない頭で色々と告白のことを考える。
「……というか優弥がOKする前提で考えてるけど、断るかもしれないじゃないか」
そうだよ。
その可能性を忘れていた。
相手が優弥のタイプじゃなかったら告白を断るはずだ。
うん、大丈夫! きっと大丈夫さ!!
…………。
「……でもぉ、でも本当にOKしたらどうしよぉ……」
自分ではない他の女と一緒に登校したり、イチャつく優弥の姿が脳裏に浮かぶ。
一瞬止まりかけた涙が再びジワっと溢れ出してきた。
そして徐々に心の中で真っ黒な炎がメラメラと燃え上がる。
(……もしOKしてたら、ふふ……あはは……)
「おっ、待っててくれたのか」
瞬間、背後から聞こえた声にボクは振り向く。
「優弥!」
手をあげながら階段をおりてくる彼はいつもどおりの顔をしている。
ボクは彼にすがりついた。
「こ、告白! 告白の返事はどうしたの!? まさ、ままままさかOKしたとか……!!?」
「おい落ち着けよ、涙で顔ぐちゃぐちゃじゃねぇか」
これが落ち着いていられるか!!
そう言いたかったが、優弥にハンカチで涙や鼻水を拭かれてトロンとしているうちに多少は落ち着きを取り戻したボクは優弥と共に校舎を出た。
「……一応聞くけど、嘘告じゃなかったんだよね?」
隣を歩く彼に問いかける。
……まぁ聞かなくても分かっていることだが。
「おう、ちゃんと告白されたぜ。"好きです付き合ってください"ってな。しかも結構巨乳」
やはり、そうか。
ボクの胸がドキドキと早鐘を打つ。
大事なのはこの後だ。
「……な、なんて返事したの?」
「んー、お前はどっちだと思う?」
「え? ……あっ、えっと、OKしたんじゃないかな……優弥ずっと彼女いなかったし、胸おっきい子好きって言ってたし……」
自分で言っていて辛くなってきた。
いっそ死んでしまいたい。
「へぇ、お前はそう思うんだ?」
優弥がこちらを見てイタズラっぽく笑った。
……え? なに?
どういうこと?
「告白、断ったよ」
「……え?」
正直、微塵も期待していなかった言葉が彼の口から出てボクは固まる。
「俺さ、考えたんだよ。もし付き合ったら当然お前といる時間が減るわけじゃん? それってどうなんだろうなってさ」
「……」
「まだ全然知らないような相手とずっと一緒にいたお前。その2つを天秤にかけてみた時、俺まだお前といたいなってそう思ったんだよ」
「……ぁ……」
「んなわけで断った。だからお前責任とってこれからも一緒に──のわっ、急に抱きつくなよ!」
「うんっ! うん! 一緒にいる! ずっと一緒にいるから! 優弥好き! 大好き!」
「……あぁ、俺も好きだよ」
「……えっ!?」
「だからこれからもよろしくな、"友人兼幼なじみ"として」
「……あぁ、好きってそういう……」
「???」
ボクと彼の想いが通じ合うのはまだまだ先になりそうだ。