26 テルポシエ陥落戦6:第一壁突破
「通達ッッ」
テルポシエ城内、心臓部の中広間は、有事のいま王の本陣となっていた。
中央に置かれた長卓両脇には、執政官たる貴族宗主たちが腰かけて、伝令達のもたらす戦況報告に耳を傾けている。最上座席にいたウルリヒは、目の前に大きく広げられた市街地図の巻き布を見やっていた所だった。だしぬけに入って来た伝令の声は、その場にいた数十人すべての注意を引き付けた。
「第一壁が、突破されました」
一瞬、誰もが耳を疑う。ウルリヒが静かに言った。
「……復唱」
「第一壁が、突破されました」
今度は多くの騎士らが立ち上がる。
「何だと? エノ軍が湿地帯に侵入したという報告が、ついさっきもたらされたばかりではないか!」
老年の宗主が一人、疑うような調子で反応する。
ついで室内がざわつきかけた所へ、ウルリヒは鋭く言い放った。
「キヴァン隊を第三壁へ回せ、至急だ」
「はいっ」
伝令は慌ただしく出てゆく。
「なぜだ。第一壁の配置に、薄い部分があったのか?」
「否、決してそんなはずは」
急激に周囲の声が騒がしくなるが、それに構わずウルリヒは両手を卓上の地図に置いたまま、自問していた。
――どういう事だよ? 枯草を燃やした灰で水溜まりを埋め、地場をならしてから騎馬で侵攻したかったはずだろう。でなきゃわざわざ冬場を選ぶ必要なんかない。しかも地上に総力をつぎ込んでしまったら、海上からとの挟み撃ちなんかできるわけがないじゃないか……。
エノによる圧力が強くなり、包囲戦の恐れが出て来た頃から、既にテルポシエ騎士団では内外の情報網を強化して、エノが取りうる戦略を把握してきた。
テルポシエの陸路補給を遮断し、何度も本陣を移転しながら長丁場の準備をしているのを見るにつけ、よほど緻密に練ったらしい例の“大作戦”を温存、決行するものと思われていたのだが。
「被害報告が入りました! 第一壁から撤退してきた負傷者十数名、四十数名との連絡が不通となっていますっ」
――あんの、くそじじいめ。
ウルリヒの右の目じりが、怒りでびくびくと節だって震えた。




