24 テルポシエ陥落戦4:テルポシエの覚醒
「――来ましたァ!」
テルポシエ城・西の塔、北側を監視していたある騎士が叫んだ。
夜目の効く若い騎士は、北西方向の湿地帯を越えた所に、ごくごく小さな灯りがはっきり一列に並んでいるのを、いち早くとらえたのである。
ともに当直番についていた別の騎士は、すぐさま駆け下りていった。
がん、ががん、がががん・・・
共鳴する警鐘がどんどん重複していって、まどろみかけていたイリー都市国家“東の雄”テルポシエは、瞬時に覚醒した。
「侵入予想は湿地帯・北側真正面の方向から、総勢八百人程度とみられます」
「対海岸部隊は、いまだ潮流の変化を確認していません」
「第一壁、第二壁、第三壁、ともに迎撃部隊の配置完了」
若い伝令役の騎士から、矢継ぎ早に報告される情報を頭に入れつつ、ウルリヒはあくびを噛み殺した。
滲み出た大量の涙を大儀そうに拭いながら、草色外套の留め具をはめる。
――あーあ、せっかく寝入ったとこだったのに。狙ってやってんのかエノのくっっそ親父、やっぱ殺す。許されん。
「市民に避難令は出したんだろうな」
「はい、陛下。各区ごとに自警団の管轄に入りました」
「計画通り、一級騎士を総動員。全員長短槍の重装備で、北門前に待機」
「陛下、対海岸部隊の第九団は、そのまま港での配置としますか?」
三つ目の留め具を指にしたまま、ウルリヒは瞬時迷った。
ちろりと横を見やれば、ミルドレがいつも通りの柔和な表情で、自分を見つめている。
その手から濃紺の額帯を受け取りながら、王は言葉をついだ。
「そう、現状維持だ」
慌ただしく支度をして自室を出た所で、小さな人影が目に入る。
「おっと、何だよエリン。お前は寝てていいんだぜ?」
「お兄ちゃん」
無数の燭台に火がともり、石壁の廊下に佇む妹の顔をしろく照らしていた。
自分に呼びかけたきり、言葉に詰まってしまったらしいエリンを、ウルリヒは両腕のなかに大きく抱きしめた。
寝巻の上に羽織った、厚い肩掛けの手触りがなつかしい。
「敵のおっさんが、ついに打って出てきたからな。俺様直々にお出迎えに行って来るぜ」
髪をやさしく払いのけ、ぶっちゅうううう、と大きく音をたてて頬に口づける。
「とっとと片付けて来るから、お前は心配しないで待ってな。体冷やすんじゃねえぞ」
わさわさと頭をなでて、離す。
そうして妹の背後に立つ存在に、まっすぐ視線を向けた。
「エリンのこと、頼んだぞ。シャノン」
「はい、陛下」
短く、けれど温かく返答したその騎士は、ウルリヒとほぼ水平に視線を交わすほどに上背があった。
しかしながら草色外套の下、鎖鎧で重装備しているはずのその身体は、異様に細い。
ウルリヒは右手を低く出して、騎士の左肘をつかむ。
彼女もまた、微笑してウルリヒの左肘に柔らかく触れた。
「ご武運を」
かけられた言葉に頷くと、ウルリヒは大股で歩き出す。ミルドレと伝令がその後を追う。
ウルリヒ王と騎士シャノン、それだけで二人は別れた。
深く想いあっているのにも関わらず。