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海の挽歌  作者: 門戸
恋と卵
58/256

58 恋と卵1:クラグ浜の探索

「ここで間違いねえんだよな」



 男がだみ声で、すぐ先の馬上から問う。



「うん」



 イオナも大きく答えた。


 海からの風がつうと通り抜けて、後ろにまとめた豊かな赫毛あかげと、巻き外套の裾がひるがえる。



「何度来ても、空っぽでしかねえ。本当に海賊の奴ら、ここに待機してたんか」



 痩せぎすの男は、黒いとさかのような髪を振り立てて言った。



「その辺からしてエノ王のがせ・・つうか、俺たち煙に巻かれてた気もするんだな。うひひ」


「でもウレフ、一緒にいた幹部の爺さんも消えちゃってるんだよ。うちの兄たちだけじゃなく」


「ぐひひ、それにイスタもだ。おかしいよなぁ? 海賊が仮に本当にここにいたとしてよう、二十人もいっぺんに行方不明てのは、おかしすぎる。摩訶不思議ってやつ」



 シエ半島にあるクラグ浜。


 そこを見渡す少し高まった浜草の茂みの上、イオナは先行同僚のウレフと一緒にたたずんでいた。


 朝いっぱい砂浜をくまなく探索したが、先の大戦中に消えてしまった兄ヴィヒルと義姉アランの手がかりは、全く掴めなかった。


 もう二廻り以上も時間が経ってしまっているから、もともとあまり期待はしてなかったのだけれど。



「うおーい」



 松林の方から声がして、栗毛馬にまたがったずんぐり男がやって来る。



「どうだったい、ノワ」



 ウレフが問う。この二人は、たいがい一緒に組んで仕事をしているのだ。



「いやいやいや、あったぜ収穫が、うひひひひ」



 それでイオナとウレフは、はっとノワを注視する。


 本人もだいぶ興奮していると見えて、息が弾んでいた。



「この、ちょっと先に小さい集落があってよ。そこのじじいが言うには半月ばかりの間、浜でかなりの“破片”を見たんだと」


「破片? 船の?」



 ウレフが問う。



「船と、人間だ」


「どういう……」



 眉根を寄せて、低い声でイオナが尻切れとんぼの問いを発する。



「あのな、……イオナ」



 ずんぐり男は、ぎょろりとした丸い目で彼女を見る。



「お前はほれ……水棲馬に喰われかけたんだろ。大丈夫か?」



 風采は酷いが、気遣いのできる優しい男だ。



「それはもう大丈夫だから、聞いた話を教えて」


「……よし。じじいは長くここに住んでるが、の高い時刻以外は浜に近寄らない。テルポシエ近くの浜同様、ここにも水棲馬がうじゃうじゃいるからだ」


「げえ」



 ウレフは思わず海の方を見やった。 



「全然聞いてねえぞ」


「ただな、積極的に人や動物を襲うんでなし、屍骸あさり専門なんだと。だから嵐の後なんか、難破した船のばらばら木っ端になったやつが、はらわたと一緒に流れ着くことが多いそうだ」


「……何ではらわた?」


「あ、お前知らん? 水棲馬ってのは、はらわただけは食い残すんで有名だぞ。難破した船をだな、こう水中でこじ開けるのにばらばらにして、中にある死体を引き出してんじゃねえかとじじいは言っていた」


「だから、船も死体もばらばらってこと……」


「おいイオナ、大丈夫かよお前? 言わんこっちゃねえ、真っ白になっちまって」


「大丈夫だよ」



 心配そうな視線を向けるウレフに、無理にイオナは笑ってみせる。ノワはうなづいて続けた。



「……だからな、こういう話かもしれん。あの夜、エノ王が言ったように潮流変化が起こって、海賊たちは予定通りジュラじいさんを乗せて出航した。けど何か都合の悪いことが起こって、船は沈んじまった」


「二艘ともか?」


「たった二艘だったの?」


「……そう、聞いてるけどな? ……で、その船二艘は沈んじまって海賊たちは溺死、死体は水棲馬に喰われて消えた。船は粉々になって海の藻屑、だから奴等の痕跡は見つからないのさ、うひひ」


「他に説明つけられねえだろ。陽動作戦は失敗だったんだ。ぐひひ」


「いや、結果としてテルポシエ騎士の何割かを港に釘付けにできたんだから、成功とも言えんか」


「だな。で、ヴィヒルとアランは……」


「……海賊の出航を見て、予定通り本陣に引き返したんだと思うよ」


「自信ありげだな、イオナ?」


「うん。あの二人、船が苦手で乗るとげろげろのぐろぐろになっちゃうから、間違っても同乗したってことは絶対にない。馬で帰る途中、イスタと行き会って……」



 黙り込んだイオナを、男二人はむさ苦しく見守った。



「あー……。やっぱりその先、謎」


「うひひ、けどあの頭良いアランの奴が、そう簡単にくたばることはねえやな。何か、別にちょっとした事情があんのかもしんねえぞ? 消えたままなのは……」


「下手にお前が動くより、向こうから連絡よこすまで、テルポシエで待ってみても心配いらねえと思うがな」


「……ほんとに、そうかもしれないね」


「旦那と、いま一度蜜月を繰り返したいだけなんじゃねえのかい。ぐひひ」


「うひひ、アランはいつだって蜂蜜酒に浸かってただろうがよ。ん? ところで餓鬼はどうなるんだ」


「イスタはありゃー、便乗してどこぞへ逃げちまったんだろう。無理もねえよ、むひひ」


「んだな。子どもが里に帰ったってだけだ、ぬひひ。あんまし騒ぎ立てると、パスクアも脱走兵扱いにするしかなくなるしな、ほっとこう」


「んだんだ。大人の俺たちが黙っときゃ済む話だぜ」



 多少下品ではあるけれども、古参先行二人組の言葉には、イオナを納得させる重さがあった。



「二人とも、本当にありがとう。ここまで探すの、付き合ってくれて」



 イオナは真面目に言った。



「これで、ちょっと吹っ切れたよ。わたしもう少し、テルポシエで待ってみることにする」


「ぐひひ、いいんだよ。戦の合間だ、どうせ暇はあるんだし」



 ウレフがとさかを振って微笑した。



「それにどっちみち、消えた海賊とジュラじいさんの消息は調べなきゃいけなかったんだ」



 ノワも、眼をぎょろつかせて頷く。



「パスクアの坊主の指令を、先回りして仕事しちまったな。俺らって本当、いかす奴ら」



 うひひひひひ、二人組が独特の笑いを重ねるのを聞いて、イオナもおかしくなって笑う。




 馬の鼻づらを松林へと向け、三人は帰路につく。


 街道に出ると、ちらほら行商人の荷車と行きあう事も多くなった。封鎖が解かれて以来、人の往来がどんどん復活している。


 非番時扱いのウレフとノワは、重装備ではないから一見ただの旅のおじさん、失敬、旅のお兄さんにしか見えない。ごく自然に人の目や耳を警戒してはいるが、おしゃべりな相棒ふたりはひっきり無しに話している。



「時にイオナ。先行の仕事を辞めるっつうのは、本当なのかよ」



 ぎょろりと眼をむいてノワが言う、非難ではなくてこれは好奇心の眼差しだ。



「辞めるよう、説得されてる」


「誰にだよ。新しい彼氏様にか」


「うん」


「あのなあ、嫌なら嫌とばっさり言えよ。イオナなら、言えるだろうが」


「うん」


「女を言いなりにさせようなんて奴は、ろくなもんじゃねえ」


「いや、あの人そういうんじゃないんだけど……」



 少々口ごもったイオナを見て、ノワは肩をすくめる。



「女房かかあは、好きにさせとくのが一番だ」


「お前さんは、それで嫁に逃げられたんでなかったかい、ノワ」


「うるせえよ、ウレフ。とにかくだ、誰だって自分の人生好きにできるんだ。惚れた女の仕事やめさすとか、何様だ」


「一応、王様なんだよね」



 苦笑しながら言う、イオナ自身も知って日の浅い事実だった。



「……すごい心配性の」



 今日だって、ひとりで探索に来るはずだったのに、パスクアに言い付けて非番の二人を随行させたのもメインだ。



「あの子は、本当にまだわからんね。どういうかしらになるんだかな」



 頭を振りつつ、ノワは言う。メインの事を言ってるのだ。


 ウレフはまたしても、頭頂のとさかを揺らす。



「ま、面白いと思うぜ? 爪を隠して、ひよっ子ぶりっ子で通してたのを、俺らですら見抜けんかった鷹の王様なんだからな。これからじっくり、お手並み拝見と行こうかい。うひひ」


「エノとアキルの葬儀が明後日だから、そこで正式に発表なんだってなあ」



 ノワがぼやいた。



「ここんちの葬式は、楽しく飲んで食っての会だからな。イオナ、お前はまた肉食い過ぎんなよ? ぐひひ」



 心配性の男どもばっかりだな、とイオナは心のうちで溜息をついた。






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