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海の挽歌  作者: 門戸
恋と卵
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76 恋と卵19:残照のマグ・イーレ

 その水平線にまじる、西方の岬の数々を越えたところに、黒っぽくそびえるいわおのような沿岸都市がある。


 小さな港を抱いて海にのり出す形のその国は、海側から見れば陸地そばに浮き出た、大きな島のように見えない事もない。


 ここの名前マグ・イーレというのは、おそらくその辺が由来になっているのだろう。大いなる(マグ)(イーレ)


 夜のとばりが落ちかけたその薄闇の中、地続きの島の頂点にある小さな城が、最後の残照にてらされる。



「それでは、テルポシエからの親書を開きます」



 薄闇は室内にも入り込んで、灯りのないその部屋の中では、誰のおもてにも影が落ちている。



「……良い皮紙を、使っているわね」



 貫禄のある深い女の声が言う。


 鋭く、しゃっと蝋封が切られる。


 沈黙が落ちる。薄闇に目が慣れて、はじめてわかってくる人影の数。


 大きな机にかけている女が読み上げた。



「……盛暑お見舞いいたみいります、と。ずいぶんな達筆じゃないの」


「エノの中に相当、イリー語のできる者がいるのでしょうか」



 机の向こう側に立った、かまきりのようにひょろりと長大な影が言った。



「それとも、民間のイリー人を雇ったのかな」



 その隣、丸々とした影が揺れつつうまみのある声で言う。どちらも年輩のようである。



「ちょっといいか」



 小さな影が机に近づいて、羊皮紙を持ち上げる。



「署名は別人だが、他の所はイリー王族の手が書いている」


「どの辺でわかります?」



 かまきりがふわりと問う。



「くせのある黒羽硬筆で書かれている。このはね・・部分の特徴でわかる、これは王族専用の筆だ」


「……王妹が生き残ったと言うのは、本当だったのでしょうか」



 うまみ声が、机の向こうの女に向かった。



「そうであって欲しいわね。悪辣な蛮軍に囚われた王族を助けに向かうイリー同盟諸国、いかにも正当な侵攻理由になるじゃないの」



 ふふ、と女は低く笑った。



「だと良いんだがな……」


「どうしたの? 何が引っかかっているの?」



 女の声が、小さな影に問うた。



「正イリー語によって書簡交信がなされているのであれば、いまだテルポシエ主権はイリー王族の下にある、という事でもある」


「……イリー政法の第七条でしたか……」



 うまみ声が付け加えた。



「エリン姫が、エノ軍を配下に置いているとでもいうの? ありえないわ」


「形式上だけでも、いまだに姫がテルポシエの元首であるという事だ。もちろん誰もそんな事は思っちゃいないが、この文を書いた者……姪はその気でいるのだと、俺は思う」


「まあ、あり得ますね。でもってエノ軍の連中は、つゆとも気付いていない」


「そうだ。そして親書を受け取ったイリー諸国だけが、その意をくむ事になる。イリー元首のいる同盟国相手に、侵攻するわけにはいかん。ふん……親書の返信がなければ、ちゃっちゃと戦の準備にかかれたものを……」


「まあまあ、グラーニャ様。まだ首領メインや、新生エノ軍の事々も調べなければいけませんし」


「そうだな、ウセル。間諜の皆は、元気でやってくれているのだろうか」


「あの……ニアヴ様?」



 机の脇に寄り添っていた影が、所在無げに割り込む。



「何ですか、リンゴウ君?」


「そろそろ、あかりをつけませんか? 今のお話すじで、僕もお見せしたい書簡がいくつかあるのですが、こう暗くては読めません」


「うう……そうねッ……」


「限界ですよ、ニアヴ様。私とウセルは老眼ですからこれ以上どうにもなりませんけど、蜜蝋みつろう節約のために目を悪くしては元も子もありません」


「キルスの言う通りだぞ、ニアヴ。おいゲーツ、ちょっと行って灯りをもらってきてくれ」


「……はい」



 小さな影の後ろに、それまで音もなく表情もなくたたずんでいた大きな影が、ゆらりと動いて扉に向かう。


 彼が取手に手をかけた所で、耳慣れたあの溜息が聞こえた。



「……あの都市(まち)テルポシエを。一体いつ、俺たちは取れるのかな」




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