69 恋と卵12:うつくしい骨
「……で?」
「で、って?」
「どういう意味だよ」
「意味って……今読んだそのままよ。意訳すれば、エノ軍の皆さんごきげんよう、くらいかしら」
「だから、その意味っすよ。何かこう、あるんでしょ? その長ったらしーい挨拶の裏に隠された、イリー貴族だけに通じる符牒みたいなのが」
エリンは、ぱちぱち瞬きした。
「ないってば」
「あやしいなあ」
ぺかっと白眼部分を光らして、若い傭兵は上目遣いにエリンを見る。
時々見かける、別部隊の若いのである。
実に面白い顔をしている、声も面白いのでエリンは彼にどう接したらよいのかわからず、時々途方に暮れる。本気と冗談の区別はどこなのだ。
「……あったとしても、わたしにはわからないわ。外交書簡なんて、実際に見たの初めてだもの」
嘘は言っていない。
直接目にした事はなくても、兄やミルドレから詳しく内容を教えてもらってはいたけど。
旧テルポシエ宮廷の核であった中広間の長卓に、今ちんまりかたまっているのはエリン、パスクア、面白顔の兵である。シャノンはエリンの後ろに立っていた。
彼らの中央、卓上にはオーラン国印で封されていた羊皮紙の公式書簡が置かれている、そこには実際長々と時候の挨拶が記されているのみ。
ルニエ公のきれいな署名がくっきり映えているが、本当にそれだけのしろものだった。
財産管理庫から呼び出されて、がらんとした中広間で読まされたものは、オーラン公国からの親書であった。
テルポシエから西へ約二十愛里※、やはりシエ湾の沿岸地域にあるイリー系小国である。
エノ軍の次の侵略対象だった。
「まあ、ご挨拶には間を置かず、きちんと答えるのが礼儀でしょうけど」
――次はお前んとこだから、覚悟しとけってまんま書くのか?
思いつつパスクアはエリンを見た。
「わたしは文作りが上手ってわけじゃないから、ここまで長い挨拶はできないけど。単なる返し文なら、いつでも書くわよ?」
いつもと同じく、自然体きわまるエリンの挑戦的態度。
そろそろパスクアも慣れてしまって、違和感を感じなくなってきている。
「ありがとう。二人とも、もう行ってもいいよ」
「じゃ、エルリングさんの所にいます」
そそくさと中広間を出てゆくエリンとシャノンに目をやって、ウーディクはパスクアに低く言った。
「いい骨っすよねえ、二人とも」
「……は?」
「ほらぁ、陽気がよくなってああいう恰好されると、骨がよーく見えるじゃないすか。来たばっかの頃は、首巻に外套でほとんど顔しかわかんなかったけど、今は少し安心してんのかな? 二人とも鎧してないし」
「……骨はどうしたって見えねえよ?」
「そうすかね? お姫ちゃんの鎖骨、なっかなかかわいいけど。騎士姉さんはも~、背骨がたまらん程うっっつくしい」
「全然わかんないんだけど、お前ああいうのが好きなの?」
「まさか」
ウーディクは真面目なおもしろ顔で、パスクアを見据えた。
「審美観の話っすよ。俺が雄としてときめくのは、もちもちふっくらのまろやか女子だけ、骨も性格も七難包み隠す包容力」
「ごめん、すっごい混乱してきたんだけど」
「気にしなくていいすよ。でもパスクアさん、そういうふかふかした女の子どこかで見つけたら、まじで教えて下さいよ。俺、全力でなんぱに行くんで」
「はあ……」
「で、返しの親書は会議に内容だけ通してから、姫ちゃんにちゃちゃっと書いてもらいましょう。あともう一つ、東部からの報告で」
頭の回る若僧であるが、どうもついて行くのにこつのいる奴である。
彼が叔父のウーアと長年組めているのが、本当に不思議に思えるパスクアだった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
※一愛里(アイレーにおける一里)は、おおよそ2000メートル。(P.S.)




