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海の挽歌  作者: 門戸
恋と卵
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59 恋と卵2:雑用現金化部隊

 さらさら、かりかり、ざらざら。


 筆記用の布に硬筆の擦れる音が、絶え間なく続いていた。



「エルリングさん、また一部終わりましたよ。次のは?」


「ああ、こっちの……そこの束だ。箱の隣だよ」



 シャノンと出納係の静かなやり取りが、財産管理庫に響く。


 その間もさらさらとした書き取りの音は続いている。


 薄暗い部屋に二つある机のひとつ、エリンが一心不乱にひたすら写字を続けていた。


 シャノンが置いて行ったものにちらりと目を走らせて、エノ軍出納係エルリングは内心にんまりしている。



――良い、実に良い、何ちゅう達筆だ二人とも。ようやく、うちの軍の書簡にも箔が付くってもんだよ。



 様々なイリー資産の現金化には、とにかく書簡をつくる手間がかかった。


 エルリング一人ではとても手が回らなかっただろうし、パスクアとウーディクは読み書きはできるが、字がまずいのである。


 テルポシエの民間人を雇うことも考えたが、姫とシャノンがその手間を省いてくれた。


 今は、死亡した傭兵らの遺族あての便りすら、エリンとシャノンに任せてしまっている。


 エルリングは計算の方に集中できるのが、ありがたかった。



「今日も、エルリングさんお一人で仕事なのですか」



 また一通、出来上がった文書を置くついでにシャノンが話しかけてくる。



「そうだよ。と言うか、元々俺はたいてい一人で作業する。パスクアとウーディクは、ただの助っ人だから」


「?」


「……あんた、自分の入ってる隊の本分、わかってるかい?」


「実は、あまり」



 騎士は背中を真っすぐ伸ばしたまま、悪びれずに答えた。


 エルリングは手元の表から面を上げる。



「仕方ねえなあ、パスクアの奴も。おいお(ひい)、あんたも聞けよ?」



 さらさら音が止まって、エリンも顔を上げた。



「斥候と間諜は知ってるだろ。うちの先行は、そのちょうど合間にある感じよ。どっちかやれと言うときゃやる事もあるし、もろに実戦に出ることもあるな。


 頭の回る奴を選んであるから、こういう戦争前後の地味な仕事も任される事が多い。あと今、もう一つ大事なのは、不穏分子の監視だ」


「軍内の巡視役って事かしら?」



 エリンが座ったまま、聞いてよこす。



「そうそう。つい最近までその処理専門の幹部がいたんだけどよ、失踪しちまったの。今はパスクアが肩代わりしてるけど、そのうち誰かが正式に受け持つんだろうな」


「じゃあ上司どのは今、そっちの仕事中ということですか」


「そう。北上した先の街道で、ちっと妙な動きがあるっちゅう話だよ。聞いてない?」


「いいえ……」


「全然知らなかったわね。先行って、雑用現金化部隊だと思っていたから、あの人もどこぞで金策に走ってるんだろうって予想してたのだけれど」


「ん~……」



 エルリングは唇を引き結んだ、エリンが言うのも実は一部当たっている。


 先日、手が足りないという晩の料理長のぼやきに応じて、娘たちを厨房に送り込んだ後の話である。


 エリンとシャノンはもう金輪際よこさないでくれ、と晩の料理長はパスクアに言った。



≪おかっぱちゃんは台所に慣れてるよ、それを見て真似るから子どもも使える。けどな、お(ひい)と騎士はありゃだめだ。菊芋の皮をむかせただけだが、……ふたかかえ分も粉みじんにされて、食うとこがなくなった。他のまかないお婆どもに指南されても、さっぱりだ≫


≪何それ……。不器用ってこと?≫


≪大きくなるまで、包丁握ったことなかったんだろうよ。パスクア、昔ガーティンローの賭場で借金作って父ちゃんの金持ちだした時に、罰でひと月まかない手伝った事あったよな? あの時のお前さんの方が、よっぽど使えたよ≫



 隣で聞いていたエルリングには、パスクアの渋面がしっかり見えてしまっていた。


 以来、リフィとケリーは厨房などでの雑用、エリンとシャノンは書類作成で主に現金化作業を手伝わされている。


 一応先行部隊所属の彼女たちだけ見ていれば、確かに雑用現金化部隊とも言えた。



「よう」



 かたりと音がして、半開きだった扉がひろく開いた。


 噂をすれば、とエルリングは思う。戦闘用の装備をしたパスクアが立っていた。



「ごきげんよう」



 女二人の声が低く重なる。



「……」



 このご挨拶にどうしてもなじめないパスクアは、今日も一瞬渋面を作った。



「実地行って来るから、しばらく留守にする。シャノンとエリンは引き続き、エルリングの書類作成を手伝ってくれ。エルリング、あとよろしくな」


「あいよ。あさっての葬儀には戻るんか?」


「そこまで長引きはしないと思う。俺んとこの半分と、ウーアの一個隊で行くから」


「そうか。気をつけなよ」


「ご武運を」



 実地というのはすなわち実戦なのだろう、と見当をつけたシャノンは短く礼をする。



「じゃあ」



 素早く騎士と姫とに目を走らせて、パスクアはもうそれできびすを返す。


 深めに目を伏せていたエリンとは、視線は交わらなかった。



「ということだからね。はい、次行ってみよう」



 エルリングは元通り計算表に目を戻し、シャノンは新しい書束を手に、エリンが座り直した机に戻る。


 出納係の方を見てから、エリンは隣に腰掛を引き寄せたシャノンに心もち顔を寄せる。ひとさし指で頬をつついて見せて、唇だけを動かした。



(見た?)


(見ました。)



 唇の動きで、シャノンも答えた。


挿絵(By みてみん)

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