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海の挽歌  作者: 門戸
恋と卵
82/256

82 恋と卵25:白い声

 なにかを聞いたような気がして、メインは目覚める。


 あんまり寒いから毛布の中、イオナのわきのあたりまで潜り込んで丸くなって寝ていた。


 この寒気も、彼女にはやっぱり全然こたえないらしい。長袖麻衣一枚着たきり、その両腕を頭の横に放り出して、ふう・すか、と秩序だった寝息をたてている。


 そうっと毛布の外を見てみると、闇だ。


 しかし何かが変だった、静まり返るその静けさが尋常ならぬ精度である。鳥もかない夜明け前なのに、闇の濃さも妙だ。いつもと違う。


 メインはもう一度、耳を澄ましてみた。


 そして、自分のすぐ側から湧いてくる、か細い歌声をとらえた。


 蟲の羽音のような、いやもっと微かな震え。旋律とも言えない、でたらめな鼻歌のような……。しかし歌は歌だ。途切れ途切れに、それは続いた。


 途切れ目のひとつで、メインはそうっと囁いてみる。



福ある夜を(こんばんは)、……やあ?」


『はあい?』



 声がこたえる。驚いた風はなかった。



「きみ、だあれ」


『まだ、わからない。あなた、だあれ』


「ひとの、男だよ」



 メインはちょっとためらってから、付け加えた。声は精霊のものではない。名を知られてもいい気がした。



「メインだよ」


『め い ん』



 声が繰り返す。



「……いつ、来たの」


『さっき。あのね、とっても寒かったの』


「そうだね、寒いね」


『枯れたえりかの原っぱにいたら、たまごの匂いがした』



 メインの心臓が、どくんと飛び跳ねた。



『それをたどってきたら、このひとと、あなたが見えた。深みどり色のメイン』



――もしかして?



「それで?」


『このひと、炎みたいなきらきらの色。あったかそうって思って、近くにいたらね、しゅううってなって、なか、入れちゃった』



 どくどくどくどくどく、自分の脈がどんどん速くなってゆくのをメインは感じる。



「じゃあ今、なかにいるんだ?」 なか。中。内側。


『そう、たまごの中』



 一瞬息を詰まらせて、……ゆっくりメインは聞いた。



「あたたかい、かい」


『あったかいよ。あついくらいだよ』


「よかったね」


『とてもきもちいいよ。うれしくって、だからうたってたんだよ』



 メインは黙り込んだ。しばらくして、こらえ切れずにしゃくり上げた。



『どうしたのメイン、ないてるの? かなしいの?』


「全然悲しくない。あんまり嬉しくて、泣けちゃったんだ」


『そうなの?』


「きみに会えて、ほんとに本当に嬉しいんだ。よく来たね」


『うふふふふ うれしいな』


「鼻かんでくるね」



 深く眠り込んでいるイオナを起こさないよう、そうっと寝床を抜け出して、メインはつづきの間へ行った。


 裸足に伝わる床の冷たさなど、全く感じない。


 目から鼻から涙を出し切って、そこでようやく闇の薄さに気付く。


 こんなに静かな、冬の夜明け前なのに。


 窓に近寄って、慎重に鎧戸の一番端っこを引いてみた。


 外は白かった。


 夜更けに積もった雪が、薄闇のなかでぼんやりと、しかし確実に白い光を湛えている。


 いま聴いた小さな声のような、まじりっ気のない、澄み切った白さ。


 眼前に広がるその力強い純白の祝福を受けて、またしてもメインの目尻からするっと一筋、涙が走り出た。

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