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海の挽歌  作者: 門戸
テルポシエ陥落戦
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37 テルポシエ陥落戦17:第十三遊撃隊

 その頃。



「んんッッ」



 強烈な肌寒さを感じて、ジュラは覚醒した。冷たい朝日に照らされた白浜が視界に入る。


 がばり。


 起き上がると同時に、頭が割れるように痛んだ。やたら首元がすかすかする……と手をやれば、長年気に入って着けていた首環がなくなっていた。



「何じゃ、こりゃ……」



 彼は辺りを見回す。浜に乗り上げたままの船二艘、燃え尽きた焚火の跡、そしてところどころに男達がのびている。



「ジュラさん」



 声をかけられて振り向くと、鼻の下に血の筋跡をつけたエノ軍傭兵が、自分に向かって屈みこんでいる。



「自分も今、ようやく目が覚めた所です。一体、何があったんですか」


「……」



――こっちが聞きたい。なぜあの女、俺を殺さなかったのだ? あれ程の憎悪を見せておきながら、致死性の毒を使わなかったと言うのだろうか。



 ジュラは痛む頭を捻りまくったが、実際のところアランは手持ちの中でも一番きつい毒を仕込んだ刃を、ジュラに突き立てたのである。


 ところが幹部老人は、準備の良い理術士アキルの計らいで、毎日毒耐性を作る妙薬を飲まされていた。これが効果を発揮していたため、ジュラは一命を取り留めたのである、……本人は全く気付いていないが。


 海賊達の中には、もう起き上がっている者もいて、そいつらがジュラの側に集まり始めた。



「あの、どうすんです? 気が付いたらもう朝だし……。今から陽動、行った方がいいんすか」



 頭痛が酷くてそれどころではないのだが、ジュラはエノの顔を思い浮かべて、必死に真顔を作った。



――あいつの命令を無下むげにすれば……それこそ、とんでもないやり方で殺されるぞ。



「ああ、今からでも遅くない。とにかく出航の準備だ」



 奴隷の死体を埋めさせ、叩いても起きない者はそのまま放っておいて、先を急ぐことにする。



「あれっ、変だな」


「何だよ?」


「ここ、焚火の近くに埋めといたはずなんだけど……。酒の瓶が、ねえんだよ」


「誰かがもう、船の中に片付けたんと違うか。あるいは、呑んじまっ……」



 ぱすっ、



 小さな音がして、男は言いかけた言葉を詰まらせた。


 そのまま、どうっと前向きに倒れる。うなじに、長い矢が突き立って震えていた。



「うわああああっ?」



 ……ぱすっ!


 驚いたもう一人のこめかみにも、一瞬おいて矢羽根が突き刺さった。



「敵だ、敵襲だっっ」



 ほぼ全員が、数十歩先にある浜草の茂る丘に目を向けた。矢はそちら方向から飛んできた!



 ざっしゅん、ざしゅん。どばっ。



 ところが斬撃は、彼らの背後、船の方から襲い掛かる。


 慌てて山刀や広刃の短剣を構え直した中年海賊たちは、汚らしい枯草色の外套をまとった三つの影が、冗談のような速さで得物えものを振り回し、次々に同胞をほふって行くのを目の当たりにした。



――テルポシエ兵ッ!? 何でこんな所にわいて出るッ!



 ジュラのすぐ右脇にいた傭兵は、首に矢を受けて派手に倒れた。


 左側では、別の海賊が振り上げた斧ごとその腕をぶった斬られ、長い脚からのかかと落としを頚髄けいずいに喰らって、地面に叩きつけられる。


 右手に短槍、左に山刀を構えたその長髪男は、ジュラと視線を合わせるなりぐいっと歯をむき出しにして、飛び掛かって来た。



――何だ、こいつらはッッ。



 長剣で第一、第二撃と続けざまに防ぐ。


 先程の先行の男の方が、ずっと速く打ち込みも重かった。だが今対峙しているこの長髪男は、一撃一撃の間が異様に短い。


 次の瞬間、左膝に容赦のない衝撃が入り、ジュラは思わず息を呑んだ。男の蹴りが、膝を砕いたのだ!



――ぬおっ、ならばッッ。



 長剣を左身の支点に、広刃の短剣で短槍の第三撃を受ける。そのまま滑らかに、首筋への決め手となるはずだった。


 しかしジュラのその右手首を、びいいんと矢が貫通した!


 長髪男は瞬時に後方へ飛び退り、大声でがなった。



「俺むけ撃ってんじゃねえええええ!!! ナイアルうううう」


「違ーう、アンリだっつの! 俺っち現在、槍で交戦中なんだし見てわかれ! ばーか」



 だいぶ後ろから応じる声がある。



「あんの、くっっっっそがっっっきいぃぃぃぃ!! 殺したるッ」


「大事なめし係っちまったら、一番食ってるお前が困るぞ! ばーか」



 ぱさり、浅くかぶっていた外套頭巾を跳ねのけて、長髪男は睨みつけていた別方向へと、くるりと体を向けた。



――!!



 そこにすかさずジュラが、最後に残った襟元の短剣を叩き投げる。


 だが長髪男の背には当たらなかった。


 男の体はジュラの予想より大きく、そして高く回転し、恐るべき破壊力の後ろ回し蹴りで、彼の側頭部を砕いたのである。



 ぎゅおん、、、



 その衝撃で宙を飛んだ一瞬、起きてからずっと彼を悩ましていた毒の名残の頭痛が炸裂したように、ジュラは錯覚した。



「あー、大将、危ないっすよ! うしろー」



 ざしゅん。



 ジュラと衝突寸前だった、枯草外套姿の長ながした大男は、振り向きざまに槍を一閃させた。


 石突側に取り付けられた長刀なぎなた用の大きなやいばで、エノ幹部最古参の頭は胴体から離された。ぱたん、ぽたたん! 柔らかい砂地に、重いものとさらに重いもの、二つの物体が相次いで着地音をたてた。


 片膝立ちの姿勢からすっくと立ちあがると、大将と呼ばれた長大な男は、素早く辺りを見回す。




「これで終わりか」


「みたいっすね」



 ぐるりと短槍を回して下に向けた、ぎょろ眼の男が答える。



「おーい、アンリ。出て来ていいよう」



 がさ、たたたた……! 浜草の茂みからもうひとつ、枯草色の影が走り出て来た。真っ先に長髪男のもとへ駆け寄る。



「いやービセンテさん、さっきすっごい危なかったですよね! かえしの短剣でやられちゃう所だったんで、俺もう無我夢中で助けなきゃって、矢を射ましたー!」



 赤みの強いくるくる金色巻き毛の下、やたら血色のよい若い笑顔が、あわい曙光を受けて焼きたてぱんの如く輝いている!


 長髪男は対照的に不機嫌まる出しのぶすっと顔、アンリと呼ばれた青年をぎんと見下ろすと、ふんっと鼻息をひとつ。別の方向を向いて、倒した奴らの方へ歩いて行ってしまう。


 つやつや笑顔のまんま、アンリ青年は今度は、長大な男を見上げる。



「それでは隊長! さっそく船の中をあさってきます!」


「あんまり欲張るなよ」


「香辛料があるといいなあ。マグ・イーレの塩なら、もう最高なんだけど……」



 言いながら巻き毛のアンリ青年は、縄梯子なわばしごをひょいひょい伝って船に乗り込む。



「全部で十五人……。海賊か」



 長大な男が呟く。



「あ、それが。そこんとこにのびてる奴だけ、エノ傭兵の恰好なんすよ」



 ぎょろ眼の男が、墨染すみぞめ上衣の死体を指さして言った。



「?……エノの水軍か」


「それにしちゃ、ちっとしょぼいなあ。潮流停滞に付け込んで陽動するにしたって、もっと人員も船数もあって当然と思うんだがな。やる気ねえ感じ」



 長大な男は高ーい位置にある、その頭を傾げる。



「……言われて見れば、弱すぎか……」



 彼は、手にしたままだった長槍をふと見下ろす。持ち上げて石突部分の刃をぽちんと外した、ぶんと振ってその表面の血をはじき飛ばす。



――……こえぇっての、大将……。



 ぎょろ眼のナイアルは内心で言った。



「こいつ、顔色悪い」



 砂にまみれた賊の亡骸なきがらのひとつを覗き込みながら、長髪のビセンテが言った。



「いや、死んでんだから。顔色よかったらおかしいだろ」



 言いつつナイアルも覗き込む。



「……あ、本当だな? この男、俺らが殴り込む前から死んでたっぽい」



 確かにその亡骸には、致命傷らしきものが見当たらないのだ。



「たまたまこの頃合で病死したのかも……、ってのは変か」


「あるいは……毒殺」



 後ろから長大な隊長も言った。


 その時、船べりから朗らかな声が聞こえてくる。



「ビセンテさーん、手伝ってくださーい」



 ビセンテは、きつい視線で船上のアンリをにらんだ。何で自分を指名する!



「だって、でっかい猪がまるまる一頭あるんですよー。甲板で解体するんで、一緒に引っ張り出してくださーい」


「……」



 ビセンテは、ものすごい勢いで縄梯子を伝って行った。



「まあ、いいじゃないっすか大将。戦況がここまで向こう風なら、このくらいの人員がいなくなった所で、エノ軍も気にしない」



 肩をすくめて、ナイアルは隊長に言う。



「問題なのは、俺らっすよ。これから先、もうどうなるか全然わからない。いや……むしろ敗戦に俺は賭ける。早め早めに潜伏準備しとく方が、絶対に賢い。だからこの賊に会えて物資を補給できたのは、実に運が良かった」


「……」



 隊長は押し黙る。そこへまたしても、アンリの声が響いた。



「ナイアルさーん。ちょっとお願いしまーす」


「うっせーな、何だよ」


「転売できそうな、林檎りんご蒸留酒の瓶がたくさんあるんですよう! どれを持ちだしたらいいのか、選んでくださーい」


「今、行くぞおおっ」



 ナイアルは、飛ぶようにして縄梯子を伝って行った。


 テルポシエ軍二級騎士、すなわち市民兵の第十三遊撃隊・隊長ダンは、一人取り残されてもなお、苦虫を噛み潰したような渋面を崩さなかった。



――……敗戦? テルポシエが?



 彼の仕事は、あてがわれた部下を統率して、決められた範囲内に侵入してくる敵を倒すこと。それだけのはずだった。


 上司や一級騎士に何と蔑まれようが、敵を叩いてつぶしてさえいればよかったのだ。


 それなのに、夜半から来るべき伝令が途切れて絶え、進む先に会うのは同僚部隊の死体ばかり。副長ナイアルの強い主張に押されて、ここテルポシエ湾の東側、シエ半島の浜まで“自主的に撤退”した。


 しかし今後いったい、どこからの指示を仰げばいいのだ。



――嫌だ。責任なんて、俺は絶対に取らないからな?



「隊長ー」



 ダンは無言で、船べりのアンリを振り仰ぐ。



「武器修繕に便利そうな道具類がけっこうありますけど、こういうのも持ちだした方がいいですかー?」



 がくがくっ、隊長ダンは高速で頭を上下に振ると、軽やかな足取りで船へ向かって歩き始めた。



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