82 恋と卵25:白い声
なにかを聞いたような気がして、メインは目覚める。
あんまり寒いから毛布の中、イオナのわきのあたりまで潜り込んで丸くなって寝ていた。
この寒気も、彼女にはやっぱり全然こたえないらしい。長袖麻衣一枚着たきり、その両腕を頭の横に放り出して、ふう・すか、と秩序だった寝息をたてている。
そうっと毛布の外を見てみると、闇だ。
しかし何かが変だった、静まり返るその静けさが尋常ならぬ精度である。鳥も啼かない夜明け前なのに、闇の濃さも妙だ。いつもと違う。
メインはもう一度、耳を澄ましてみた。
そして、自分のすぐ側から湧いてくる、か細い歌声をとらえた。
蟲の羽音のような、いやもっと微かな震え。旋律とも言えない、でたらめな鼻歌のような……。しかし歌は歌だ。途切れ途切れに、それは続いた。
途切れ目のひとつで、メインはそうっと囁いてみる。
「福ある夜を、……やあ?」
『はあい?』
声がこたえる。驚いた風はなかった。
「きみ、だあれ」
『まだ、わからない。あなた、だあれ』
「ひとの、男だよ」
メインはちょっとためらってから、付け加えた。声は精霊のものではない。名を知られてもいい気がした。
「メインだよ」
『め い ん』
声が繰り返す。
「……いつ、来たの」
『さっき。あのね、とっても寒かったの』
「そうだね、寒いね」
『枯れたえりかの原っぱにいたら、たまごの匂いがした』
メインの心臓が、どくんと飛び跳ねた。
『それをたどってきたら、このひとと、あなたが見えた。深みどり色のメイン』
――もしかして?
「それで?」
『このひと、炎みたいなきらきらの色。あったかそうって思って、近くにいたらね、しゅううってなって、なか、入れちゃった』
どくどくどくどくどく、自分の脈がどんどん速くなってゆくのをメインは感じる。
「じゃあ今、なかにいるんだ?」 なか。中。内側。
『そう、たまごの中』
一瞬息を詰まらせて、……ゆっくりメインは聞いた。
「あたたかい、かい」
『あったかいよ。あついくらいだよ』
「よかったね」
『とてもきもちいいよ。うれしくって、だからうたってたんだよ』
メインは黙り込んだ。しばらくして、こらえ切れずにしゃくり上げた。
『どうしたのメイン、ないてるの? かなしいの?』
「全然悲しくない。あんまり嬉しくて、泣けちゃったんだ」
『そうなの?』
「きみに会えて、ほんとに本当に嬉しいんだ。よく来たね」
『うふふふふ うれしいな』
「鼻かんでくるね」
深く眠り込んでいるイオナを起こさないよう、そうっと寝床を抜け出して、メインはつづきの間へ行った。
裸足に伝わる床の冷たさなど、全く感じない。
目から鼻から涙を出し切って、そこでようやく闇の薄さに気付く。
こんなに静かな、冬の夜明け前なのに。
窓に近寄って、慎重に鎧戸の一番端っこを引いてみた。
外は白かった。
夜更けに積もった雪が、薄闇のなかでぼんやりと、しかし確実に白い光を湛えている。
いま聴いた小さな声のような、まじりっ気のない、澄み切った白さ。
眼前に広がるその力強い純白の祝福を受けて、またしてもメインの目尻からするっと一筋、涙が走り出た。




