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海の挽歌  作者: 門戸
東の丘の最終決戦
236/256

236 東の丘の最終決戦22:丘の麓のゴンボ君

 ウセル配下の“首布組”と射手らに守られ、また目くらましの小術で逆に彼らを守る形で、必死に撤退してきたメイン暗殺隊の理術士三名は、どうにかこうにか西側のイリー混成軍の元へ合流することが出来た。


 そうしてすぐにその中枢、全マグ・イーレ軍のグラーニャとキルス老侯のもとへ走る。誰もが状況を知っていた。巨人が現れたのだから、暗殺は失敗したのである! しかし“白き牝獅子”は、兜の白鳥羽根をわさわさ揺らして、彼らにうなづきかける。



「生きて帰ってくれて、本当にありがとうッッ」



 小っさい第二王妃は、がしっと理術士たちの腕を掴む。



「次の本軍援護、よろしく頼むぞうッ」



 鎖鎧の穴から、笑顔が輝きかけてくる!


 それで、理術士三人は元気を出した。


 この十年で、彼らはしっかりマグ・イーレ人になっていた。故国とは全然ちがう、まずしいのに豊かな気持ちで生きられる、素敵な国と優しい人々。話相手や相談先に困っていた昔とは、雲泥の差だ。


 だから彼らは疲れた体を奮い立たせて、杖を構える。グラーニャの白馬、ゲーツの黒馬、キルスの栗毛馬の後ろに控えて、戦線に立ち向かう。


 緑の原、湿地帯の向こうに灰白色の城塞がでんと座っている。市外壁の前に動きは見えない、門が固く閉ざされているだけで、人員配置はなかった。裏では相当数が構えておるのだろうな、とグラーニャは予想する。



「では、行くとするか。キルス」



 グラーニャは真横のキルスに言う。



「ええ」



 老将は頷いた。



「派手に、しかしゆっくり進軍するのだ。北門の赤い巨人、西門の我々でエノ軍は手一杯になろう。姫ひとりの静かな死なぞに、かまう者はいない」


「ウセルのところの皆さんに、期待いたしましょう」



 彼らの後ろで、理術士三人は詠唱を始める。春先のぬかるんだ湿地帯を軽く駆け抜けるための、“早駆け”の術を。



・ ・ ・ ・ ・



 しかし。テルポシエ城内に潜入していた“ウセルの家人”たちは、実は心底慌てている。


 暗殺決行日のぎりぎり直前になって、彼女達はようやくエリン・エル・シエを把握した。それまで、下働きの女中とばかり思っていた貧相な女が、自分達の標的と知って拍子抜けした。


 それもそのはず、彼女たちはエリンについて、グラーニャ妃殿下にそっくりの若い女、としか聞いていなかった。あんなに痩せこけていては、似ている者も似なくなる!


 苦しい言い訳はともかく、把握した。……それなのに、巨人が出現し土壇場となった今、エリンの姿は見当たらない。


 厨房係として潜入していた彼女達に、料理長らは帰宅していいよと言った。そこで逃げ惑うふりをして、城中を駆け巡る。しかし姫が使っている地下室にも、財産管理庫にもいない。



「あっ。護衛の娘と一緒に、医師のところへ行ったんじゃないの!」


「そうね!」



 本城の西側にある医務所に向かった。案の定、背の高い護衛の娘が、医師らと出てくる所である。



「ケリーちゃぁん! 一緒に、市内へ逃げましょうッ」


「お姫さまもよ、どこにいるの?」



 厨房もよく手伝う娘と、名を呼ぶほどには親しくなっていたウセル家人らは声をかけた。



「あっ、料理のお姉さんたち!」



 くるっと振り返ったケリーを見て、家人らは面食らう。びしっとした革鎧、ところどころの鋼の当て具、ぐうんと長い抜き身の槍を手に……重装備している?



「今日、姫様は、……」



 言いかけたケリーの左腕を、フィン医師がぐっと握った。



「エリンさんをお探しなら、私と一緒に来てもらえますか。お二方」



 事務的な言い方である。女二人は内心安堵して、きびすを返した医師の後を追う。彼はそのまま城門を出て、西大路をぐんぐん早歩きで進んで行く。ティーラ医師と、エアンも一緒だ。



「ね、先生」



 少し堪りかねて、ケリーが囁いた。



「悪いけど、だまって合わせておくれ。俺に思うところが、たくさんある」



 医師も囁き返す。



「……じゃなくてね、腕がね」


「そっちもすまないけど、いま君のこと離したら震える。こう見えて、俺はほんとは小心者」


「いや、先生は見かけがそもそも豪胆とかではないし」



 西の市内壁へと進みながら、医師は満足気にうなづいた。




・ ・ ・ ・ ・




 東の丘の北側、街道脇である。


 荷車の中に仰向けに倒れた形だった、とさかおじさんの死体だけを何とか灌木の茂み裏に隠すと、もぐりの理術士ゴンボ君は馬たちをその辺の樹につなぎ、自分は御者台に座った。


 肩掛け鞄を探って、巻いた布を広げる。麓から、丘を見上げることすらしなかった。言われてやるべきことをやったのだから、これ以上自分の意思で何かすべきではない。


 からからがらがら、街道を通る馬と荷馬車の音も、ゴンボ君の読書を妨げなかった。すぐそばで耳障りなぎゃん声を上げられて、ようやくのめり込んだ世界から我に返る。



「おいこらお前ッ、お(ひい)は無事なのかッッ」



 ゴンボ君は顔を上げて、ぎょろぎょろした目で自分に食いかかろうとしている男を見た。



「……と、思いますよ」


「丘の上で、何をしようとしてやがるッッ」



 ナイアルはひょろひょろ青年の襟ぐりを掴んだ。



「……わかりません。僕、留守番なんです。戦えないから」



 表情および全身に無抵抗を示して、ゴンボ君は両手のひらをナイアルに向ける。



「くそぉッッ。おいこら皆、こっから歩きでのぼるっきゃねぇぞ。馬とお婆ちゃんを、どこに待たすかだッッ」



 ナイアルは斜め後ろに向かって叫んだ。彼には珍しく、焦って苛ついている。



「あのー。もし、良かったら」



 ゴンボ君は平らかに言った。



「僕、みときますよ。その辺に長めにつないで、草食べさせとけばいいんでしょ?」



 ばちばち、目を瞬かせて、変な顔でナイアルはひょろい青年を見る。



「あの巨人がこっち側に来るようなことがあったら、馬を放して、お婆さんと一緒に逃げます」


「何だお前、敵側のくせに良いやつなのか」


「いえ、ただの短期派遣なんです」


「うむ、ほんじゃ頼んだぞ」



 ゴンボ君の薄い肩をぽんぽん叩くと、ナイアルは皆の元へ駆け戻る。あー良かった、お婆ちゃんは超優秀だが少々目が悪い。逃げ遅れだけが心配だったのだ。


 一行が丘に登り始めるのを横目に、ゴンボ君は再び手元の布本を開いた。ティルムンから取り寄せた大人気連本の最新作が、昨日ようやく届いたのである。連綿と続いて来た長い物語の、大局面だ。彼は架空世界の命運を握る架空の登場人物の気持ちになりきって、その破滅を目前にした架空の宇宙に入り込んで行った。


 隣につけた馬車の御者台では、小さなお婆ちゃんが再び、大人の仕草でふんぞり返って、甘草葉巻をかみ始める。



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