32 テルポシエ陥落戦12:中広間
「報告、左キヴァン隊が第三壁にて善戦中。エノ側の後続二部隊を撃破!」
中広間に歓喜のどよめきが沸く。
「よし、この隙を縫って、負傷者を回収できないのか」
ウルリヒが上げた言葉に、その沸騰がしゅうんとしぼむ。
「陛下。戦線が外進している、というわけではないのでして……」
そう、単に敵側の進度が遅くなったと言うだけなのだ。
「……引き続き、最終防衛線の第四壁を補強しましょう」
別の宗主がまとめた。
夜明けまであと一刻半、といったところだろうか。休みなく流入し続ける戦況情報と話し合いに倦んで、ウルリヒは疲労を感じた。
――このくらい何だ。あいつは……、戦線の市民兵、二級騎士たちは、身体を張ってんだぞ。
ほんの少し、一夜分だけ伸びた髭がじゃりつく顎を強くしごいた所へ、背後からふわりと声がかかる。
「キヴァンの傭兵らがここまで使えるとは、予想外でしたね」
振り返れば、ミルドレがそこにいた。
「……ああ、本当だな」
「あの奇妙な仲介業者のこと、憶えてますか?」
何十人もの男達が喋りまくっている空間で、ミルドレと自分との間だけがすっぽりと静まり返ったようだった。
「……?」
ミルドレの質問は奇妙だったし、その表情もいつもとちょっと違っていた。
自分を見ているようでもあり、そうでないようにも見える。
「ふた月ほど前でしたか。エノ軍の包囲をどうやったのだか、うまくすり抜けて……。たった一人で十人ものキヴァン戦士を連れて来た、あの若い男性ですよ」
ウルリヒは憶えていなかった。
記憶を巡らせようと試みた瞬間、ふっと視界がぼやける。
目の前にいるミルドレの顔が、……その半分がぐにゃりと崩れて、土気色のしかばねのように見えたものだから、はっとして眼をつむり、そして見開く。
ミルドレは、いつも通りのミルドレは、金髪とも赫毛ともつかないあの不思議な色の頭髪を燭台の炎に輝かせて、柔らかにのほほんと笑っていた。
「陛下。何か、眠気ざましの花湯でも、お持ちしましょうか」