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海の挽歌  作者: 門戸
東の丘の最終決戦
241/256

241 東の丘の最終決戦27:娘のただいま

「……ナイアル! 霧がないッ」



 緑の丘の麓で、フィオナは第十三遊撃隊副長の迷彩しみしみ外套の袖を、ぐいっと引っ張った。



「はぁ?」


「おかあさん言ってたよ、丘は精霊の霧に守られてるって。なのに何もない、てっぺんまで見渡せるし」



 ローナンの指差す方を見て、ナイアルも首を傾げた。



「そう言やそうだったな。頂上に、十何人かがうじょうじょしとるのが見えるが……」


「霧って言ったら、巨人の頭に巻き付いているの、そうなんじゃないんですか?」



 リフィが西方の赤い巨人を振り仰ぎながら、短槍で示す。



「……その、頭の上の方。何か飛んでない?」



 “第十三”の中で、いちばん視力のよいイスタが言う。



「あー、けものに乗っかった、人間ひとり」



 やはり驚異的視力を誇る、キヴァン娘も言う。



「おとうさんだっっ。ヌアラぁっ」



 赫毛あかげの少女はだだっと駆け出す、ふわりと白鳥二羽の足を掴んで……。



「あっ、こらフィオナぁっっ」



 ナイアルが叫んだ時にはもう、ぶうんと高く飛んでしまっている。



「ぎーっ、本ッ当に聞かねえやつじゃああッ。おいこら羽毛ども、もう仕方ねえから四羽で行ってあいつを守れッ。時々帰ってきて、ちゃんとやり取りすんだぞ?」



 低空をうよついていた残りの弟白鳥二羽も、それでぱっと後を追う。



「大丈夫じゃない? フィオナのお父ちゃん強いんでしょ、一緒にいた方が危なくないかもよ」



 少年がナイアルの腕をぽんぽん叩いて、悠長に言った。



ぼん。頼むからお前は、むちゃくちゃすんなよ」


「ナイアル。あれは……」



 ぼそりとダンが言う、顔をそっちに向けると丘の中腹、手をひらひら振っている青い影があった。



「あー、フィオナのおばちゃんだ!」


「アランさんがいるってことは、イオナさんとヴィヒルさん、上にいるんじゃないですか?」



 リフィはきっと頂上を見た。



「……つまり、お(ひい)をさらったやつらとぶつかっとるのかもしれん! ようし、後ろっから援護で行くぞうッ」



 ナイアルは、ぐるっと全員を見渡した。



「坊とリフィは、アランと一緒にいるんだ。いいな」



 あの魔女と一緒にいれば安全だ。そう確信しつつ、ナイアルは保母騎士となりのキヴァン娘をぎょろりと見上げる。



「スカディ。星ひとつのお前だが、ここでは心底頼りにするぞ! 坊をがっちり守ったってくれ」



 娘はにこーっと笑ってうなづく、……そのまま首を傾げる。ほし?



「メインが巨人を引き止めてるうちに、お姫を奪回するぞうッ」



 たたっ! 迷彩しみしみ外套をひるがえし、第十三遊撃隊は丘の頂上めざして走り出した。


 少年はリフィの手を取る。



「俺らも、行こうッ」


「はい、オルウェン様」




・ ・ ・ ・ ・




『……たい。 交渉体、交渉体……』



 再びテルポシエ上空に戻り、赤い女神に感づかれないよう遥かな高みに浮いていた黒羽の女神は、その声を感知してどきりとした。



『……はい、本体ちゃん? 介入準備ができましたか?』



 宿敵・赤い女神に支配されているかの女の本体が、か細く呼びかけてきたのだ!



『……いいえ、まだです。不正な鍵代かぎしろ女性は、いまだ生存しています』


『……』



――女性…。じゃあやっぱり、エリンだったのだ。


 かの女の姿を見られず、声を聞くことも出来ないのに、間違って巨人を呼び出してしまった者。イリー世界を滅ぼしかけている、張本人……。



『赤い女神は聴覚視覚を阻害される攻撃を受けているため、この交信は察知されていません。鍵代女性は今、封印地の丘の上にいます』


『わかりました』


『赤い女神は封印可能な程度にまで、力を消耗していると見られます。また鍵代女性は大量に出血し、それが順調に土に染みているので、まもなく介入可能となるでしょう。ただ、すぐ側で正当な鍵代候補がやはり大量に出血しているので、本体は少々混乱ぎみです』


『……どういうこと?』



 正当な鍵代候補……? 思わず、黒羽の女神は聞き返した。



『わからないから、混乱してんだろうが』



 途端に本体が気を悪くしたらしい。どすのきいた感じになった。



『はっ、そうよね、ごめんなさい本体ちゃん。えーと……介入可能になりしだい、どうぞお知らせくださいまし』


『ふん』



 ぷっっと声が途切れる。


 女神は愕然とした。 ……ほんとに劣化しちゃったんだわ、わたしの本体……。


 いいや、落ち込んでいる時ではない。下に向かって呼びかけた。



『地上のミルドレさん、こちら上空の黒羽の女神。聞こえますか? どうぞ』



 一、二、三拍おいて、のほほん声が返って来る。



「♪ はーい、地上のミルドレです。海賊船撃破の様子、かっこ良かったですよー♪」


『ありがとう。これから迎えに行きます、どうぞ』



・ ・ ・ ・ ・



「水棲馬っ、もう少し前からつっつけッ。ウーアの隊から離すんだよっっ」



 必死に指示を飛ばしつつ、赤い巨人すぐそばのメインは焦燥してもいる。


 さっき巨人がばらまいたものが、恐ろしい亡者の小軍団になって大盾部隊にぶつかった。西から来たイリー軍は、巨人の右方向から攻撃をかけてくれている、……とりあえずテルポシエでなく共通の敵を討つ気でいるらしいのが良かったが、こっちも亡者どもと派手にぶつかり合っている。


 赤い女神の手枷足枷から解き放たれて、本当に久し振りに体が軽い、胸の奥に熱を実感できている。けれど自分は、……果たしていつまでもつだろう?


 エリンが……エリンが死ぬのが先か、あるいは赤い巨人が疲弊するか。


 彼は知っている。間違ったテルポシエ王統継承者のエリンが呼び出した巨人は、彼女の死をもって鎮まることになる。詳しいやり方まではわからない、しかしエリンが死にかけている今、巨人の静止は刻々と近づいている。


 メインはかなしかった。


 理術をまとったギルダフとその配下が何を企んでいるのかわからず、精霊たちと息をひそめていた――そしてあまりに短い時間の中、友とエリンが傷つけられた。そこで彼はとうとう、怒りを堪えられなくなった。理術のかかった敵わない相手とわかっていても、姿を現さずにいられなかった。


 そこに走り込んで来てくれた、三人のことが心配でならない。


 彼の一番大切な、あかい存在。


 けれど“義姉”(誰なんだっけ)の言う通り、これは自分にしかできないことだ。精霊たちとともに、巨人をできるだけ引き止める。疲れさせる。人を殺させない、力を補充させない。



 ふっと目の前が暗くなった。



「ジェブ、真上ッッ」



 くわぁッ! 巨人の髪先の蛇が、不意を突いて食いかかって来た!


 ぱあッッッ……。


 しろい光が散った。



「えっ?」



 メインは額の上に左手をかざす、……ぼん! お腹のあたりに、何か温かいものがはまり込んで来た!!


 ぱちぱちぱちぱち! 白い光は強まって弱まって、をけたたましく繰り返す。巨人の髪先の蛇はたまらず気持ち悪くなって鎌首を引っ込めかける、そこへ!



『うおらぁああああッッッ』



 白鳥四きょうだいが二羽ずつ、蛇の巨大な両眼にむかって体当たりを喰らわす!


 しゅあーっっ!!


 蛇はそっくり返って悶え苦しんだ。ちかちか光の点灯は、休みなくその側で続いている!



「ようーしっっ」



 ジェブの背中、自分の前にはまり込んだその子は、燃えるような髪を振り立て、両手を上げて叫んでいる。緑色の光が走る小さな右手には、不思議な形の棒を握りしめていた。


 メインが呆気に取られて、そのつむじに見入っていると……その頭がくるっと回ってこちらを見上げた。頬っぺたにもやはり、緑色の文様が輝いている。



「メイン!」



 きんきら輝くおおきな瞳をめいっぱいに広げて、破裂しそうな笑顔でフィオナはどなった。最初のさいしょ、出会ってはじめに彼に教えてもらった名前で呼んだ。



「おとう、さ――!!」



 ぎゃああああああ、呼びかけはそのまま泣きに入ってしまって、娘は父の首ったまに抱きついた。


 メインは何にもなんにも、言えなかった。イオナが帰って来た、フィオナまで帰って来た!


 右頬にふかふか、若い赫毛あかげを感じる。ちょっと前、パスクアにつるつるに剃ってもらっておいて本当に本当に良かった、と心底思った。つまり動転している。



『なんと言うことだ、あんなにちっちゃかったこねこちゃんが、こんなに重くなったッ』



 ジェブの声に、ふぁっと我に返る。



『ジェブは、すごくたいへんだぞっ』


「おかえり、フィオナ」



 ずーっとずっと言いたかった言葉、出番がきたぞ。



「ただいまぁぁぁぁあ」



 涙と鼻水とついでによだれも、ぐちゃぐちゃ総決算の顔をようやく離して、たった九歳の娘は答えた。


 メインの乾いてがさがさの手、大きな手がそれをぐるっと拭く。



「お父さん、助かったよ」



 ぶちゅーと頬っぺたにくちづける。



「一緒に巨人、やっつけよう」



 娘は再び、大きな笑顔でうなづいた。みじかい赫毛あかげが風に燃え立った。


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