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海の挽歌  作者: 門戸
恋と卵
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74 恋と卵17:結婚祝い

「ねえ、お嫁さんかっこいいね!」


「……そ、そうだね」



 またしても再来した宴、もうごちそうを食べる理由なんてどうでもよくて、ケリーは鶏肉を幸せそうに頬張りながら、隣のリフィに話しかける。


 いつも以上に歓声が多く、上機嫌の傭兵達であふれかえる中庭。


 遠目に見る新夫妻は一般的な花嫁花婿の姿と全く違って、リフィはお皿を手にしたまま唖然としていた。



「イリー式から、かなりかけ離れてますよね……」


「ほんとね……」



 その横のエリンも、度肝を抜かれていた。


 生成り色の袖なし麻衣に同色の股引ももひきを履いただけ、高く結い上げた赫毛あかげにこれでもかと夏の花々を挿し飾って、背の高いメイン妃はさらにすらりと大きく見える。確かに“かっこいい”。


 横のエノ首領メインと言えば、深緑の短衣という実に地味な装い、横にまとめた黒髪に、なぜか可憐な花々が挿してある。ちんまりとしたその人が右手にお皿を持ち、お嫁さんは肉を片手に、のこった手を繋いで人々の間を談笑しながらそぞろ歩いているのだ。



「……何だか、かわいらしいお婿さんよね」



 ぶふふっ、とエリンの横にかけているシャノンが噴き出した。



「あれっ、クレアと話してるよ?」



 リフィ、エリン、シャノンはもぐもぐしながら、ケリーが示したそちらを見やった。


 花嫁が、ほんとにクレアと笑い合っている。彼女は頭に手をやり、花を一本抜き取って、クレアの耳元に挿した。


 新郎新婦が別の方向へ行ってしまうと、クレアはこちらに気付いたらしい、嬉しそうに寄って来た。巨大な空の籠を抱えた予備役の少年が、後ろに続いている。



「姫様、皆さん、こんばんは!」


「こんばんは、クレア。配達に来たの?」


「ええ、追加注文いただいたので。うちも書き入れ時だからすぐに帰るんですけど……素敵なお二人でしたよね!」



 屈託ないクレアの笑顔はあんまり純で、耳上に挿しこまれた綿菊みたいだ、とエリンは思う。


 クレアを見送りがてら、お代わりをもらいにケリーとリフィが花壇上の席を離れると、誰かがふわりと上から声をかけて来た。



「よっ、お嬢さんら! 一杯どうよ!」



 全く見知らない傭兵だ。


 ひょろりとした長い腕の中からさっと陶器の杯を出して、もう片方の手に持った瓶から中身をとくとく注ぐ。



「あ、わたしは……」



 身構えかけたエリンに少し顔を寄せ、ぽそりと囁く。



「ごきげんよう、姫様」



 それではっとする。シャノンと頷き合ってから、男の手の杯を受け取った。シャノンは鶏肉にむせて胸をとんとん叩いている。



「書のたたみかけは、効いてますよ」



 男はもう少しだけ注いでくれた。



「少なくとも、ルニエ公は理解しています。お続けなさい」



 エリンは彼の目を見て笑う。


 細面にひげをたくさん生やした間諜は、上品ににこりと笑い返した。「では」



「おら、イリー人に無理に飲ましてんじゃねえぞ?」



 男が屈んだ背を伸ばして振り返る、いつの間にかパスクアがそこに立っていた。



「わかってますって。だから果汁をすすめに、ねぇ」



 完全な潮野方言、それも穀倉地帯方面の抑揚で、彼は言った。



「ほんじゃ、俺にも」



 上目遣いのまま、パスクアはぐいっと手中の杯を男に押し付ける。



「あ~、その前に、私にください。私に、げほげっほ」



 盛大にむせ出したシャノンが立ち上がり、空の杯を手に男を脇に押しやる。



「水のんだほうがいいんでねぇのかい、あんた? 向こうにあったよ」


「どこですかー、げほん」



 騎士と男は、一緒にその辺の食卓目指して行ってしまった。


 ぽっかり空いた花壇、エリンの脇へ、パスクアはぺたんと座る。


 ……ごく微かに、蜂蜜酒の匂いがした。



「どうしたのよ」


「……ウレフとノワにやられた。俺は本当に、飲めんちゅうのに。あんちくしょう」



 正面を見据えたまま、パスクアは言う。


 横顔の鼻先が、ちょっと赤くなっている。



「……じゃなくて。髪にそんなにお花をいっぱい挿して、どうしちゃったの」


「これはイオナにやられた。先行の奴らと言うのは、もう本当に。……あんちくしょう」




「ギルダフさん、マリューおじさん! お肉一緒に、どう」


「俺はもういっぱいなんだよ、おめでとうー」


「おじさんは一本もらおうかな」


「はいはい! メインっ」



 骨付き肉を配りつつ、メインは幸せである。


 こっそり二人の後ろをついてくるジェブも、イオナが食べた後の骨をもらえて大満足だ。


 ……でもこれだと、彼女が何本たいらげたのか、全くわからないのが怖いのだけど。



・ ・ ・ ・ ・



 半月か、そこいら前の話である。


 やはりからりと晴れた朝だった、露台に文机を持ち出して気持ちよく朝ごはんを食べ終えた。


 イオナが二杯目の牛乳をぷはっと飲み終えた時、メインはざっと彼女向きに座り直して、きりっと聞いてみた。



「イオナに、お願いがあります」


「なに?」


「俺の奥さんに、なってくださいただけませんでしょうか」


「うえっっっ!?」



 メインはぎくりとする。いやいやいや落ち着け、驚かれるのは想定内だ。……“えっ”ではなく“うえっ”というのが……引っ掛かりはするけれど。



「なんでッッ」



 メインは今度こそ唖然とした! ……なんで??


 用意周到な彼は、今回主に三つの答えが返って来る可能性を想定していた。すなわち


 一)いいよ!


 二)だめ! ごめんね!


 三)やだぁ!


 ……の三択である。一)であればもういう事はない。しかしながら二)および三)であったとしても、メインは一)に覆せると信じていた。いったん引いておいて、そこから月日を重ねて心と工夫を凝らしに凝らし、いつの日か一)の答えをもらうのである。粘り強さは自分の長所と思っていたし、時間を味方につける方法を、彼は心得ていた。


 ……しかし。逆に“なんで”と聞かれてしまうのは、ほんとに予想外だった。



「……なんで、って……」



 メインは必死に言葉をつぐ。



「あなたが好きだから。ずっと一緒にいたいから」


「いや、今でも一緒にいるよ!?」



 イオナの表情に、悪意や駆け引きは全くない。



「メイン、十九なんだよね!?」


「うん」


「そんな早くに決めちゃったら、この先が長すぎないかな?」


「としは関係ないと思うんだけど……」


「あとから、もっと素敵なひとが現れたらどうすんの」



 一瞬おいて、メインの表情がぞぞぞと青ざめる。目を大きく見開いて、うっかり犬の糞の上を歩いてしまった人みたいだ!



「やだぁぁぁぁぁ、そんな事があるわけないでしょおぉぉぉぉ」



 気持ち悪がりようがあまりに大げさで、イオナはぷっと笑った。


 今まで何人かの男に、結婚をちらつかせられた事がある。初めてのあの人も、そもそもそれが前提で救いあげてくれたのだし。でも本当に深く想った面々と言うのは、彼女にそういう話はしなかった。


 嫌だったのは、ほんのちょっとかすったくらいで、勘違いをする男たちだ。


 俺の女になれ。うちの嫁になれ。“自分のもの”になれ。


 どうして男は心を寄せると、すぐに女を所有したがるのだろう?


 こういった占有のお誘いに、イオナはいつも笑顔の右掌底でこたえてきた。勘違いのつまったあごをがつんと上向きに一発、……一番手っ取り早い破局宣言である。そんな彼女だから、メインにもちょっとがっかりした。



――メインも、わたしを“自分のもの”として、おさえておきたいのかなあ。



 だから何で、と問うのである。いやだと否定はしない、右掌底で答えもしないのは、それだけ自分もこの人が好きだからだ。



「何でって、あなたが、あなたであるからだよッ。それにイオナ以外に俺なんて、あるわけないでしょうう、もうっっ」


「……大丈夫?」



 こっちが心配になる程、メインは狼狽している。


 はああああ、頭と肩をがっくり落として、メインはうなだれた。



『だめよ、メイン! そこんとこでふんばんないと~! おきばりやすッ』


『押せ、押すんだなす!』



 文机の陰で、プーカとパグシーの妖精ふたりは、はらはらしている。流星号も脂汗できらきら輝いている!



「……例えば、の話なんだけど……」



 眉根を寄せて、メインは泣きそうだ。



「イオナが迷子になったとするじゃない、……だから例えばだよ? ……その時に俺は、何て言って探し回ればいいのさ。きれいな赫毛あかげのイオナさんを探しています。それとも、赫毛がきれいなうちの奥さんのイオナを知りませんか? 皆、後の方が一緒になって探してくれそうな気がするの、俺だけ?」


「……」


「でもってそういう時にさ、迷ったイオナが帰りやすい目印になりたいんだよ。エノ軍の首領やってるメインが夫なんですけど、どこでしょう! って言や、誰でもばしっとテルポシエを指してくれるだろ?」



 理屈もよれよれだが、メイン自身もふらふらである。朝ごはんを食べたばっかりだと言うのに。


 それでもイオナを、正面から見つめ続けた。がんばれがんばれ。


 彼女の濃い褐色の瞳が笑って、やさしい喜びが見えた。



「……そうかあ、そうだね! 帰ってきやすいね」



 しなやかな手のひらが、左右両側からメインのひたいに伸びて、髪を後ろへかき流す。


 朝の陽光が、あたたかく肌にあたった。



「いいよ! そういう事なら」

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