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海の挽歌  作者: 門戸
東の丘の最終決戦
235/256

235 東の丘の最終決戦21:還り来た者たち

「お義父さん、ちょっと……」



 被りものをひょいと外して、キュリがランダルに言う。オーランの黒い塔の屋上、潮風に吹かれた素顔が、ちょっと疲れた感じである。



「はいっ?」


「杖、支えてください」


「はいはい」



 先端の光る長い聖樹の杖を両手に受け取り、ランダルは義娘のいた所に立った。



「お手洗いに行ってきます。あと何か、下でつまんでこよかな」


「ええッ!?」


「いま、何や膠着しとるし。ええですよね、ディンジーさん?」


「♪~~ あー、俺もぉ。ぼえっ、限界だわ」



 こてん、声音こわねの魔術師はその場に座り込むと、がっくりこうべを垂れてしまった。



「はぁあ、つらー。もぉ本ッ当、しんどー!! モティーちゃぁぁぁん!」



 弱音泣き言駄々洩れの森の賢者、その背中をゲール君がさする、ジアンマの差し出した杯を力なく受け取って、ディンジーはすする。



「えーと。あのう……」



 杖の先端が光っているからには、理術の発効は続いているはずである。なのに自分なんかが持っちゃってていいのだろうか……、どぎまぎしながらランダルはそれを支えて立っていた。




・ ・ ・ ・ ・




「そろそろ、しんどなってきたわー。休憩しぃひん?」


「おお、そうしよ。飴ちゃん、食べるひとー」


「あらっ、おいしいやん。あんたこれ、どこで買うたん?」


「うふ、北区の“紅てがら”さんちゅうとこでな。おいしいのに、めっちゃ安かってん」


「えー、本当? あとでお店教えてやー」


「交代で、お手洗い行かんかぁ?」



 動かない巨人、動かないイリー混成軍、動かない謎の“蛇”軍。


 膠着状態とみて、一時本陣の中広間へタリエクが行ってしまったのを良い事に、理術士おばちゃん達は勝手にお休みに入ってしまった。


 天幕の隅っこ、ロボ君だけが動かずに、光る杖を支えて立っている。




・ ・ ・ ・ ・




≪……≫



 何となくぼんやりしたのが晴れた気がして、赤い巨人はぱちんと瞬きをした。


 ええと、何するのだっけ。 ……あくび!



≪ふわー。そうだ、いろいろやることがあるのだ。あの、ちっさいやつが帰ってくる前に、できるだけ人間を殺して鍋に入れねば。それとー……もうひとつ大事なのが、鍵代かぎしろ……≫



 ちろッと目の前に並んだ、黒っぽい軍団を見る。



≪やはり、こやつらから…… ん?≫



 なじみのある香りを感じて、巨人は丘の方に顔を向けた。


 おやッ! こちら、人数は少ないものの既に戦いが始まっているらしい、血の匂いがいっぱいする! そのうち一つは、十年前に自分を起こし、ついさっき目覚ましとなった、間違っためすの血の匂いだ。えっ、もう瀕死?


 いかんいかん、それじゃ、手近なこっちから行ってみようか! ぐぐぐ、巨人は体の向きを、ゆっくり丘に向ける。



・ ・ ・ ・ ・



 むくり、と立ち上がったメインに、ギルダフは一瞬言葉を失う。


 彼は周囲を見回した。その場にいる全員が目を点にしている中、メインはすたすたすたと歩いて、丘を下ってゆく。



「……あれー?」



 と、ギルダフはすぐ隣で、めきめきいう音を聞く。


 ものすごい勢いで成長する何かの植物の芽が、無数に地表からわき立ち、あっという間に倒れたパスクアとエリンの身体を包み込み、隠してしまった。できあがったのはさながら枝でできた繭、緑色の籠だ。



「何だぁ、生きてたの」



 ギルダフが笑顔を向ける先。


 緑色の怒りを全身に光りみなぎらせ、精霊使いの小さな王が立っていた。



「隠れていただけだったんだね!」


「……何がしたい。ギルダフ」


「何だろうね。色々ぜんぶ、ぶっ壊れてなくなればいい、かな」


「全部壊してなくして、どうやって生きていくんだ」


「あ、俺込みで全部壊れるのが良いんだけど……」



 ふしゃぁあああッッ!!


 緑の魔猫四匹が、地面からすっと浮き出てギルダフに牙をむいた。メインの背後、ぬっと出た赤と金のまだら毛皮、巨大けもの犬は、きらきら光る眼の中にぷるぷる涙をためている。



『ジェブのだいすきなエリンを、よくも』



 ぶぶぶぶぶ……メインの顔の左側、あまりにむかつき過ぎて黄色い炎になってしまった業火の翼をくゆらせ、プーカが顔すじを立てまくっている。



『パーのやつを、よくも』


『あいつのおっさんどもをぉ、よぉぐもぉぉぉ』



 滅多に取り出すことのない、釘を何本も立てた棍棒をゆっくり回しながら、メインの右側でパグシーも怒っている。いも虫流星号も三白眼をむいている。



「仕方ないじゃん、なりゆきなんだし」



 睨まれて肩をすくめ、ギルダフは便利な言い訳言葉を使った。



「あとさ、下の霧から聞いてない? 俺たち今、理術が効いてんの。君の精霊の力は通じないよ」



 プーカとパグシーはぐりんぐりんと頭をまわす、怒ってる人がよくするあれである。



「ギルダフ。も一度、ほんとにメインを殺してみっか? 巨人が鎮まるかもしれんぞ」



 マリューが言った。



「そっか。そうだね」



 さくっと行けるだろう、精霊の使えない精霊使いなんて。単なる引きこもりのもやしっ子じゃん! ギルダフは笑顔で、棒をかまえ――王の頭上に振り下ろした。



 ばきっ、


 ぎぃいいいん!!


 素材の同じものどうし、異なるもの同士がそれぞれ激突する音がして、あれっと違和感を覚えたギルダフは、撃った先を凝視する。




 炎かと思った。


 長い棒を鋼の三本刃が受け止めている、その先に燃え立つようなあかい髪。


 そのすぐ後ろ、やはり長い樫の木の戦闘棒で受けている黒っぽい影。


 四つの瞳が、ぎーんとギルダフを射抜いている!



 ざっ、咄嗟に後ろに跳びすさり、ギルダフは目を見開いた。



「……イオナ!?」



・・・



「イオナ……」



 ジェブの背にすがり、ずっと上空へと逃げていたメインも、震える声で呼んだ。自分の目が、信じられない。けれどあの赤。うつくしいあのあかい髪は、まぎれもなく。



「はじめまして、メイン。あなたの義姉の、声音こわねの美魔女よー」



 はっ、とする。


 不思議な声はずっと下、丘の地表のどこかからか発されて、けれど正確にメインの耳に届く。



「感動の再会はまた後で。地上のやつらは兄妹に任せて、あなたはあのでっかいやつを食い止めて。あたしの歌が、あなたの精霊をたすけて支える」



 メインは西方をみた、……ゆっくり巨人が近づいている!



「……さっきみたいに、かい」


「わかってんじゃないの」



 青い頭巾の下、魔女はにやりと笑った。



「そう。あなたにしか、出来ないんだからね。……さあ――ッッッ」



 丘の西側中腹から、声音の魔女アランは高らかにどなった。



「真打ち、登場ぉぉぉぉッ。お前ら、道をあけんかーいッッ」



・・・



「ひっさしぶりじゃないか。どこで何をしていたんだよ、メインを放っぽってさ?」



 じりじりじりッ。ゆっくりさりげなく、しかし確実に後退しながらギルダフは言った。


 すっと立ち上がり、兄ヴィヒルと背中合わせになるイオナは、答えない。



「今さら、何をしに来た」



 じゃきっ……まばらな円陣を組んだ男達は、それぞれの飛び道具に手を伸ばす。




・ ・ ・ ・ ・




 東の丘の上に浮くジェブとメインよりも、はるか上空。低く高く浮く雲のあいまにのぞく、緑色のテルポシエの地。


 それを見下ろす一人と一柱がいる。



『とうとう帰ってきてしまったわ、ミルドレ』


「十一年……十二年ぶりです。やっぱりうつくしい、緑色の故郷の大地」


『そこに、よけいな赤いやつがいるわ』



 ばさっ、巨大な黒い翼を力強く羽ばたかせ、女神はきっと巨人をにらむ。



『今度こそ、きちっと間違いなしに封印して、ぐうの音も出ないようにしてやるのよ』



 胸部分をかの女に支えられる形の、草色外套の騎士も頷く。



「今回は、まだ誰も殺していないようですね」



 金髪でもない、赫毛あかげでもない、不思議な色のちりちり髪が風にあおられて乱れる。



「今現在、ディンジーさんの歌は途切れていて、別の女性の声が聞こえています。これも声音の魔術師でしょうか?」


『そうね……。精霊使いと組んで、巨人を止めようとしているのかもしれない』


「今回はずいぶんと、色々な方々が対応しているようですね」


『ええ。わたし達はそういう皆の中を、うまいこと縫って立ち回りましょう』



 騎士は丘をぐっと見下ろした。



「……エリン姫。あるいは、エノ首領メイン。間違って呼び出した者、このどちらかが死なない限りは、巨人は赤いまま」


『……』


「よって。このうちどちらかが生き残り、巨人が赤いままである場合は、私ミルドレ・ナ・アリエがそれを抹殺します」



 黒羽の女神はぷるっと震えた。



『エリンは、あなたの……』


「たくさん話して、決めましたね。黒羽ちゃん」



 見上げると、男の蒼い双眸は静かだ。



「……ですから、あなたは。彼らが生命を落としたのち、間髪入れずに巨人の体に入り込み、赤い女神からあなた自身へと、その支配をうつす」



 どこまでも静かな、……老いた蒼さ。



「それが、ミルドレと黒羽ちゃんにできることです」



 男は笑った。



「がんばりましょう!」



 いつもの、のほほんとした調子で言われて、それで女神も頷いた。



『そう、もう迷わないって決めたんだわ!』


「その調子です、行っきましょう! 私のすてきな黒羽ちゃんッ」



 力を込めて言い、次の瞬間横を向いて、騎士はぶぁっくしおん、と盛大なくしゃみをした。続く風に、鼻水がたなびく! そつなく隠しから手巾を取り出してそれを覆いながら、ミルドレは言った。



「えーと、ところでそろそろ、降ろしてもらえますか……」


『ぎゃっ、ごめんなさい! 上空は、人間にとっては寒すぎるのだったわッ』


「いやー、すみません。ほんとはあなたと、いつまでも浮いていたいのですけど……」



 紫色になり始めた唇を曲げて、ミルドレはぷるぷる震えながら言った。



「この気温では、鼻歌も凍るというか……」



 急いで降下を始めながら、黒羽の女神はミルドレに聞く。



『どこに降ろそうか!』


「うーん……やっぱりお城ですね。見晴らしが良いし、声も通るでしょう」


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