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海の挽歌  作者: 門戸
恋と卵
79/256

79 恋と卵22:ファダン近郊にて

挿絵(By みてみん)


『オーランで冬を越すんだとばっかり、思っていたのに…』



 ぽくぽくぽく……。のどかな蹄音ひづめおとを響かせつつ、真っ黒たてがみのつやつや光る立派な馬が一頭、ファダン領の道を進んでいた。



「あんまり長居も迷惑になりますよ。むこうの皆さんに、顔を覚えられ過ぎてもまずいし……。ひと季節くらいで色々なところを順繰り巡るのが、いいと思いますけどね?」


『そうかなあ……。あそこは暖かいから、あなたの体に良かったのに』


「それじゃ、次の冬くらいにご厄介になりましょうか」



 路の両脇を覆う林の樹々は、朝晩の冷え込みによって、輝かしい黄色に染まっていた。


 ちらほらと混じる褐色赤色の樹々と一緒に、青空へ向かって梢を伸ばしているのを見るのは気持ちがいい。



『秋って大好きよ』



 翼を小さく折りたたんで、ミルドレの後ろにちょこんと横座りしている女は、うっとりした調子で言う。



『森の色が、あなたの頭そっくりになる』


「あはは、私ってば色々なところに出現しますね」



 矢印板の標識があった、ひょいと下馬して騎士は頭巾を跳ね上げる。



「どちらの道をとっても、ファダンに出られるようですが」


『ひと気のない道の方が、気兼ねなく話せていいんだけど。あなたが楽な方を行ってちょうだい』


「うーん。でもじきに陽もかげるし……。こちらを行って、どこかの集落で一泊しましょう。急がないしね」



 そうして彼は再び馬上の人となるべく、黒馬の鞍に手をかけた。


 その手首に、びいいいいいんと衝撃が走る。



「う」



 女は瞬時に翼を広げた、その二枚羽の力強い羽ばたきは風を巻き起こして、続く矢の襲撃を次々にはね返してゆく。


 小さな竜巻に金色の落ち葉が巻き込まれて、踊り狂う。


 森の中から狙撃を試みた男達には、何が起こっているのかさっぱりわからない。


 しかし黒馬の横にうずくまる草色外套の男は、一人っきりですべもないようだ。


 だから彼らは飛び出して、騎士にとどめの一撃をくれて金品を奪おうと、短剣を振りかざす。


 その手の刃が宙にとどまる。


 見えない手が、彼ら二人の胸にある心の臓を握りつぶして、その動きを止めたのだ。


 がくりとくずおれる男達の身体から、両手いっぱいに“熱”をかき出して抱えた女は、翼をひるがえしてミルドレのもとへ舞い降りる。



『しっかりして』



 手首だけではない、左胸の下側にもいつの間にか矢羽根が立っていた。


 そこに女は手をあてる、淡く金色に輝く“熱”がミルドレの身体にまとわりついて、そうして浸透していく。



「ふーう」



 地べたに座り込んだまま、背を伸ばしてミルドレが溜息をついた。


 右手で造作もなく、ぐしゅり、と矢を引き抜く。



「泣かないで、油断してたのは私です。 ……やれやれ、手の方までは足りませんね……。服にも穴が開いちゃったし、やっぱりどっちみち、この先で一泊しなきゃだめみたいだ」

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