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海の挽歌  作者: 門戸
父殺しの新王
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46 父殺しの新王2:精霊使いと理術士の戦い

 がくり、


 両膝をついてメインは座り込んだ。


 荒く息をつく、体じゅうが動悸に合わせて震えている。背後の緑樹の女がいたわるように、彼の両肩に手を添えた。その側へ、ちらちらっと輝きながらやぶにらみのパグシーが舞い降りる。



『さすけねえが?』



 うなづき返そうとしたその時、気迫とともに大音声が襲い掛かって来た。



「下れ、火柱!」



 メインは咄嗟にパグシーといも虫を抱え込んで右横に飛びすさり、緑樹の女はメインをかばうようにして、その樫の梢のような豊かな髪を一斉にひろげる。



 どおおおおおん!!



 メインが座り込んでいたその場所に、宙から直下してきた火球がぶつかって炸裂する。


 赤い爆発から生まれた幾つもの小さな光つぶてがまた、その周囲をひゅるひゅると巡り回ってから、母体となる火球にたち帰ってゆく。



『ひゃああああ! 危ねぇな、何だぁ!?』


「やっぱり来た。パグシーの結界もあいつには効かない、みんな隠れろ」



 腕の中のパグシーは瞬時に消えた、緑樹の女は一瞬メインを心配そうに見てから、消えた。


 柵壁の一部が焦げ付いて、石灰岩の表面がぼろぼろになっている。


 メインはすっくと立ちあがると、襲撃者に向き直った。



「どうも嫌な予感がして、来てみたら……。メイン、あなたは」



 怒りと悲しみの炎に全身を燃え立たせた老賢人が、大きく見開いた瞳でメインを見つめていた。


 右手に構えた彼の武器、ティルムン聖樹の一部だったその杖の頭部分が白く輝き、次の理術の発動に備えている。



「エノを……私の、我々の王を……! ……断じて、許さんぞ」



 目尻でこらえた涙の決壊が、行き場を失って彼の語尾ににじむ。


 他の者なら見えなかったろう老賢人の深淵を、メインは見ていた。


 だから敢えて、挑発の表情で笑ってみせた。



「だったら何だ。俺を殺して、新しい王になるかい? むしろそれが、あんたの狙いじゃないのか。アキル」


「何だと!!」



 見当違いのちゃちな難癖をつけられて、アキルの憤怒が哀しみを凌駕した。


 それでいい、とメインは思う。自分がこれから戦い殺すのは、最も惜しかった存在をとうとう亡くし、腑抜ふぬけた老人であって欲しくない。


 一瞬目を閉じ、そして再び見開いた目は、怜悧なる理術士アキル師のそれだ!



「この場で殺しはせん、最大の罰でもってつぐなってもらおう。……だからエノには、いつも言っていたのだ」



 今度はアキルの語調に、挑発と軽蔑とが混じりこむ。



「あんな蛮族の女に子を産ませたりしたのが、そもそもの間違いだったのだ」



 わずかに奥歯を食いしばっただけ、表情を変えずに耐えたメインだが、肌の上の文様は燃え立つようにその緑色を濃くした。



「その、緑の入れ墨……。あの女め、やはり継承の儀式を完成させていたな」



 冷ややかな態度を崩さず、アキルは続ける。



「まあ、いくら小賢こざかしい精霊どもを召喚したところで、私の理術にはかなわない。お前の母が好例だ。強かったが、私には勝てなかった」


「確かにね……」



 すう、とメインの体から力がけたように見えた。


 肩がなだらかに落ち、握りしめていたこぶしがかれる。



「けど、彼女は」



 次の瞬間、アキルは目のすぐ前にふっと迫ったメインの瞳に、射すくめられる。



「体術は、知らなかったろう?」



 呟きのような言葉とともに、鋭い手刀打ちが左耳元に入って、アキルはよろけ転んだ。


 すぐに起き上がり杖をかざす。



「図に乗るな、小僧!」



 そして素早く詠唱を始めた。



「いざ来たれ 群れなし天駆ける光の粒よ、高みより高みよりいざ集え」



 杖の先が、再び白い光を強く帯びる。



「集い来たりて 我が敵を、薄闇の眷族けんぞくを撃――」



 その光をメインにむけた所で、老賢人の体はぐぐっと向きを変えられた、首根と腰に抗しがたい静かな力が加えられる。


 ばしゃん。


 風光明媚な展望露台には、イリー人のしつらえた水場もあった。恐らくは雨水を貯めておいて、その辺にある常緑樹に水やりをする目的だったのだろう。それは年を経て青く濁り、さながら小さな沼のようだった。


 彫刻で飾られたその岩づくりの水場に、アキルは頭から突っ込まれたのである。



 ――しまった! 詠唱ができん……!!



 ごぼごぼと泡を吐きながら、理術士は焦燥して抵抗するが、メインは両手両脚を使って、完全にアキルの自由を奪っていた。



「言葉にばかり頼っているから、こういうことになる」



 人体の筋機能に精通するメインには、さほど力をかけずにこのままアキルの溺死を待つと言う選択肢もあった。しかし彼は、慎重だった。


 メインの足元から、ふわりと緑色の猫が二匹、霧のように湧いて出る。


 二匹はいちど、メインのくるぶしに柔らかく身をなすりつけて甘えてから、すたすたっと老賢人の背にのぼっていった。



 ・ ・ ・ ・ ・



 からからに軽くなったそれを、メインはずるりと引っ張って、柵壁の上にのせる。



「よっこいしょ」



 重くはないが、長いものである。うまく扱わないと毛織長衣の中身が砕けて、さらさらこぼれ出てしまいそうだ。



――忘れたものはないかな、……ああ、帽子が落ちてた。



 辺りを見回し、拾い上げた毛皮の帽子を上にのせてから、メインはアキルだったものを勢いよく、海に向かって押し出した。


 できるだけ、父が落ちた所と同じ箇所に寄せて。



「さよなら、老賢人。キヴァン語基礎と、ティルムン語を教えてくれたことには、感謝してるよ」



 メインが見守る中、理術士の身体だったもの……アキルのを包んだ長衣は風に煽られてくるくる、ひらりと不規則に舞った。そののち白い波しぶきの中に音もなくまぎれ込んで、……それでおしまいだった。


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