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海の挽歌  作者: 門戸
東の丘の最終決戦
250/256

250 東の丘の最終決戦36:第十三遊撃隊のお申込み

 しゅわーん。


 ぼちぼちと草の茂り始めた小さな盛り土二つ、その上に特上黒泡酒を素焼壺から注いで、エリンは隣のパスクアを見上げる。



「本当に、これで良いのかしら?」


「良いんでないの。立派な墓石なんぞ要らんから、時々好きな酒ついでくれって、二人ともよく言ってたし」



 パスクアも、手にした素焼壺の中身を盛り土に注ぎきって、空にする。



「おしゅうと様たちなのに」



 北門を出てすぐ、テルポシエの墓所に新しく作られた、ウレフとノワの墓ふたつである。それぞれの名を刻んだ石が、目印として上に置かれてあるばかり。



「本人たちの希望通りにするのが、一番でないかい」



 それもそうだと思い直し、エリンは改めて、でこぼこ先行おじさん達を思った。



――本当に、どうもありがとう。おかげさまでどこもかしこも良くなって、パスクアとちゃんと仲直りができたわ。やさしいおしゅうと様たち(代理)のこと、忘れません。



 ぐふふ、むふふ、彼らのおぞましい笑い方を思い出して、エリンは笑顔になった。横にいるパスクアも、その隣のケリーも微笑している。


 次にシャノンのお墓前にゆく。



「こっちは、酒なんて注いだら怒られそうだぞ」


「あはは、本当だね!」



 ケリーは笑って、持参した赤い撫子なでしこの束を盛り土の上に置いた。こちらは白い石板に、騎士の名が刻んであった。少ししおれた綿菊の束が、脇に置かれている。



「リフィねえねが来てたのかな? 次は誘って、一緒に来ようっと」


「フィン先生もね」



 エリンに向かって、ケリーは頷いた。


 あの日、血まみれのエリンが城の医務所に“第十三”の面々に担がれて入ってきた時は、さすがのケリーも真っ青になった。けれど医師は全く冷静に診て、とうぶん安静、でも問題なしと言い切ったのである。


 意識のはっきりあったエリンに身を寄せて泣いて、……療養中に話を聞いて、さらに自分の話を聞いてもらった。納得いくまで、しっかり聞いてもらった。



「シャノン本人が、どう思うかしらね」



 呟くように、言ったエリン。



「あなたが一途に、シャノンの仇討ちをめざして長槍の鍛錬を続けると言うなら、それもありだと言うでしょうし。これまでのことをぜんぶ忘れて、フィン先生の突込み相方に専心すると言っても、面白そうに応援してくれそうな気がするのよ」


「……あたしの決めるほうで、応援してくれるってこと?」


「ええ。本当の“傍らの騎士”だったから、シャノンは……。そうよ、必ずあなたのこと、尊重してくれるわよ。わたしの時だってそうだった。陥落と、……兄が逝って間がないのにパスクアとのことがあって、それでもあの人は全面的にわたしを支えてくれたのだし」


「……」


「それにフィン先生は出自を利用したけど、とどのつまり真正面からマグ・イーレに立ち向かって、ご自分の意思で衝突を回避させてくれたわけでしょう? わたしの叔母と同じ側……マグ・イーレ側の人ではないわ」


「うん……。姫様、先生の本名とか出自、秘密にしておいてね」


「言いませんよ。それに、わたしやここの皆にとって、あの方は優秀で頼りになるフィン先生、でしかないんだもの」




・ ・ ・ ・ ・




「お前たち二人とも、持ち物少ないのな。引っ越し準備、あっさり済んじまったって本当かい」



 緑地に黒羽と槍のテルポシエ旗と、黒地に白抜き馬のエノ旗とが交互に掲げられた北門をくぐりつつ、パスクアが言う。ふたつの意匠を組み合わせた新しい国章と旗を、現在市内の職人たちが考案しているが、お目見えは当分先になるらしい。


 人通りの少ない門のこと。暇なのか、草色外套の巡回騎士と墨染すみぞめ衣の傭兵が、詰所前でかったるそうに喋っている。



「ケリーは、先生と一緒に住むんだとばっかり思ってたんだがな」


「冗談よしてよー。あんな不規則生活のお手本みたいな人たちと、一緒は無理だよ」



 苦笑して、ケリーはパスクアに言った。


 今までの地下室は引き払って、本来の倉庫用途に戻す。ケリーは医務所にほど近い西棟に、傭兵として狭い一部屋を借りることにした。



「戸締り必ず確認して、何かあったらすぐに本城の俺らんとこ来いよ?」


「はあい」



 いや医務所の方が近いじゃん、とは突っ込まず、若い娘は長年の保護者兼上司に殊勝に答えた。



「じゃあ、ね。あたし“みつ蜂”に寄って、クレアと話して行くから」


「よろしく言って。また後でね、ケリー」



 ひやりとさやかな風の漂う春日である。朝のはじめの売買の賑わいが過ぎ去った時間帯らしい、北大路はのんびりからりと人通りも少なく、心なしか静かに落ち着いていた。



「わたしも、“紅てがら”さんに寄っていこうかしら……。あなたは、先にお城へ帰ってて」


「別に構わんよ、店ってすぐそこだったよな?」


「ええ。じゃあせっかくだし、蜜煮みつにのまとめ買いするわ!」



 それこそ配達案件なんでは、……言いかけてパスクアはやめた。


 いいじゃないか、蜜煮壺の十や二十持つくらい。


 たぶん頭の中は好物のことでいっぱい、うふふと嬉しそうに笑うエリンの白金髪が、すぐ近くでぴかぴか光っているのだから。



「――あら?」



 慣れた小路を曲がりかけて、エリンは立ち止まる。


 “紅てがら”の店近く、裏口から出て来たらしいナイアル、ダン、ビセンテ、アンリの四人の姿がぞろぞろ見えた。



「あッ、お(ひい)さまッッ」



 ぴかーん! 本日も絶好調、卵黄照り入り焼きたてぱん顔をつやつや光らして、笑顔のアンリが手を振って寄ってきた。



「こりゃ旦那さんも、お早うございまーす」



 朗らかおたな言葉で、ナイアルも声をかけた。同時にダンとビセンテが、ぐぐっとうなづく。



「皆さん、ごきげんよう!」


「福ある朝を!」



 パスクアの山賊ひげもほころんだ。


 ギルダフ達に傷つけられたパスクアとエリンが、巨人に飲まれかけたあの危機のさなか。たまたま(※ここ太字である)近郊からの配達帰りに丘の上の修羅場を見かけて、メインとアラン達がことを鎮めるのを手伝ってくれたという、実に勇敢で侠気あふれるテルポシエ市民の皆さん!


 朦朧もうろうとする意識のなか、四人が必死にエリンの止血をしてくれたのがパスクアには見えていた。しかも療養中にはエリンの好物を持って、たびたび城へ見舞に来てくれていたという。お得意様には、そこまでしてくれるんだ……!



「良かった、実はこれからお城へ伺うとこでした! お背中の傷は、いかがです? 旦那さん」


「おかげさまで、もうすっかり良いですよ」



 パスクアは笑って、“そっくり父ちゃん”に答えた。ほんとに良い人なんだ、こんな人を疑って嫉妬までしてしまった自分が、つくづく情けない……。はっ、それにしても今日は皆さん、何でおんなじお仕着せみたいな外套着てるのだろう? 迷彩しみしみ柄って……?



「市民会館の前で、俺たちみんな見てましたよ! お姫さま、ほんとに素敵なお言葉と、腹にしみる気合でしたよ~」


「ほんとに……」



 アンリの熱っぽい言葉に、ダンが低くかぶせて言った。そう、俺の直した外套がほんとに素敵でした……。



「そうして、ご結婚されたそうで。おめでとうございます、末永くおしあわせに」



 満面の笑みでナイアルが言い、アンリとダンもそれに続けた。



「おしあわせに」



 ビセンテも、牙……犬歯をむいて祝福した。



「……!」



 本気で嬉しくって胸が詰まってしまったパスクア、……何も言えない!



「ありがとうございます、みなさん」



 やわらかく、エリンが答えた。



「ところで、旦那さん」



 しゃきっとした調子でいきなり言われて、パスクアは目を瞬いた。



「は、はい?」


「旦那さんは、結婚したからにゃ奥さまは家に居なきゃいかんとか、うちの中のことに専心せにゃならんとか、そういうあったま古くてかたーい人じゃあ、ないですよねえ?」



 ぎょろっと大きなナイアルのみどりの瞳が、こっちを飲み込もうとしてるんじゃないかと思えるほどにさらに大きく見開かれた。迫られてパスクアは内心で引く。……は? 何??



「いや、そんなことは、別に考えては……」


「さよですか、やっぱり! 旦那さんは奥さん思いの、こっころ広ーいお方なのだ! おう皆、ここで行くぞッ」



 じゃじゃッ!! 四人はエリンの真正面に並んだ!



「えっ、何……?」



 アンリ、ナイアル、ビセンテ、ダン! 身長低い順に並んだ“第十三”、直立からぎしぎしっ! そろった動作で、全員が片膝をついた!



「テルポシエの、皆の女王は引退したがッ。おひいほどの人材だ、ぜひ我々“第十三”の女王として、引き続き活躍してくれッッ」


「……えええ???」



 ぎっしり横一列から迫られて、エリンはどぎまぎ狼狽してしまう。ぎょろ目に何か企んでる笑顔満載のナイアル、牙……犬歯むき出しのビセンテ、口角を上げて実は笑っている隊長! こわい!



「ゆけッ、アンリッ」



 副長は鋭く命じた!



「ういいッッ」



 その声とともに、料理人は右手を背にまわす、かちゃッ! 何かが外れる音!



「おひいさまッ、恥ずかしがり屋の俺から、一生に一度のお願いです!」



 つやつや顔をまっかにして、アンリは叫んだ!



「“金色きんのひまわり亭”の女将おかみさんに、なってくださ――いッッ」



 エリンに差し向けた両手には、……ティー・ハルじゃない! 赤白もも色、めでたさ満載のばらの大花束が握られていたのであった!


 そのばら並みに頬をまっかにして立ち尽くすエリンの後ろ、パスクアはさっそくついて行けずに口を四角く開けていた。ああ、テルポシエ文化ってはかり知れない……!


 彼らの背後では細ーく開けた店の扉の隙間から、“紅てがら”次期おかみのリリエルと現おかみのマリエル、前おかみのナイアル母が年代順にほぼ同じ顔を並べて、ことの成り行きを見守っていた!




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