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海の挽歌  作者: 門戸
恋と卵
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73 恋と卵16:夏の日の会議

 アイレー南東部、イリー諸国が点在する沿岸地域に晩春が、そしてとうとう夏が来る。


 各国間を結んで北部穀倉地帯へ延びるイリー街道は、一年の閑散を経て再び脈をもり返す。


 包囲戦で失った分を取り返そうと、テルポシエの農家は意気込む。


 ティルムンへの通商船が、三月に一度の航行を経て堂々と港に凱旋する。



「にしても、新規の傭兵数がこれだけっていうのは、どうみてもおかしい」



 夏至も近い日の午後。


 辛気臭い中広間なんぞで野郎どうし顔を突き合わせるのはたまらないから、と言う事でここの所会議は全て吹き抜け廻廊で行うエノ軍幹部である。


 長年の野営習慣から、皆地べたに座り込んで話したり飲み食いするのは平気だった。



「勝ち戦の後なんだから、日和見していた奴がのっかって来て一挙に膨れ上がるはずなのに。戦死者分は埋まったが、帰郷しちまった出稼ぎどもの頭数が、今になっても足りてないんだそうだ」



 淡々と言いつらっているのは、赤毛のタリエクである。



「いやー、やっぱ皆今年は安心して、畑で忙しいんでねえの?」



 美声でしゃらっと言うのは巨漢のウーアだ。



「収穫が済んだら、農閑期だけ手伝いますよっちゅう、冬のおっさん傭兵が大量に戻って来ると思うよ。別に今んとこは心配しなくてもいいんでない」


「やっぱり、どう考えてもオーラン攻めは冬以降かぁ。親書は相変わらず、ばんばん来てんだよな?」



 剃髪頭のいかつい奴が、パスクアを見る。



「ご丁寧にな。ああそうそう、今朝は何と、マグ・イーレのが届いたんだよ」



 ええっ! と一同が色めき立つ。



「すげっ! 初めてじゃないのか?」


「見せてくれよ、パスクア!」



 長い事、東の雄テルポシエの対になるイリー西の雄とされてきた、旧国マグ・イーレ。


 地理的に遠いのもあるが、エノ軍としては黒歴史がある事も手伝って、すぐにはぶつかりたくない不気味な未来の敵であった。表立っては言わないが、パスクアも個人的に因縁がある。



「これなんだけど……」



 男どもにみっしり囲まれる中で、パスクアは手元の書簡布を広げる。



「あれっ!? 布だ!」


「他の国からのは羊皮紙よな?」


「……ねえパスクア君、読めねえんですけど。何つってんの? これ」


「頂点にある夏至の陽を喜べ、みたいな事が軽ーく書いてある」


「やっぱ時候の挨拶だけか」


「……いや、それがあんまり短すぎて、どうも“この後はてめえら下り坂だからな?”という言外の含みが感じられる」



 パスクアは、エリンからの受け売りをそのまま言った。テルポシエのイリー人も、マグ・イーレを信用していない節がある。



「うげえっ、そこはかとなく喧嘩売ってんのか。やっぱり危ないな、マグ・イーレの奴らは」



 横からのぞき込んでいるメインは、無言のまま署名をとくと見つめた。


 堂々とした麗筆で、ランダル・エル・マグ・イーレに代わりニアヴ・ニ・カヘル、としてある。


 確か正妃の名だ、マグ・イーレ王は長い事病気だと聞いている。





「……あと、杞憂きゆうで済めばいいんだけどね」



 夏用の軽いももんが上衣に衣替えしている、ギルダフが声を上げた。



「我々の名を語って、山賊追い剥ぎ行為をしている奴らの話を、また新しく市中で聞いたんだ。先行部隊を借りて、いちど俺が出没地に赴いてみようかと思うんだが、どうだろう?」



 大隊長になった彼はジュラの後を引き継いで、軍内監視の役割も担うようになった。不穏分子をつぶす係である。


 ギルダフの言葉に、おおかたの幹部たちは頷く。



「俺らの名を語って、とは言うが」



 しかし隻眼の古参大隊長が、塩辛く言い放った。



「そもそもが俺らは賊なんだって事、忘れてねえか? お前ら」



 場がしーんと静まり返る。



「単に家業をつづけているだけの、孝行息子かもよ」



 へらへらっと軽い調子で、とある中隊長が口を挟む。その耳障りな声に、パスクアの神経がぴしりと反応する。


――……エノとアキルの葬儀の日、城門前でエリンをどうにかしようとしやがった、あいつ。



「父はたしかに、そうだったけどね」



 ざくりと深く切りつけるような鋭さで、メインが言った。



「でも、今の俺たちは別ものだろう? 成り行きでここへ来たわけじゃない、必要に応じて変化したからこそ、テルポシエにこうして陣取っているわけだ。古い部分に固執しているのがいるなら、消えてもらう選択肢もあるよ」



 相変わらず凄みが冴えている。


 一同は再び、静まり返った。



「……まあ、どうしようもない若いちんぴらが、いきがっているだけなのかもしれないから。それなら俺が、軽くしばいてくるしね!」



 穏健にまとめているのかどうか、何となく良くわからない。


 しかしとにかく爽やか調子のギルダフの言葉で場が収まり、本日の会議は終了した。



「それでは、皆さん!」



 誰だよお前! とパスクアが思わずつんのめりそうな程、素早く調子を切り替えて、立ち上がったメインが声高に宣言する。



「今日の晩の食事は、俺とイオナさんの結婚祝いです。存分に飲み食いしてくださーい」


「メイン君、おめでとーう!!」



 ウーアの美声に次いで、皆がおおおと歓声を上げた。






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