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海の挽歌  作者: 門戸
東の丘の最終決戦
233/256

233 東の丘の最終決戦19:ウレフとノワ

 小さな荷車の中、毛布にくるんで横にしたエリン、その頭を膝上に抱いて座り込んだノワは、彼女に声をかけ続けていた。



「おい、お(ひい)。じきに市内に入るぞ、こらえろよ。あの医者の兄ちゃんに、すぐに診せるからな?」



 エリンは震えていた。意識はあったが、目を開けてものを答える気力がなかった。


 痛い、いたい、痛い。出血は止まらないらしい、下腹部内側からの引き裂かれるような痛み、耐えられない、そこに荷車の底から震動が伝わる……あああ、いたいぃぃぃ!!


 両脚の間はどぶりと湿ったままだ。ノワが下半身にもう一枚、毛布を巻いてくれたらしいのが心底ありがたかった。


 脂汗の浮かぶ真っ青なエリンの顔、その額に時折手をあてて、ノワは目をぎょろぎょろさせる。



「ほんとにやべえぞ、手も顔も冷たくなってきちまった」



 御者台のウレフに声をかける。彼は振り向いて言った。



「……痛み止めの薄荷はっかは、もう残ってねえのか」


「全部やっちまった」


「足の方も冷たいんか」



 言われて、ノワはエリンの足元、長靴の中に指を入れる。



「冷てぇ。……って、うわッ」


「あんだよ?」


「股引が、もう足首あたりまで血染みてんぞッ」


「……!!」



 二人が息を飲みかけた時、後ろから声がかかった。



「止まれー」



 かたかたた、巨大なギルダフの黒馬が、荷車の横で止まった。


 何でここ、丘の北側で!? 市の北門は目の前なのに! ウレフとノワは馬上のギルダフを見る。



「ここからは徒歩だ。二人どっちか、お姫さんをかついでついてきてな」



 よいしょ、と馬を降りつつ、ギルダフはいつも通りの朗らかな調子で言う。



「……は?」


「丘へは、馬じゃ登れないしね!」



 十数名のギルダフ配下の傭兵たち、マリューも馬を降りた。


 ウレフは、一行のしんがり部分にいたパスクアが、やや離れたところで馬を降りるのを目の端にとらえる。



「メインに、診せようよ」


「そんな……巨人は出とるし、弱り切ったあいつに治療できるわけがねえ! 真っすぐ市内へ連れて行って、医者に診せる方が確実だろうがッ」



 エリンを両腕に抱えたまま、ノワはギルダフに強く言った。



「ほんとにやばいのだ、死にかけなのだぞっ」


「じゃ、ますます丁度いいじゃん!」



 きらきらした少年っぽい瞳をひらいて、ギルダフは言う。



「巨人が軍の方、向こうむいてる間にちゃちゃっとメインを殺しちゃって。ついでにお姫さんも死ぬか殺すかしちゃえば、もう巨人は出なくなるんだろ?」



 ぐうっっ!? 自分達の“仮説”びったしに沿う話をするギルダフに、ノワはぎょろ目をさらに大きく見開いた。ウレフは肩越し、御者台から目を細めて、ギルダフを見ている。



「そういう話だったよね!」



 エリンの頭をひと撫でしてから馬車床に下ろし、ノワはゆらりと立った。すっと荷台を降りる。



「頼んだぞ、相棒。ぐふふ」


「お前こそな、相棒。ぬふふ」



 だあっ!


 ウレフは馬の尻をびしっとはたいて、走らせる!


 同時にノワは身をかがめ、ぐるっと自分の周囲いっぱいに勢いよく何かをまいた、……灰だ!


 はっとして追いかけた手前の傭兵二人に、ぬっと身を落として足払いをかける、起き上がりざまに立て続け掌底の二撃、ず・だだんッ!! ふっ飛ばす!


 舞い上がる灰の煙幕の中に身を沈め、その後ろに迫ったギルダフの巨大な影にも通りすがりざまの一撃を入れる――


 がんッ。


 ノワの掌底、誰にも阻まれなかったはずの必殺の右手が(ウレフもそうだが、彼はフィングラスでの仇討ちの記憶をなくしていた)、樫の木の棒に受けられていた。



「俺いつも、嵐や雨が得意なんだって言ってるじゃん」



 その受けのすぐ後ろ、目を閉じても笑顔のギルダフ。


 ばしッ、ノワの右手をギルダフの両手が激しく掴む。どんっっ。背中側から正確に、刃がはいった。



「かはッ」



 ノワの革鎧のすぐ上、うなじ下からながく侵入した長剣は、斜め上からその心臓に到達した。


 ぐうっ、勢いよくマリュー老人は剣を引き抜く。ギルダフが手を払って、ノワは右横へくずおれた。


 片足立ち。その上げ曲げた右脚の腿と、腹の間に落ちて挟まった戦闘棒をひょいと左に持ち、ギルダフはぐるぐるっと回転させる。たちまちのうちに灰の煙幕はかき消されて、先を駆ける荷馬車が見えた。ギルダフは笑う、右手に棒を持ち替え、だだっと駆ける。


 ひょーい! 低空を切ってそれは飛んでいき、がきぃいいいいん! 正確に御者台のウレフの首の骨と、脊髄を粉砕した。


 その衝撃に混乱して馬がいななく束の間、巨大な黒馬でずばっと回り込んだギルダフは、御者台のウレフの身体をどんと突き飛ばす。棒を拾って、エリンの毛布を引っ張った。



「うん、回収、回収。行こっか、ね!」



 ひょいっとエリンの体を抱き上げ、左肩に引っかける。



「わー、血なまぐさい」



 丘の麓、配下らの元へ歩み寄る。


 震えながら、でも動けないエリンは口の中で、先行おじさん二人の名を呼んでいた。


 全てをパスクアは遠目に見ている。蒼ざめながら、見ている。一番遠くから、みている。


 霧女の壁を前に、エリンをかついだギルダフは歩みを止めた。



「ゴンボくーん。出番だよ! よろしく」


「はい」



 やたら細身の傭兵がいるなと思うパスクアの手前で、そいつは頭巾をおろした。長刀用の袋から、理術士の杖を取り出す。すたすたすた、ひょろい若者はギルダフの側へ歩み寄った。



「この霧からして、もう精霊なんだ。いける?」


「ええ。この丘ぜんたいですよね」



 彼は杖を掲げた、先端部分が白く光り始める。



「……いざ来たれ いざ来たれ 群れなし天駆ける光の粒よ 高みより高みより いざ集え」



 若者の体がにぶい白い光に包まれ、それがのそりと膨らんで、ギルダフはじめ周囲にいる配下たちの体にまとわりつき、沁み込んでいった。



「集い来たりて 悪しき物の怪のわざより 我らを隔てる壁となれ」



――アキル師が時々かけてたやつ……。



 それはパスクアの身にもまとわりついて、消えた。精霊のたぐいが放つ、悪意や攻撃を遮断する術だと言っていたっけ……。



「はい、できました。皆さんの体に防御をかけましたので、もう精霊の力は及びません。ただ、効き目は二刻ほどなので注意してください」


「二刻ね、十分だよ。どうもありがとう」


「あの……僕、直接の戦闘は出来ないので、ここに残りたいです」


「うん、わかってるよ。死体と一緒だけど、そこの荷馬車の中ででも、待ってる?」


「そうします」



 そっけないやり取りの後、ティルムン青年はすたすた行ってしまった。



「理術士になりたいけど、現場に行って戦いたくない男の子、か」



 くるりときびすを返して、ギルダフは霧の厚い壁に向き合う。



「これを逃げっては言わんよね。できるできないは、正直に言ってくれた方が断然いい」


「そうだ。事前準備に後方援護、理術は使い方しだいでなんぼでも活用できる。矢面に立たす必要はねえ」



 後ろのマリューが同意した。二人の前の霧が、ふいと薄まってかき消える。


 ギルダフはそこで、ずんずん進んで行った。マリューと配下たちがそれに続く。


 一番後ろで、パスクアがためらった。彼は左右の霧の端っこの中、きょろきょろっとする“霧女”たちと目が合う。



『なんで、どうして』


『いつも通すあんたなのに、なんで理術なんてまとうの』


『メインの友だちの、あんたなのに』



 彼は目を伏せた。地面、自分の足元だけを見て、丘を上り始めた。



・ ・ ・ ・ ・



『ちょっとー! やつら仲間割れしたっぽいよ!? おじさん二人が……その、殺されちゃって、ローナンのほんとのお母ちゃんはかつがれて、丘へ入ってったわッ』



 上空からの白鳥経路案内により、再び街道に戻って爆南下する“第十三”及びお子さまとその保母らである!


 まめに低空飛行に切り替えて、地上のナイアルに状況報告するのはヌアラだ。



『フィオナのお父ちゃん、メインは精霊の結界ん中だから、あたしからはもう見えないッ』


「ついてった黒い傭兵は何人だ!?」


『十四・五人いたよ!』


「あんちくしょう、一体何をしやがる気なのだ、そいつらは!?」

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