雪女は寒いのが嫌いなので暖炉で温まりたい
彼女が雪女になってから一年。
彼女は全身に凍えるような寒さを感じながら、暖炉の前に座っている。
俺は苦しみから救い出すこともできず、震える彼女を静観していた。
大学生になり、お金に困っていた頃、偶然幼馴染みに再会した。
その幼馴染みと同棲を始めて一年目で起こった悲劇。
何が原因で彼女が雪女になったのか。解決策はいつまで経っても見つからない。
氷に閉ざされた彼女を救う力は俺にはない。無力さが胸を打ち、冬に蹂躙される紅葉のように煩悶の波を泳ぐ。
「紅茶が飲みたい」
ボソッと彼女が呟く。
俺はキッチンへ行き、何度目かの紅茶を作る。できるだけ温かい紅茶を淹れて彼女に渡す。
「…………」
紅茶は湯気を立てている。
それでも彼女にとってはぬるま湯に足を浸す程度だろう。
紅茶を飲む手は止まる。
「どうして、雪女になんてなったんだろうね」
「…………」
「氷解は訪れない。私は一生氷の中だ」
治ることを諦めた表情は切なさを滲ませている。
どう言葉をかけるべきか、悩んだ末に言葉は出ない。
「いっそ私を捨ててもいいんだよ、どうして君は私のそばにいてくれるの」
「それくらいしか、できないから」
「そっか……」
好きという言葉は言えなかった。
結果、濁した言葉を返した。彼女は表情一つ変えず、憂鬱の哀顔で暖炉の火を眺めている。
「太陽に飛び込めば私は救われるのかな。身体も溶けちゃうけど」
彼女なりの冗談だったのだろう。
俺は黙って彼女を見つめる。
彼女を救う術はこの先も見つからない。
世界は都合よく回らない。
この先、俺は彼女に何ができるだろうか。今だって何もできていないのに。
もっと彼女に触れたい。
もっと彼女を温めたい。
俺は彼女の救世主になりたかった。
「…………」
彼女は震えている。
永遠の冬が君を蝕むだろう。
それでも──
何もできない自分を変えたかった。
何もしなければ現状は変わらない。
勇気を奮い起こした。
彼女にとって、それが安らぎとなるように。
「俺は……一生そばにいる。どんなに真っ白な世界でも見つけ出して、抱き締めるから」
俺は君を抱き締める。
そっと、全身を愛おしく。
「君は、私のこと好きだもんね」
「初めて会った時からずっと好きを伝えたかったんだ」
彼女は俺の手に手を添える。
その手は冷たいけれど、それ以上に胸が温かい。
「まだ冷たいや。それでも──」
──心は温もりに包まれて私は幸せだ。
「ありがとう。私の心を溶かしてくれて」