39 テルポシエ陥落戦19:メイン対キヴァン
銀の頭髪を輝かすキヴァン戦士は、総勢五名であった。横一列になって、どんどん間合いを詰めてくる。
真ん中の年かさ男は、同胞の死体らしきものの側にいる赫毛の女傭兵、白金髪の男をみとめて、即座に排除方法を決める。すぐ横にいる若い戦士に、低く言った。
〔お前は女の方をやれ。私たちは男を仕留める〕
さ、ざっ。
その時、ごくごくわずかな枯草ずれの音が、イオナの真後ろに立ち昇った。
煙のようにわいて現れた、その音の主を目にしてパスクアは仰天する。
「なっ……何でお前が出てくるんだよッ!?」
問いに答えず、メインは二人の側をすり抜けるようにして歩いてゆく。
同時に、うすく裂かれたイオナの肩口、パスクアが折れるような姿勢でかばっている脇腹へと、視線を走らせた。
――所詮は何も知らない奴らだ。捕虜にした後、故郷に帰してやっても良かったけど…。
歩きながらメインは、帆布の外套を脱いだ。
「メイン……やめろ、行くな、危ないッ」
必死に呼びかけたが、早足でまっすぐにキヴァン達に近づいてゆく友を、パスクアは止めることができない。
どころか、動けなかった。
止めたところで、自分達には何の勝算もない。瞬で全滅しか、選択肢はないのだ。
絶望にくらくら我を失いかけそうなのを、どうにかパスクアが踏みとどまっていると、袖なし短衣からのぞくメインの両腕が、ちらっと鈍く光ったような気がした。
同時に、先頭を進んでいたキヴァン隊の一人が、メインの顔を見てふと声を上げた。
〔あいつは……〕
〔何故、戦場に来ている?〕
すぐ後ろの戦士も気付く。
十数歩の距離を隔てて、メインと五人のキヴァン戦士達は対峙した。
ぱさり、メインの外套が地に落ちる。
線の細いその儚い姿が、さらに後方にいるイオナとパスクアとをかばう位置に立った。
〔お前が何故、そこにいる〕
年長の戦士が、キヴァン語でメインに呼びかけた。
〔テルポシエの商人である、お前が?〕
メインはその問いにも答えず、冷たく男達をねめつけ続ける。
語りかけた男は首を傾げた。
確かに自分たちはキヴァンの中でも、独特の発音を有する集落の出身だ。聞き取れなかったのだろうか? いや、ここまでの道中、この若い男は十分に我々を理解してみせたではないか……。
メインが結び残して両側に下ろした長い黒髪、その間がわずかに揺れて、小さな鳥らしきものが頭をもたげた。と同時に、メインの頬と両腕とが鈍く光って、肌の上に得体の知れない文様が浮かび上がる。
その表面から、にゅうと緑色の影が生まれ出て、けものの形を取った。
〔……平地民をなめてかかるな、と。最初に俺は言った〕
流れるようなキヴァン語、それも彼らの集落の訛りを正確に用いて、メインは言った。
肩にとまった小さな小さな、緑色の梟あるいはみみずくが、せわしなく体を震わせている。
宙に浮く緑の猫たちがメインの体にまとわりつくようにしているのを見て、戦士達は自分たちが騙されていた事を悟る。
〔緑の魔猫……お前、精霊使いかッ〕
〔貴様、我々を欺いたのだな!〕
〔許さん、殺してやるッ〕
口々に放たれる殺気の滲む言葉を、はねのけるようにメインは冷笑した。
〔笑わせるな〕
ふっ、と戦士たちは肩に重みを感じた。
〔!?〕
我慢できずに地に膝をついていたパスクアは、ほぼ同時に全てのキヴァン戦士たちの首筋に、緑の猫が牙を立てて喰いつくのを目の当たりにした。
――何だあれ…ねこ、だよな? ……けど普通の猫じゃあない、……もしかして……メイン、あいつが呼び出しているのか?
大きな混乱がパスクアを揺さぶる。
控えめで主張の少ない年下の友人……メインはこれまで一度だって、そんな素振りを見せたことがなかったのに!!
〔ぎゃああああああ……〕
耳をつんざくようなキヴァン達の絶叫が、幾つもわき上がる。
ある者は天地に引っ張られてぎりぎりと両手を上に伸ばすように直立し、別の戦士は枯れ果てた老人のように体を二つ折りにしながら、全員が苦しみ悶えている。
平地民よりもずっと色味の濃いその肌が、みるみるうちに内のものを吸い喰われてしぼんでゆき、骨の形が浮かびあがる。魔猫らに血を吸われ、キヴァンたちは生きながら亡骸へと変貌していった。
――えげつねっ……。
現実離れした目の前の風景に戦慄をおぼえつつ、パスクアはそれでも、かろうじて我を保ち続けた。
「イオナっ、今のうちに退却……あっ」
だが振り返りながら言いかけて、息を呑む。
墨染衣の真っ黒なニーシュの亡骸の上。赫い髪を広げて、イオナは突っ伏したまま動かなくなっている。
〔何故だ…〕
最後の力を振り絞り、年長のキヴァン戦士、あるいはその骨はメインに問う。
〔何故、我々が命を失わなければならん? 理由をきかせろ〕
彼を冷たく見下ろしながら、メインは静かに答えた。
〔お前たちは、契約違反をした〕
肩にのった緑の梟……みみずくは、ふるふると震え続けている。
〔女性は傷付けるなと、何度も俺は頼んだ。顔に黒羽の印のある男もだ〕
しゅう……。
最後の血を吸われ、キヴァン戦士の瞳は昏くしぼんで、永遠に終わらない暗闇を見るための二つの孔となった。
〔けれども、お前たちはそれを忘れた。お前たちは、俺の大切なものを壊しかけた。だから俺は、お前たちを呪う〕
満足した猫たちが、しゅるりと宙をとんでメインのもとに舞い戻り、ぐるぐると足元を回ってからふいと消える。
とうとうやって来た夜明けの光が、メインのか細い姿を照らす。
その肌にさっきまで輝いていた緑の文様は、跡形もなく消えている。
老木のようなキヴァンたちの亡骸がささやかな音をたてて、枯草の中に崩れ去った。




