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海の挽歌  作者: 門戸
イオナの出奔
95/256

95 イオナの出奔9:シャノン対イオナ

 エリンのと自分のと、空のお椀を厨房に返しに行った帰り。


 居室のある旧北棟に向かう騎士シャノンは、ふと夜空を見上げる。


 篝火かがりびの明るさから離れて、幾つかの星々が輝いているのが見えた。



 ふ――、と息を吐く。長い一日だった。


 後ろ髪をまとめるくたびれた紅色のてがら・・・に、そっと左手で触れる。



――大丈夫。シャノンは頑丈ですから、このくらい何でもありませんよ。……でもね、姫様のことは。どうか姫様を、守ってあげて下さいね?



 星々に微笑んで、さて帰ろうとした所へ、標準装備をした数人の傭兵達がばたばたと早足で通り過ぎた。


 最後をゆく一人が彼女に気付いて、声をかける。



「よっ、騎士姉ちゃん」


「何かあったんですか?」


「うん、西の塔番が妙な光を見たって言うんだよ。まさか今の時期に他国の夜襲とも思えねえが、念のため確認に行くんだ。じゃあな」



 彼らが慌ただしく行ってしまうと、別の足音がかさり、と背後にわいた。



「言った通りに、マグ・イーレだろ」



 どきりとして、シャノンは視線を走らせた。さっきの男達と全く同じ墨染すみぞめ上衣に革鎧、腰に大きな山刀をくくり付けた傭兵が一人、そこに立っている。



「よお」



 そいつはにいっと笑って、深くかぶっていた上衣の頭巾を跳ね上げた。



「……ナイアルさん……?! そのお(ぐし)ッッ……」


「おう、染めてる時間なくってよう」



 彼の頭髪はかなり濃いめの金色だから、丸刈りにしてしまえば、ちょっと見にイリー系とはわからない。



「この時間帯にゃ、傭兵でもないと城に居られんだろ。……おい、何故なぜる」


「あ、すみません。つい……」


「そんな絶望まみれの顔すんなよ。俺ぁそこまで、髪の毛に執着ねえんだ」


「よく城内へ入れましたね」


「へっ、うるわしの一級騎士にお会いしたい一心でね。とにかくこれ、一大好機じゃねえのか?」


「……」


「もう生まれてんだろ? 今すぐ連れて出るぞ」



 闇の中、ナイアルは旧北棟を目指して歩き出した。シャノンは彼の後を追う。



「今って……」


「しばらくは戦いのごたごたで、誰も気付かねえだろ」


「待ってください、今日の昼過ぎだったんですよ!? いきなり強行軍なんて、無理……」



 その時、騎士の背中がのっぴきならぬ気配を感じる。


 瞬時ナイアルの背をぐっと前に押し出し、振り返りざま長槍をまわし構える――



 がきぃぃぃぃぃぃん!!



 地上の闇夜に小さな星々がまたたく、イオナの鋼爪とシャノンの長槍とが衝突して、火花が咲いたのだ!



「……!!」



 ものすごい怪力で前方へど突き飛ばされた(と彼は感じた)ナイアルは、鋼爪の一撃が自分を昏倒させるために繰り出された事を即解して、ぞぞぞと寒気を感じる。



――この女はッッッ!!



 ぎゅううううううん、瞬く間に女ふたりは跳びすさって互いの間合いを取る。



――噂にたがわず、すごい打ち込みですね!?



 前屈立ちにて穂先を下げ、近接戦の構えを取るシャノンは、内の緊張感を見せない平らかな調子で声をかけた。



「イオナさん。こんな時間に、どちらへ行かれるんです」



――はあああ、何でよりによって一級騎士が出てくんの!!



 左胸にフィオナを抱え、腰を低く落として跳躍前の姿勢を取るイオナもまた、自分の間の悪さを呪いつつ、右手の三本刃の隙間からシャノンに低く囁いた。



「……お願い。何も聞かずに、ここを通して」



 シャノンの大きな構えに守られた形のナイアルが、ひょいと顔を出した。



「待てよ」



 両手をだらりと下げたまま、のそりと女二人の緊張に割って入る。右手がぽんと、シャノンの肩に置かれた。



「一級騎士、あんたら本当についてるのかもな」


「?」



 シャノンがすっと横を見る。ナイアルの視線はイオナに注がれていた。



「相当の腕で、しかも母親だ。……おい、あんた」



 すっ、とナイアルはイオナに歩み寄る。自分に向けられたままの鋼爪なんて、もうどうでも気にならないらしい。


 怪訝な顔をするイオナに、彼は大まじめに問いかけた。



「まだ、乳は出るんだろう?」


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