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海の挽歌  作者: 門戸
テルポシエ陥落戦
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28 テルポシエ陥落戦8:海賊と待ち合わせ

「あの人はねー、もう本当、苦労性よねえ。他の幹部のおじさんたちはさあ、何て言うかこう慣性にまかせて王様に流されちゃってもうそれで良いって感じだけど、なまじ若くて根がまじめだから、許せない部分もあって、内心きぃーってなること多いんじゃないかしら。若いとか言ったけど、実はあたしと同い年らしいわよ。人格者なのは良いけど、付き合う女性は苦労しそうね! むしろお尻にしいてくれそうな、がっちり強気の女性がいれば、逆について行くかもよ!? つまりパスクアさんは、うちのイオナちゃん向けじゃないッ! 却下よ却下、大却下! ばっさり!」



 夜道をゆく馬の背で、アランが饒舌をふるっている。



「えー、何よ? そもそもがお互い眼中にない? うん、そうねー、ただの上司と部下だしね。でもさあ、あたしはとにかく! ニーシュさんに執着しちゃってるあの子の切なさを、何とかしたいのよ! だからこの際、きっかけは何でもいいのッ」



 アランは、ヴィヒルの腹に巻いた両腕をぎうーと締め上げる。


 おげ、と咳込んでヴィヒルが抗議した。



「あれだけ幸せそうだった二人が、こんな風になっちゃったのは悲劇としか言いようがないのだわ。ちびちゃんのことは本当に悲しいけど、誰も悪くない事故だったんだし、仕方ないじゃない。イオナちゃんが支えて、ニーシュさんが立ち直って、少しずつでもよりを戻してくれたらって、ずーっと願ってたわよ? けど、夏が過ぎて秋が来て、なんと今もう既に冬じゃないのよ!? 無理だわ! これでこの戦争が終わったら、あたしらまた別の兵団にでも入るしかないじゃない! イオナちゃんが素っ敵な殿方と一緒に幸せになってくれなけりゃ、あたしらだけ安心して子作りするわけにいかないでしょー!」



 アランが回した手のひらの下で、ふるふるふると腹の筋が震える。ヴィヒルなりに苦笑している。



「あたしとイオナちゃんとでさあ、どっさりお子さまを産むわけよ! 場所なんてこの際どこだって構やしないわよ! そうしてネメズの集落、大・復・活ー! はあ、夢は遠いわ……。うちの子とよその子をもりだくさんに集めて、めちゃくちゃ怖いお化け話でびびらしてやりたいのに」



 ヴィヒルが鼻を鳴らした。



「……は? 子どもにお化け話したら、寝小便が激しくなるう? ……それもそうか……ってちょっとヴィー、もしやそれってあなたの話? あたしの怪談で夜、おしっこしちゃってたんじゃなーい?? あははははは、イオナのことだーとかってごまかさなくっていいのよう、ぬははははは」



 アランが高笑いしているところで、ヴィヒルは唐突に馬の歩みを止めた。


 反動で、アランの軽い体がひとはねする。



「おう、何じゃい」



 ヴィヒルの広い背中からひょいと顔を横に出してみれば、少し先の方、樹々の向こうに暗い海岸線が垣間見えた。



「あらま、もう海に出ちゃった。じゃあヴィー、ここからは海沿いに進んでみようか」



 テルポシエ市の南東方向、シエ半島付け根の一帯には砂浜が広がっている。


 今回接触するべき海賊たちは、即座に出立できるよう浜上がりの船を用意して待機しているはずだから、難なく見つけられるだろうとアランはふんでいた。


 風もなく、さざ波の打ち寄せる海面は、奇妙なくらいにおとなしかった。


 しかし冷え込みは強い。ヴィヒルはずり落ちかけた外套頭巾の位置を直すと、雌馬の進路を浜草の茂る一帯に向けさせた。


 闇の中でも、白くにごる雲の動きは見て取れた。しかし星々の光はその厚い層に包まれて、地上に届かない。


 やがて二人は前方の浜に、乗り上げて横たわる二艘の中型船を見た。



「ああ、ヴィー、きっとあれよ」



 船を見下ろすなだらかな丘陵のところで、二人は馬から降りた。



「幹部のジュラって人が一緒にいるって、パスクアさん言ってたよね。まずはその人と話さないと」



 歩きながら、アランはちょっとだけ緊張を感じていた。



――まあ、その幹部とはそこそこお見知りおきを、って感じでいい。あとはうまいこと海賊たちに取り入って、できる限りの情報を引き出してみましょう。



 何か月も前、ニーシュの救助をきっかけにエノ軍に入った時から、アランはこの機会を大いに待っていた。


 テルポシエ攻略の陽動作戦に、地元の海賊達の協力を要請するとエノ王の口から直接聞いて以来、何とか自分がその接触役に回れないかと、全力で工作を重ねて来たのである(もちろん、さりげなさを装ってだ)。


 どうにかパスクアを丸め込んだものの、馬二頭を利用する算段がつかず、イオナと一緒に来れなかったのが残念ではあるが。



――同じ海賊のことなら、同業者に聞いてみるのが一番。ネメズの集落、うちの村を襲いやがったくそ野郎どものことを、どなたかご存じないでしょうか?



 歩きながら、手慣れた動作で腰と背、太腿に装備した硬布の感触を確かめる。


 続いて外套の裏、最後に髪をなでつけた。さらさら。



――あたしたちが復讐までできるとは、思ってない。と言うか、したいと思わない。まあ……実際に仇な奴らが目の前にのこのこ出てきたら、ぶっ殺しちゃうかもだけど、その辺は冷静なあたしも自分がどうなるかわかんないわ。でも、一番大事なのは……。



 立ち止まって、数歩おくれて馬を引きながらやってくるヴィヒルを待った。



――連れていかれた中で、生き残った人たちがきっといるはずよ。たぶん奴隷として売られてしまっただろうから、何とかしてその販売経路をつかんで、助け出してあげたい……。それを目指して、今まで頑張って来たんだもの!





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