255 東の丘の最終決戦41:未来をひそみ見るもの
「おとうさん、ローナンのこと大丈夫なんだね」
「何が?」
「他の人の子どもなのに、自分の子どもってことにしちゃって」
「ああ……」
ふわりとした温かさが気持ち良い、昼すぎの時間帯だ。明るい曇り空の下、メインは自室露台に平たい机を持ち出して、すり棒で香草を潰している。大きなすり鉢を、フィオナが横から両手で支えていた。
ずりずり、ぞりぞり。
「……ほら、わたしはヌアラの話聞いたから。こうやって、ほんとの子どもじゃないのに都合でそうなったのって、継子って言うんじゃない。どうしてもうまくいかないって、色んなお話でも聞いて知っているよ」
「そうか、そうだったね」
メインは手を止めて、香草の砕かれ具合を見る。まだまだ。再び棒を回しながら、娘に話しかける。
「自分でも、ちょっと不思議なんだけどね。フィオナの弟で、イオナの息子ってなったら、何か別にいいんじゃないのって気がするんだ」
「……」
「あと、フィオナはお母さんのお腹から出てくるまで、女の子か男の子か、わからなかったじゃない?」
「うん、自分でも知らなかった」
「だから、男の子のための名前も考えといたんだよね。ローナンって。それをそのまんまつけて呼んでるんだから、あーじぶんの子なんだ、ってもゆるっと思う」
「ゆるく……ねえ?」
「それに、ローナンの両親がそもそものパスクアとエリンなんだもの。遠くに住んでて全然知らない親戚なんかより、よっぽど近いあの二人の子なんだから、これまた身内って感じもするよ」
「そうかぁ」
手元のすり鉢でずりずり香草を砕きながら話す父、くだかれるたびに強く漂う薬種のにおいを感じながら、フィオナはしあわせで嬉しかった。子ども向けの話し方をしないメイン、本音そのままを口にしてくれる、ひょろひょろっとした目の前の父。
「ローナンは、大人になったら次の王様になるの?」
「そうだよ」
さらっとメインは答える。
「それともフィオナが、女王になるかい?」
「やあだぁ」
娘は鼻の頭にしわを寄せた。ものすごく、しち面倒くさい気がしたから。
「わたしは精霊使いのお姫様でいい。妖精の皆と旅をして、色んなものを見て回って、……それでお土産もって、時々お父さんとこ帰ってこよう」
「そうかい、旅の人生に生きちゃうのかい」
「でもって、ローナンに何か大変なことが起きたら、駆けつけてしゅとっと助ける」
「かっこ良いぞう」
「キヴァンの国が嫌いだったとかじゃ、全然ないんだよ。でもわたしは、外の世界がおもしろいから」
「だから、いっぱい見て回りたいんだ?」
「そう!」
香草が良い感じにつぶれた。メインは布袋と新しい薬種を探しに、部屋の隅の棚に向かう。
フィオナはそのまま、机の前に座っていた。はけで香草の粉を丁寧に中央に寄せる……。
「ええと……香水山薄荷。ありゃ、こないだ買ったのに、どこやったっけ」
メインはきょろきょろしている。
「いっぱい見てまわって……。すてきなものを、探して……」
父も精霊もいないその露台の隅で、うっとり夢見るように、少女は呟き続ける。風のない日だった。それなのに、短い赫毛がもわりと燃え立つ。
「……そして気に入ったものがあったら、うばって手に入れよう。
≪ほろぼしても、よいのだぞ≫
まぁ、それも有りなのかな」
「え、何?」
メインは振り向いたが、娘はふんわりした笑顔で、海の方をのんびり見ているだけだ。気のせいか、とメインは香草包みをうろうろ探し続ける。
「甦ってやると、言っただろう」
燃えるような短い赫髪の下。娘の大きな褐色の瞳、その中心に揺らいだ、くろい闇がまるい。




