表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
海の挽歌  作者: 門戸
東の丘の最終決戦
242/256

242 東の丘の最終決戦28:エリンの真実

 アランの蜂蜜色の歌をまとったプーカの炎の翼が、瞬時巨大に広がって、円陣を組んだ男達の視界をさえぎったその隙に、兄妹は天幕の後ろ側へ回った。



「あんたら、もう良いわよ! 上司んとこ行って、手伝ってやってッ」



 歌にのって響く女声の“意思”を聞いて、プーカとパグシーは顔を見合わせた。



『だれよ、あんた?』


「あんたの上司の義姉の美魔女よ、むふふ」


『メインは上司と違うぞい』


「何でもいいからお行きってば、もう」



 首をひねひねしつつ、炎の精霊と妖精騎手は、それで上空を目指した。


 一方の天幕裏では、イオナが隙なく鋼爪を構えたままで、ギルダフ配下たちの様子をうかがっている。



≪数が多いのはべつに良いんだけどね。アランの歌がきかない分、ちょっと二人じゃきついかなあ≫



 隣の兄の意思を読んで、イオナは肩をすくめる。



≪ここ、遮蔽物ないしなあ……。誰か、にぎやかしてくれないかな≫




 ひゅーっ! ひゅ、ひゅーっ!



≪おっ、願い通じちゃった! じゃあ行ってみよっ≫



 鋭い矢羽根の通過音をとらえて、ヴィヒルはくるっと天幕前へ回り込む。反対側から、低い姿勢でイオナも走り出た。


 飛び出しざま、正面で待ち構えていたやつの右手長剣を、鋼爪の三本刃で素早くぎ上げる。間髪いれずに顎に掌底! がつん!


 ヴィヒルは、左腕に矢の立ったやつに向かって勢いよく足払いをかける、ふわっとすくったところにばこん! 戦闘棒の痛烈な一撃!


 ぎゅうんと回転して後ろのやつ――、 ……振りかぶりかけておっと、と踏みとどまる。すごい勢いで飛び出して来た長髪の男が、標的の後頭部に破壊的かかと落としを決めて前倒しにするところだ。なじみない野性的風貌のやつだが、なじみある迷彩しみしみ外套を着ている!



「ビセンテ! そのみけん傷の兄ちゃんは、味方だからなー!? 攻撃すんじゃねえぞッ」



 後方からの副長の言葉が耳に入る、獣人はぎーんと目の前の男を見る! 顔をしかめた、強烈に甘ったるい蜜煮屋のにおいがするのはなぜだ!? むしすかん! それでひょーいと、次の標的に向かう!


 ばちーん! 棍棒の連打を難なく避けて、太りじしの男の側頭に三本刃の一撃を決めてから、イオナは振り返った。



「よーう! イオナ、ヴィヒル! よく来たなお前らッ」



 ずん、すぱぁん! 全く隙のない短槍石突の中段打ち、さらにそつなく鋼板仕込みの膝蹴り金的狙いで、それはもう確実に相手を戦闘不能にしてから、ナイアルは笑顔をさっと向けた。



「うちのおひいを、見なかったかぁっ」



 イオナはふっと首を振った。



「ヴィヒルは、……見てねえか」



 棒をぶんぶん振り回しながら、ヴィヒルは口を≪ごめーん≫の形にする。


 ずっぱーん! その後ろで、ビセンテの美しすぎる上段後ろ回し蹴りが、ギルダフ配下の一人を東方向へふっ飛ばした。



「フィオナは、父ちゃんに会いに行っちまったからなッ」



 ナイアルは人差し指を上に向ける。



ぼんは下で、アランとリフィとスカディが一緒だ。ここ片付けたら、お姫探すの手伝ってくれッ」



 くっと短くうなづくと、イオナは赫髪あかがみを揺らして走り出した。




 しなびた冬の枯草を押しのけて萌え出る今年の春の草、その若いみどりの上に赤い塗料がぼたぼたこぼれる。長槍石突に取り付けた長刀なぎなた用の刃をひらひらっと舞わせて、慣れない遠い間合いにまごつく黒い傭兵たちを、ダンは難なく二つ以上に斬っていく。近くに子どもの目がなくって良かったー、と本人は安堵している。


 がきん、その楕円状の軌跡を止めたものがいる。



「死神みてえな野郎だなあ」



 湾曲した長剣で、確実に長刀の刃を受けたその老人は、ダンに向かって言った。



「けど俺んとこにゃあ、まだまだお呼びでねえらしいのよ」



 すーっっ! そのまま長剣の刃を長槍に沿わせて、迫って来る!


 ぐんっと回転して間合いを取りつつ、ダンはくすりと笑った。


 ぎんっ! びんっ! 長刀の刃と、反り返った長剣の刃がぶつかり合う! がしりと下向きに長剣を押さえ込めたと思った瞬間、ふいッと懐に入り込まれて、ダンは目を見開く――



「てめえが死んどけや」



 老人は短剣をダンの左脇腹に押し込みつつ、囁いた。やわらかい、確かな手応えが、束の間マリューを酔わせたのである。


 ぶし、ぶししッッ!


 その背に二本の矢が立った。矢羽根にちょっとだけ緑の塗料がついている、ずーっと後ろからの援護射撃、イスタの連打だ!



「……」



 老人と見合わせていた目をつっと上げ、ダンはくいと小首をかしげる。



「うなれぇぇぇ、ティ――・ハールーッッ」



 ばこぉおおおおおん!!


 豪鉄の平鍋に側頭部をぶっ叩かれて、老人は真横へ飛んで行った。


 うなってるのはアンリ、お前じゃんと思いつつ、ダンは脇腹に刺さりっぱなしの短剣をつかんだ。ぐい、抜いても鮮血なんて出ないのである。料理人は頬をてからした。



「さすがです、隊長……!」



 自分は背が高い。よって上背のない相手に入り込まれると、脇がちょっぴり甘い。なので革鎧の内側、ねんど入りの層をこしらえて装着しているのである。全身筋肉だが痩せ型のダン、これを着ると少々胸板の厚く見える効果もあるので、かなりお気に入りの装備なのであった。






『ちょっと……ちょっとちょっと、何だか混戦中よ? 危ないんじゃない?』


「では北側斜面から、そうっと迫ってみましょうか」



 黒羽の女神に抱えられ、丘の上空へとやって来たミルドレである。


 中腹、薄く茂った灌木があった。そこへふたりはふわりと降りる、騎士は頭巾を被って、外套とともに春の草色の中に溶け込んでみる。



「私はここで状況を見つつ、頃合をはからってエリン姫を探しますから。黒羽ちゃんは巨人の上に、高く浮いててくださいね」


『ええ。……にしても女の人の歌声、よく聞こえるわ! 姿みえないのに。近くにいるのかしらね?』


「味方だといいのですが。ディンジーさんのように」



 騎士は今現在、“声音の魔術師”が味方だと認識している。



『それじゃミルドレ、わたし行くわ。なるべく戦わないで、危険を避けてね』


「……」


『ミルドレ?』



 騎士は目を細めて、丘の頂上付近で繰り広げられている戦闘に見入っている。



「……彼、お鍋もっています」


『は?』


「アンリさん、アンリさんとお鍋ですよ、あれ!」


『えーっ、なんでここにいるのよッ』


「こりゃいけない、助太刀に行かなくっちゃ」


『わたしも……』


「黒羽ちゃんは、対巨人専門です! 本当に危なくなったら呼びますから、行って行って!」



・ ・ ・ ・ ・



「いで。で、で……」



 “緑樹の女”樫の木のヴァンカがつくった枝の壁の中にくるみ込まれて、パスクアは倒れたまま、外の剣戟を遠く聞いていた。


 ほのかに明るい緑色の繭の内側、人間部分の顔だけ出して、ヴァンカが心配そうに彼を見ている。そこだけ枝を伸ばして、何とか出血を妨げようと、パスクアの背中に重ねた葉を押しつけていた。


 父の首環がマリューの剣の勢いを削ぎ、大幅に狙いを外してくれていた。



「俺は大丈夫そうだ、ヴァンカおばちゃん。……けど」



 横に倒れているエリンににじり寄る。



「エリンは……」



 ヴァンカは枝を伸ばして、エリンの頬と首元、左腿と手首にも葉を押し当てている。真っ青な顔は血にまみれていた。目を閉じて、……けれど時々眉根と唇が震える。



「死なないでくれ。たのむから」



 パスクアは手をのばし、エリンの右手に触れた。そこに何かが握られている。



「……?」



 いつも胸にさげている、二枚貝のお守りらしい。その紐を見て、パスクアははっとする。



――よし、これで手首を縛っとこう。止血になる。



 ぶつ、と紐をちぎり取った。合わされた貝は外れて、中身がはみ出た。


 うつ伏せのまま、震える手でエリンの手首をむすんで……そして何気なく転がった二枚貝を見て、彼は唇を噛んだ。



 ぎちぎちに詰め込まれていたらしい、だいぶかた・・のついた金髪が、ゆっくり息をするようにふくらんではみ出していた。パスクアの息が震える。


 他でもない、自分の髪だった。


 待っていた子を“うしなった”あの日、マグ・イーレの奇襲を受けて、万一の場合にと渡しておいた髪。それが遺髪・・になったとしても、くるんくるんの毛先を見て、いつまでも思い出し笑いをしてくれたらいいと思っていた。


 パスクアは目を閉じた。そのまぶたをこじ開けて、熱い涙が滲み出てくる。



――おひいはなぜ、逃げんかったのだろうな?



 ノワの問いが脳裏をかすめる。……答えがはっきりわかった今、でこぼこ配下のおじさん達はいない。


 パスクアのことを裏切ってなんかいなかった、エリンを守ってのこすために、いなくなってしまったのだ。



 ……前回丘を下った日、自分は思ったのではなかったか。


 お産の時にエリンを失わずに済んで良かった。でもできればエリンと子と、ふたりとも生きてて欲しかった、と。


 その願ったまんまが現実になったというのに、どうして自分はあんなに怒り、エリンを責めた?自分の前から消えてくれなんて、どうしてそんな酷いことが言えたのか。



「……ごめん。エリン、俺のエリン」



 地面に顔を突っ伏して、パスクアはむせんだ。



「死ぬな。丘の向こうにも、どこにも行くな。俺と一緒にいてくれ。いつまでも」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ