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海の挽歌  作者: 門戸
赤い巨人
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97 赤い巨人2:クレアとセイン

 叔母さんを送って、一度北区のうち“みつ蜂”に帰ったけれど、クレアはやっぱり居ても立ってもいられなくなった。


 夜勤に向かうセインに便乗して、もう一度城に向かう。父は心配そうな視線を投げてよこしたけど、「気ぃつけろよ」としか言わなかった。ふくろ股引ももひきの隠しに入れた、ういきょう種の小袋が膨らんでいる。


 あんなに打ちひしがれたエリンを見たのは、初めてだ。


 赤ん坊に変な所なんて何もなかった。小さな手足をひくひく動かして、静かに静かに≪ふにゃあ≫とないたのを、彼女は確かに聞いた。それなのに。


 後産の始末が終わり、エリンが大きな乳房の間にその子を抱いて、背中を丸めて座り込んだ時にシャノンは言った。



「坊ちゃまは、亡くなってお生まれになりました」



 はっと顔を上げ、クレアは叔母と顔を見合わせた。



「あの……??」


「産婆さん、クレア。……事情をくんでください。これは死産でした」



 いつものシャノンじゃなかった。そこにいたのはテルポシエ一級騎士、反論なんてできる余地のない“権威”をかなしく行使して、口をぎゅっと引き結んで立っている。


 帰り道、事情のあるお産なんて珍しいもんじゃない、と叔母さんは言った。


 自分はたぶん、知らないでおいた方が良いことなのだろう。


 わかった、何も聞かない、たずねない。それでもクレアは純粋に、“エリンがよかった”。


 自分とさして年も変わらないのに、大人びてどっしり構えている。それなのに優しくて面白い、いかにも宮廷風な正イリー語で話すかと思えば、なぜか時々下町ことばも飛び出す。頭がいいくせに、たまに妙な所でぼける芸風も好きだった。


 とどのつまりは友だちである。だからたとえ背中を向けられたままでも、近くにいよう。



「大丈夫?」



 低い声が降りて来る。クレアは右斜め上を見上げた。



「なんか、大変なことがあったんじゃないの」


「鋭いなあ、セインちゃん」



 クレアの毛編み筒外套と同じ、青色の首巻に顎を埋めたまま、青年は少し首を傾げる。


 仲良くなった頃はほとんど同じくらいの背丈だったのに、彼はずんずん大きくなって、傭兵お仕着せの墨染すみぞめ上衣と革鎧がしっくり来るくらい、がっしりした男になっていた。



「と言うかね、心配ごとがあって。あたしも良くは、事情知らないの」


「ふうん……言いたかったら、言いなよ。俺、きくよ」


「うん。もう少しはっきりしたら、話すね」



 クレアはそのまま、彼の横顔を見て歩く。



「もうすぐ、お誕生日だね」


「うん」



 どちらの声にも、ほんの少し寂しさがまじる。十八になったら、セインは予備役から本役に移るのだ。


 もちろんそれ以上の年で予備役についている傭兵もたくさんいるけれど、目や耳や膝に問題があるわけでもないセインは、そこにあてはまらない。報酬は増える、けれど戦争になったら最前線に置かれることになる。市に常駐もできない、各地の陣営を渡り歩く生活になるだろう。ほとんど会えなくなる。


 セインがいつも腰にくっつけている、支給品の山刀をクレアはちらりと見る。



――この人が、誰か相手にこれを振るうことになるんだろうか。



 城門が前に迫った。


 セインがゆっくり顔を回して、クレアを見下ろす。その瞳が笑っていた。



「明日の朝、必ず迎えに来るから。勝手に帰んないで、ちゃんとお(ひい)さんの所で待ってて」


「うん。本当にありがとう」


「……お(ひい)さん、クレアちゃんに一緒に居てもらった方が、いいんだろ?」



――すごい、何だかいろいろ見透かされてるみたい。



「やさしいね、君は。ほんとに」



 クレアは微笑んで、城門前の衛兵たちにひょいと頭を下げた。その後ろで肩を少しだけすくめながら、セインは彼女のうなじの青いてがらを見つめる。



――そうでもない。君にだけ、なんだ。



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