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海の挽歌  作者: 門戸
テルポシエ陥落戦
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35 テルポシエ陥落戦15:アラン・ヴィヒル対ジュラ

「全く、どうしてくれるんだよ。海賊どもを殺しちまったら、陽動作戦が台無しじゃねえか」



 砂浜に散らばる十数人の海賊たちの体を眺めまわした後、ジュラはかったるそうに言い放つ。


 アランは何も反論しなかった。


 確かに手ひどくやり込めたが、実は初めから彼女は殺してはいない。


 即効性の高い麻痺毒刃を突き立てて昏睡させ、戦闘不能にしていく方が、色々な意味で負担が少なく場を片付けやすいという事を、アランは経験上知っていた。


 たまに毒への耐性が著しく弱い者もいて、そういう奴は数時間たっても目を覚まさないこともあるが、アランはそこまでは責任を持たないようにしている。



「二人で全員るのに、そんなに時間かけたわけでもねえだろ。惜しいなあ、お前らみたいな使えそうな奴らでも、口封じせにゃならんのは……」


「口封じ?」



 これにはさすがのアランも引っかかった。



「あ、まだわからないか」



 大男の老人は、平らかな眼差しでアランを見た。殺意も敵意もそこにないのが、かえって気味が悪い。



「お前らの集落を壊滅させた海賊の一団な、その首領だったんだよ。王は」



 アランは瞳をぱちぱちさせた。



「どの王が?」


「いやあ、うちのエノ王がね」


「うっそぉ」



 思わず平生の素に戻りかけ、同時に過去の風景を見たアランの心は凍りついた。




――……ヴィーとイオナのお母さんが引っ張られて行った時その頭をつかんでいた奴がいたんだわ……あのきれいな赫毛あかげごとでっかい手で鷲掴わしづかみにしてさ……そいつのくそ厚い手とくそ長い腕の先はがたいの良い身体にくっついていてさ……全ッ然似合わないさらっさらの長い黒髪が揺れててまだ若い男だったっけちょっとだけ横顔がみえたっけ



「が、 ああああああああああああいいいいつうううううううううう!!!」



 瞬時に引きつれたアランの顔を見て、ジュラは満足したらしい。



「うん、つまりエノ軍の大もとは、海賊だったってことだ」



 すぐ脇にいるヴィヒルから、空気が揺れるような凄まじい怒気が伝わってくる。



「傭兵の中にはお前らみたいに、俺らのせいで村や故郷をなくして流れてきたって奴も、たまーにいるからな。この話が漏れて、昔の恨みから蜂起でも起こされたら、かなわんだろ? そうなる前に、知っちまった元当事者を始末するのが、俺の役目なんだ」



 そこまで言うと、ジュラはふと目線を落とす。どこも見ていない視線の先に、老人は何かを思い出しているらしい。



「……懐かしいくらい、昔の話だな。あの集落でとっ捕まえた中に、きれいな赫毛あかげの女がいたよ」



 首元を厚く巻いている長布に、ジュラは手をかけて緩め始める。



「エノがえらく気に入って、すぐにめかけにしてたっけよ。あんまり長くなくて、後で死んじまったんだが……。そいつが時々、俺を見て泣きやがる。だから惚れてんのか、気でもあんのかよって聞いたらな? さらにぼろぼろ涙をこぼして」



 大男の老人は長布をするりと解いた。図太い首元があらわになる。



「その首環が心に痛い、と言う」



 ジュラの首にはまった首環が、ヴィヒルに向かって慟哭した。


 十数年の月日を経て、再会したその姿は変わらない。


 細身の銀環は、さざ波を模したひねりにうねって、鈍く輝いている。


 その上にあったはずの笑顔は父――、


 この男ではない。こいつであってはならない。


 ジュラまでの最短距離を、ヴィヒルの身体は視線とほぼ同速度で跳んだ。



 がっっっ きん、……!



 しかし渾身の一撃は敵に触れず、ジュラの急所寸前で、樫の棒は巨大な長剣と衝突する。


 その衝撃が伝わり切る前に、ヴィヒルは瞬時逆手さかてに持ち替えて棒の逆端をジュラの首の側に叩きつける。だが老人はヴィヒルの第二撃をも、硬い左手刀で受けしのいだ。



「おっと」



 巨大な体をふわりと浮かし、ジュラは先の一撃を防いだ長剣を持ったままの右手肘を、後ろに打ち込んだ。



「うげっ」



 後ろに回り込んでいたアランは、まともに腹に肘打ちを喰らう。ずざざざ、と派手に音をたてて、小さな身体が砂の上をすべった。



「何だよ、じじい相手に挟み撃ちかい? けっこう姑息だな」



 巧みにヴィヒルとの間を取りつつ、ジュラはたのしげに言い放つ。


 ぐるりと回転して、アランはたちまち立ち上がった。



――くっっそ、脇腹やられたッ。



「漁村を襲って、女こどもを奪って!」



 ペっ、と砂を吐きながらアランも言い放った。


 今の衝撃で括っていた髪がほどけた、無数の砂粒がぱらぱらと彼女の青色外套に降る。



「略奪品で身を飾る下衆げす野郎に、姑息と言われる筋合いはないわ」



 みるみるうちに、アランの声の調子が変わる。



「お前のみにくい欲望のせいで、空と地と海とはけがされた。老いたお前の昔話を喜んで聴くものは、丘の向こうへと去った亡者もうじゃどもだけだ」



 ねっとりと怒気をはらんだアランの呪詛が、ジュラの心身にまとわりつく。


 ヴィヒルは攻撃の手を緩めず、次々に戦闘棒を打ち込むのだが、驚いたことにそれがかすりもしないのだ。それを横目に追いつつ、アランは内心でも毒づいた。



――あんちくしょう、こいつ口だけじゃない。あたしの力量じゃ援護になんないわ! ああ、イオナにいて欲しいッッ!!



 それでもアランは口撃を続けた。



「ジュラ、ジュラ、あさましき老いぼれのジュラ。貴様なぞ土蟲つちむし餌食えじきと喰われて、く仲間の元へね」


「すげえなあ、何なんだそれ、おねえちゃん?」



 普通の敵なら吐き散らかすくらいの不快感を与えられているはずなのに、ヴィヒルの攻撃をひょいひょいかわしながら、ジュラは面白そうに言う。



「さっきから何か、空気が変わってるよなあ。けどな、俺にはほれ、理術士様の守護が効いてるもんだから。そっち系のは通じんのよ」


「仲間だのみで守りかくまってもらわなければ、自分の身ひとつ自由にならぬ老いぼれめ」



――あーあーあー、ちっくしょう。アキルじじいめ、理術士め。余計な真似をッ。



「もう終わりかい?」



 アランが意を決して瞬時口をつぐんだ時、ジュラはヴィヒルに言い放った。



「なるほどお前ら、先行向きだな」



 ヴィヒルの消耗を、ジュラは見抜いている。ここまで彼の攻撃を避けきれた者に、ヴィヒルは数年来対峙していなかった。



「最初の一発で相手をれなきゃ」



 やや速度の落ちたヴィヒルの突きに、ず、と長剣が重くぶつかる。


 巨大さに圧倒されて、そこからの攻撃回避ばかりを意識しがちだが、実はジュラは接近戦において、長剣を受け防具として利用していた。


 ここで老人は倒れかかったように――ヴィヒルの隙に入り込んだ。


 その右手に小さく握られた刃が、ずぶりとヴィヒルの右の鎖骨下にはまり込む。



「あとはられるだけの奴らだ」



 しわだらけの残虐な笑顔が、ヴィヒルの間近に迫った。



≪――!!≫



 しかし、広刃の短剣を突き立てたその手首は、ヴィヒルの右手でがしりと掴まれる。


 とん、


 同時に何かが小さく、ジュラの腰に触れた。


 ちろりと横目で見下ろしたものが意味するところを、ジュラは瞬時に理解できない。


 あの小さい女が、後ろに抱きついている。


 振り乱した奇妙な髪の隙間から、女が何か細いものを自分に刺しているのが見えた。


 それは外套の合わせ目を巧みに貫いて、ジュラの真皮へと到達している。


 かつて経験した事のない奇妙なひりつき、灼熱感が、その一点から沸き起こってきた。



「……」



 女が毒武器を使っている事にようやく思い至って、老人はにわかに年相応の焦燥感に見舞われる。


 胸に突き立てた刃もろとも、ジュラの右手はヴィヒルに掴まれている。さらに左手の長剣は、アランの一撃を遂行させるため棒を手放したヴィヒルの左手によって、かたく封じられていた。



「お前らッ……」



 ジュラはヴィヒルの胸に刺した広刃の短剣に、さらなる圧力の一撃を加える。相手がひるんだその一瞬に、左手を外套襟に回す。そこに仕込んでおいた短剣を抜き取って、女に向かい思い切り突き下ろした。



「ふざけるなッッ」



 そう言い放つのが精一杯だった。


 猛烈な勢いで視界に広がる暗闇、ついにジュラは意識を手放し、くずおれる。


 老人の背後で、赤い血の飛沫しぶきを上げつつアランも別方向へと倒れ込んだ。


 その身体を抱きとめようと、胸に刃を立てたままのヴィヒルが必死に両手を伸ばした。



≪アラン! アラーン!!≫



 音にならないその声で、かけがえのない存在の名を叫びながら。



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